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「Transit」って?

 個展の案内状が刷り上がってきたので母に渡すと、「何て読むの」と聞かれたので「トランジット」と答えた。「どういう意味?」とさらに聞かれたので「乗り継ぎ」と答えた。けれど、それを差す言葉は「トランスファー」。「トランジット」は機内食や燃料などの補給のためいったん着陸することを指し、英語本来の意味は「通過する」である。

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 前回の個展のタイトルは「in the Room」。2020年の「出るに出られない」生活を憂いつつ、それなら部屋の中を描けばいいじゃないのと、明るい色の現実味のない室内ばかりを描いた。パンデミックへのささやかな抵抗。さて、あれから2年。今回はどんなテーマにしよう。世の中はこの頃「旅」の気分のようだ。けれど、日本ではマスクが未だ顔の半分を占めていて、なんというか、気持ちはまだ「半分半分」という感じがする。

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 画題を探して、外国へ行った写真をひっぱり出して眺める。「行けるうちに行っておく」という気持ちであちこち行ったが、本当にそうだった。30代はバイト生活(ときどき絵の仕事)をしているうちに過ぎてしまい、久々の海外は40代半ば、新聞記者の三輪さんにくっついて行ったフランス。パリのシャルル・ドゴール空港に降り立ったとき、わたしはひとりだった。三輪さんが飛行機に乗り遅れたからだ。機内で隣り合わせて親しくなった女性は「トランスファー」の矢印に向かい、わたしは入国審査へ向かう。「不安」という空気で膨らんだ人形のようにふわふわと進み、透明のチューブのような動く歩道に入りこんだとき、映画「パリ空港の人々」を思い出した。あ、ここはあの「パリ空港」じゃないか。

 フィリップ・リオレ監督の「パリ空港の人々」は1993年のフランス映画。のっぴきならないそれぞれの事情で空港のトランジット・ゾーンに棲みついた人々を描いている。ジャン・ロシュフォールの演じる主人公は、年の瀬に空港で靴と鞄を盗まれて入国できずにいる。この人物にはモデルがいて、ナーセリーというそのひとは15年以上もパリ空港の中で暮らしてしまったらしい。どういう心境に陥ったのだろう。出られないことに慣れて、出ることをあきらめて、出られるようになっても留まった。宙ぶらりんな状況にある種の安らぎを見つけてしまったのだろうか。

 映画ではトランジット・ゾーンのテーブルでの場面が好きだ。主人公がアフリカの少年にグラスやスノードームをパリの街並みに見立て説明する。マドレーヌ寺院はマドレーヌ、セーヌ川は白いチョークで線を引く。

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 スピルバーグの「ターミナル」も空港から出るに出られない男の話だけれど、こちらはなんだか中途半端にめでたいアメリカ映画。

 で、個展のはなし。「Transit」というタイトルにしたのは、案内状をつくる段階になってもテーマが決まらず、このままだと目的地に着く手前の一時寄港みたいな展示になりそうだなあと思ったからです。案内状の絵は「パリ空港の人々」の登場人物たち。結局、テーマらしいテーマのない個展になりそうです。


 

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