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バーチャル組織の実践課題 ~第6回(最終回) 5年後の組織考察~

文責:高野一弘、久保光太郎、山﨑耕平

AsiaWise Groupでは、2022年4月号より、月刊国際税務において、「バーチャル組織の実践課題」と題した連載を開始しました。本稿は、第6回(最終回)「5年後の組織考察」(月刊国際税務 2023年4月号)を転載したものです。

1.はじめに

経済のグローバル化及びデジタル技術の発展により徐々に導入、発展してきた「バーチャル組織」ですが、コロナ禍による強制的な移動制限の激震により、この3年余りの間で急激に浸透しました。ここで、バーチャル組織とは、グループ企業の経営・運営上、必要となる要員とその所在地国が一致しないグループ企業管理体制を指します。このような組織実態の変化が企業の法令対応、ガバナンス対応に対してどのような影響を与えるのかという課題について、これまで検討してまいりました。

本連載は今回が最終回となります。今回は、視点を将来に向けて、5年後のバーチャル組織の検討課題というテーマで論じたいと思います。

2.5年後の企業組織とは?

(ア)バーチャル化の深化(非拠点化)

5年間という中長期的なスパンで考えると、特に機能部門など一定の部門においては、今後、バーチャル組織の活用が進んでいくことに疑いの余地はないと考えられます。

バーチャル組織が今後も継続的に発展、拡大を続けるとした場合、そう遠くない将来には、世界中の人材が、その居住地にとらわれず、さまざまな形で、グローバルに展開される企業活動に従事することができる経営、労働環境が形成されます。その結果、企業における「拠点」という概念も大きく変容が迫られると考えます。これまで、物理的な拠点を単位として考えられていた企業内の組織も、これに伴い変容を迫られます。部署や部門による縦割りの組織構造は、物理的な拠点に大きく依拠しているためです。「拠点」を中心とした部署、部門別に区分された組織から、「機能」を基礎とした組織となった場合、部署や部門の枠を超えたチーミングも、現在以上に一般的になってくることが期待されます。流行り言葉を使うならば、「アジャイル」な組織設計をグローバルに実施する基盤として、バーチャル組織が取り入れられていく可能性があると考えられるのです。

これに対して、「製造」、「物流」などのいわゆる現業の活動については、バーチャル化の流れとは一線を画すことになります。これら現業の活動については、管理部門におけるバーチャル化が進んだ後も、工場や物流センターなどの物理的な拠点に人材を集結し、拠点ごとのチームで業務にあたる必要があります。しかしながら、これら現業の拠点においても、バーチャル化は無縁ではないと考えられます。前述したところから明らかなように、組織のバーチャル化が進んでいくと、組織形態の合理化・効率化がより意識される結果、現在以上に機能の分化が生じることが避けられません。その結果、現業活動を行う拠点においても機能の分化が生じ、物理的な拠点(つまり、現場)でしか行うことができない業務と、そうではない業務の分化が生じ、後者についてはバーチャル化が進むと考えます。例えば、工場においては、具体的な製造を担うことになる「製造部」は拠点と切り離すことは不可能ですが、「購買部」や「総務部」といった部署については、現時点においても間接機能の集約化の対象とされ、複数工場間で機能の統合が進められているケースが散見されます。バーチャル組織の深化により単なる集約化を超えた間接機能の再構築が進むことが考えられます。

(イ)地産地消モデルへの移行

2020年に始まった「コロナ禍」は、ご存知の通り、3年にわたり猛威を振い続け、グローバル・サプライチェーンを分断しました。また、遠くない将来において、新たなウイルス感染症のパンデミックが起る可能性があることも、複数の専門家が指摘しているところです。加えて、米中対立、ウクライナ戦争など、国際関係は複雑性を増しています。事業活動を行う上でも、いわゆるブロック経済化の可能性や地政学上のリスクなども勘案の上、世界情勢を多面的に捉えた戦略を練る必要があります。

このような国際関係を前提とした場合、グローバルに活動する企業としては、製造、調達、販売等の機能に関して、単に効率性のみを重視したサプライチェーン体制を組み立てることには大きなリスクが内包されると言わざるを得ません。これらの複雑な国際関係が短期的に解消され、単純に経済原則のみを考えれば良いという楽観論をとることができない以上、グローバル・サプライチェーンが分断されるリスクを低減するため、国境をまたぐ製品、商品の移動をなくす、ないし、減らすことを志向する企業が増えてくることが想定されます。また、ウクライナ危機を契機として、ロシア事業の切り離しが進められたように、一定の国・地域について、撤退・縮小を断行するシナリオも念頭に置いておくことが必要となります。特に、日本企業にとっては、米中関係の悪化に備えた中国市場との関係については注意を要するところです。

以上を念頭に置きつつ、さらに近年の物流費高騰、物流事情の悪化の影響なども考慮すると、ブロック経済ごとにサプライチェーンを完結させる、いわゆる「地産地消」モデルへの移行を思考する会社が増大するのではないかと考えます。

本稿では、このような非拠点化したバーチャル組織と地産地消モデルがもたらす課題について、以下、検討します。

3.非拠点化したバーチャル組織とそのコスト配分

バーチャル組織について税務的な観点から検討する場合、バーチャル組織で発生するコストをいかに適切に関連する法人に配分するかを検討することが必要となります。バーチャル化が進んだ場合、コスト発生の単位が細分化されることになりますが、これに合わせてコストセンターを細分化する場合、細分化された複数のコストセンターからコスト配分を実施することが必要となり非常に煩雑な計算が求められます。

加えて、地産地消モデルが浸透すると、日本に所在する本社が商流に介在することが困難になります。この点、日本の本社が商流に介在し、本社で発生したコストを売買差益により収益を回収することができなくなるため、サービス報酬請求のメカニズムを慎重に設計することが現状以上に重要となると考えられます。

管理機能が本社という物理的な「拠点」に紐づいていることを前提にすると、本社から各地の現地拠点に対してサービス報酬を請求するという単一方向での対応が可能となります。これに対して、管理部門が世界中に広がった人材に紐づいた「機能」としてのみ存在することを前提とすると、本社からの単一方向での請求のみでは、コスト配賦計算の妥当性を担保できません。かかる状態における税務上の問題の解消のためには、世界中の「機能」がそれぞれサービス報酬を請求することが可能なシステムを構築することが必要です。果たして、世界各地に所在する現業拠点に対して、世界中の「機能」がコストを請求する管理システムを構築することは可能でしょうか。

強行した場合、現業拠点の法人では、管理業務に関連して複数の「機能」からの請求がなされることになるところ、同じようなサービスについて、複数の請求を受けているとの認識の下、その内容について税務当局から詳細な説明を求められる可能性もあります。当局に対して、合理的な説明ができない場合には、サービス費用の損金算入性が否定されることになりかねません。現地法人において損金性が否定された場合、国際的二重課税の状態に陥ることを意味するため、その回避策を検討する必要がありますが、全ての取引について、相互協議(MAP)や事前価格合意(APA)の申請を行うことは実務的には不可能だと思われます。

そこで、重要な一部の請求についてのみMAPなどの申請を行い、その他の取引については当該MAPの結論に基づいて処理を行うことも考えられなくはありません。ところが、深化したバーチャル組織では、各機能が細分化されており、その実施される機能ごとに適切な請求金額を算定する必要があると考えられ、単純に一つの計算方式をそのまま他の取引に適用するということは難しいと考えられます。また、取引の相手方となる当局についても、複数の異なる国となることが想定されますので、単純に他国間の基準に従うことに異義を唱える国も生じると思われます。

このような状態になることを避けるためには、バーチャル組織のコスト請求メカニズムを適正に設計しておくことが肝要となります。各機能から直接、現業会社に請求するのではなく、一旦、日本本社(又は中間持株会社など)においてコストの集約を行い、その上で現業会社への請求することも、上述の課題を解消するための一案となると考えられます。この場合は、各現業会社は日本本社からのみ請求を受けることになるので、当該現業会社での管理コストの削減が期待できます。また、日本本社にサービス契約を集中させることにより、税務的な管理機能を日本本社に集中することも可能となります。日本本社に税務管理機能にかかる人員・予算を集中することにより、効果的な税務ガバナンス体制の構築にも貢献できると考えます。一方、このような本社集約スキームは、サービス提供に国外関連者が介在することを意味します。この点、請求金額の算定根拠資料は適正に作成、保管しておくことが詳細に求められるところ、事前に適正なプランを作成の上、担当者を含め、そのプランに従った必要資料の作成に協力してもらえるように準備しておくことが必要であると考えます。

4.地産地消モデルとロイヤルティ

地産地消モデルに移行した場合、上記3.で検討したサービス報酬の設計に加えて、ロイヤルティの回収スキームも見直す必要があると考えられます。
前述のように、地産地消モデルにおいては、本社が商流に介在できなくなるため、売買差益による利益確保ができなくなります。また、サービス報酬については、他の「機能」で発生したコストを精算するためのものであるところ、従前の本社介在商流に基づき本社が確保していた利益を確保するためには、サービス報酬のみでは本社に帰属する利益の確保が十分とならない可能性があります。その結果、商流介在に変えて、ロイヤルティの徴収を行うことが求められます。

ロイヤルティについては、すでに徴収を行っている企業も多く、上記の構造的な変化に係る課題は大きくはならないと考える向きもあるかもしれません。しかしながら、地産地消モデルを拡大した場合、従前、ロイヤルティを回収する必要がなかった国・地域からも、ロイヤルティを徴収しなければならないことになります。その結果、税務・会計部門では想定しがたい事態が生じることも考えられるため、慎重な対応が必要となります。例えば、ロイヤルティの国外送金を行うためには、現地の銀行の認可を受けなければならない、その認可を受ける前提として、ロイヤルティを定めるライセンス契約の締結及びその登録や税務官庁からの許可が必要となる等の規制が設けられている国・地域の存在も想定しなければなりません。

また、このような国・地域では、ロイヤルティの対象となっている無形資産について、当該国・地域における登録の有無が問題となることがあります。無形資産の登録に関しては、法務部門や知的財産部門の管轄になっていますが、その登録の方針は、対外的な権利保護に重点を置いている可能性もあり、グループ企業間のロイヤルティ徴収目的まで考慮されているかが問題となりえます。

以上の結果として、新たにロイヤルティの徴収を開始しようとしても、対象となる国・地域において、対象となる無形資産が登録されておらず、結果的に現地から送金を行うための基礎が不十分となることもあり得ます。このような規制を無視し、グループ会社間でライセンス契約を締結した上で、ロイヤルティの収受を行ったとしても、その送金が実施できないということになりかねません。送金ができない場合は、本社では収益計上時点でロイヤルティ金額が法人税の課税所得に含まれますが、回収がなされていないため、税金払いという形でキャッシュアウトフローが先行してしまうことになります。他方、ロイヤルティ費用計上法人においては、会計上、費用計上するものの、送金ができない、さらにはその損金算入が認められないこととなる可能性があります。現地での損金性が否定されると、国際的二重課税の状態に陥ることになってしまいます。

以上のように考えていくと、地産地消モデル拡大の結果、グループ会社間での回収に際して大きな役割を担うことが期待されるロイヤルティについては、最終的に送金を確実に行うことができるように、事前にスキームを構築しておくことが重要です。なお、バーチャル組織を前提とした場合、これら無形資産の管理部署が非拠点化した「機能」として存在していることも十分に考えられます。無形資産の管理部署ならびにバーチャル化した「機能」が機動的にチームを形成し、問題に対して適切に対応していくことが必要です。

5.バーチャル組織・地産地消モデルとガバナンス

バーチャル組織の深化と地産地消モデルの進展を前提とすると、現業部署と管理部門の切り離しが一層進んでいくことが想定されます。同じ物理的な拠点で互いに机を並べて業務に従事していることを前提とした従来型のガバナンスシステムに代えて、今後は、バーチャル組織を前提としたガバナンスシステムを導入することを検討することが必要となります。現業拠点とは切り離され、バーチャル組織化した管理部門のメンバーが、現業拠点のガバナンス維持・向上に対してどのような貢献をすることができるのかは、企業にとって新たな課題といえます。地産地消モデルの進展は、多様なローカル市場や顧客に即応するため、現業部署への更なる権限移譲が求められることとなります。他方で、管理部門側では現業部署のリスク情報の適時的・網羅的な把握に加えて、今後はグローバル・サプライチェーン上のリスクにも配慮していかなければなりません。そのためには、まずは両者の共通会話の基盤となるグループ方針・ルールに基づく、グループガバナンスの進展と、具体的なリスク指標であるKRI(Key Risk Indicator)を定めて、管理部門と現業部署とのコミュニケーションを発展させていくことが有効です。

加えて、これまでガバナンス維持・向上のため行われてきた諸方策すなわち現業部署の業務の標準化・マニュアル化による透明性の強化、リモートツールも活用した管理監督機能の強化、さらには内部監査部門との協働による事後チェック機能の強化等を中心にしつつも、さらに新たな課題に対して適切に対処することが必要です。

6.最後に

昨年の4月号以降、全6回にわたり「バーチャル組織の実践課題」というテーマで様々な実務上の課題について検討をしてまいりました。本連載が読者の皆様の参考となっていましたら幸いに存じます。


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal

山﨑 耕平
AsiaWise Technology株式会社 取締役
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手会計事務所にて勤務開始。法定監査業務、国際税務コンサルティング業務に従事したのち、大手会計事務所の中国事務所に赴任。帰任後は、大手会計事務所のリスクアドバイザリー部門に勤務し、グローバル企業のGRC領域に関するアドバイザリー業務に従事。2021年AsiaWise Groupに加入、DXプロジェクトにおけるGRC領域での支援を行う。
<Contact>
kohei.yamazaki@awdigital.consulting



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