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インドにおける労働組合の基礎知識―現行法の理解―

文責:佐藤 賢紀、新田 荘作

労働組合対応は、インドに進出している日系企業の関心が高い事項の一つです。事業の円滑な遂行のためには、労働組合の特徴及び団体交渉のプロセスについて、十分に理解しておくべきです。この点に関して、2019年から2020年にかけて、改正労働法が規定されているものの、2022年9月現在も施行に至っておらず、当面は現行法の理解を前提に対応する必要があります。本稿では、最低限抑えておくべき、現行法における労働組合に関する基礎的な情報について解説します。

1. はじめに

インドに進出している日系企業にとって、従業員の労働問題は最も関心が高い法律問題の一つです。中でも、労働組合の対応に悩んでいる、あるいは、労働組合が組成されないか心配している会社は多くあります。特に、工場等の設備を有している会社では、ストライキによる操業停止が大きなリスクとなります。実際に、インド企業のみならず、日系企業を含む外資系企業においてストライキがなされた旨の報道も多いです。

この点に関連して、インドにおいては、2019年から2020年にかけ、29の連邦労働法をまとめて4つの連邦法に統一する労働法改正がなされ、労働組合に関する定めも一部改正されています。しかしこの改正労働法は、2022年9月現在も施行に至っておらず、施行時期が未定となっています。そのため、当面の間は現行のルールが適用されるため、まずは現行法をよく理解しておくことが大切です。

本稿では、現在のインド労働法令において労働組合に認められている権利等を概観した上で、交渉の際の大まかな流れや留意点について解説します。

2. インドにおける労働組合の特徴

(1) インドの労働組合の一つの特徴として、法律に認められた権利行使のために、一定の要件を満たし、登録することが必要という点が挙げられます。すなわち、労働組合として下記3に述べるような権利を認められるためには、1926年労働組合法(Trade Union Act, 1926。以下「労働組合法」といいます。)に基づき、7名以上の組合員が労働組合規則に署名をしていること、当該事業所で雇用されている全てのWorkmanの10%若しくは100人のうち少ない方の数を超える数が組合員に含まれていること及び組合員のうち7名以上が当該事業所で雇用されていること等が必要とされています。

(2) また、他の労働組合や政治団体等との結びつきが強いことも、特徴の一つといえます。特定の政党と結びついている全国規模の労働組合が複数あり、そのような社外の労働組合と強固な関係を築いているケースが散見されます。他の組合との間では、合意条件や交渉戦略に関する情報交換が活発に行われています。特定の政治団体の活動に、労働組合が協力する場合もあります。

(3) そして、労働組合の交渉手段として、ストライキが行われることも珍しくありません。これまで、インド企業、外資企業、いずれについても、ストライキが行われた例は数多くあります。工場労働者による大規模なストライキが行われ、企業の生産活動に影響が出るケースもあります。

3. 労働組合に認められる主な権利等

適法に登録された労働組合については、労働組合法上、不動産所有者、契約主体、訴訟当事者等となることや、活動のための独立したファンドを設立することが認められている他、一定の場合には、共謀による共犯として処罰されないことや民事上の責任を免れる旨が規定されています。

また、1947年産業紛争法(Industrial dispute Act, 1947。以下、「産業紛争法」といいます。)上、ストライキ等を行うことや労働組合加入に関して、不利益な取り扱いをされないことが規定されています。

4. 労働組合との団体交渉のプロセス

労働組合との団体交渉の一般的なプロセスは、以下の通りです。

(1) 労働組合の要求事項(Charter of Demands)提示

労働組合が、使用者に対し、賃金、各種手当、休日、労働時間、福利厚生等の要求事項を書面で伝え、交渉を開始します。

(2) 交渉

労働組合からの要求事項を踏まえて、使用者側が受け入れの可否を検討し、双方の妥協点を探りながら交渉を行います。1年以上合意に至らないというケースも珍しくありません。

(3) 協定締結

労働組合側と使用者側とで合意に至った場合には協定を締結します。

(4) ストライキ

交渉による合意に至らない場合、労働組合がストライキを行う場合があります。前述のように、適法な労働組合については、ストライキを行うことが法律上認められており、現行法上、事前の通知等は不要とされています。
但し、産業紛争法上、一定の場合には、ストライキが禁止されています。具体的には、調停(conciliation)、労働裁判所(labour court、Tribunal of National Tribunal)、労働仲裁(arbitration)の手続中及びその終了後一定期間などについては、ストライキができない旨が規定されています。

(5) 調停(Conciliation)

交渉による合意ができない場合、当事者は労働当局(labour commissioner)を調停官(conciliation officer)として、調停の申立てを行うことができます。事案によっては、3名又は5名の調停委員会(board of conciliation)により取り扱われる場合があります。

(6) 裁判・仲裁

調停が不調に終わった場合には、事案の内容等により、当該事件は、労働裁判所(labour court)、産業審判所(industrial tribunal)又は国家産業審判所(national industrial tribunal)の裁判にて審理されることになります。また、労使間で合意がある場合には、仲裁(arbitration)によることになります。

5. まとめ

労働組合側は、他の組合とも積極的に情報交換を行うなど、戦略を練っていることが多く、交渉が長期化することも珍しくありません。使用者側としても、本稿で取り上げたような基本的な情報を前提に、先の見通しを持って、粘り強く交渉を続ける姿勢が重要です。

また、使用者側が先例や他社の動向に関する情報を単独で収集するのは、難しい面があります。弁護士や労務コンサルタント等、専門家の知見を活用して戦略を練ることも有益です。

以上


執筆者

佐藤 賢紀
AsiaWise Legal Japan パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
2004年東北大学法学部、2009年首都大学東京法科大学院を卒業、同年司法試験合格。2010年弁護士登録。8年間都内法律事務所にて勤務した後、AsiaWise法律事務所入所。2010年の弁護士登録後、都内法律事務所にて勤務。中小企業から上場企業まで様々なコーポレート案件や、裁判等を中心に執務。
<Contact>
yoshinori.sato@asiawise.legal


新田 荘作
AsiaWise Legal Japan アソシエイト
<Career Summary>
2017年京都大学法学部、2019年一橋大学法科大学院を卒業、同年司法試験に合格。2019年よりインドの会計コンサル事務所にて勤務開始。2021年よりAsiaWise 法律事務所に加入し、AsiaWise GroupのインドメンバーファームWLOに出向。
<Contact>
sosaku.nitta@asiawise.legal


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