デジモン After break world     ①出会い

※今作品はデジモンノベルコンペティションに応募した作品です。
既に結果が発表されていますので、そちらを是非ご覧になってください。


折角なので私の作品も供養のために投稿しておきます。
以下本文


①出会い

『初めまして。これからユーザー設定を行います。画面の指示に従って操作をしてください』
 静かな部屋に機械的な声が流れる。
 勉強机に向かっている少年の手には傷一つ無いスマホが握られていた。
 彼はスマホにインストールしたばかりのデジモンアプリの指示通りに情報を入力していく。
 言語設定、生年と月、性別、そしていま住んでいる国。
 しかしユーザーネームの入力の画面が出ると、先ほどまでスムーズに動いていた指の動きが止まった。
 まだあどけない瞳が迷う様に揺れる。
 数秒して、さまよっていた親指が動き出した。
 ゲイザー、と入力され画面が次に移行する。
『改めまして、ゲイザー。ようこそデジタルワールドへ』
 初期設定を終えたアプリが立ち上がる。
 草原の背景に、そして中央に卵が一つ表示された。
『あなたにデジタマを一つ授けます。生まれたデジモンは貴方のパートナーとなり、貴方と共に成長して、貴方に合わせた姿へと進化していくでしょう』
 画面の中の卵にひびが入る。
 彼のパートナーデジモンが孵化しようとしていた。
『この子の事を、どうかよろしくお願いします。ゲイザー』
 卵が割れて、その隙間から少年を覗き込むような瞳が見えた。
 そして、そのデジモンを包み込んでいた殻が消える。
 渦を巻いたような暗い青色の丸い体に黄色い一つ目。にょきにょきと動く数本の触手が本体を支えていた。頭からは細い触覚が飛び出している。
 画面に表示された名前にはネガーモンとあった。
「よろしく、ネガーモン」
 ゲイザーと名乗った少年が生まれたばかりのデジモンに優しく声をかける。
 その未だ声変わりを終えていない声に反応したのか、アプリ上のネガーモンが体を傾けた。
「ごめんね、まだ買ってもらったばかりだから全然データが入って無くって……」
 ゲイザーは申し訳なさそうにネガ―モンに謝る。
 そして。
「今君にあげられるものはこんな物しかないんだ」
 彼はスマホの中に入っていた家庭でのメッセージ履歴をネガ―モンに与えた。
〈仁〉〈送り迎え〉〈貴方が〉〈夕食〉〈いらない〉〈遅く〉〈どうして〉等々。
 分解された文章の履歴をネガ―モンは食べ始める。
「……全部食べちゃって。お願いネガ―モン」
 少年の思いを知ってか知らずか、ネガ―モンはそのまま家族の会話を食べ進めた。

 薄青い刀身が真紅の盾に叩きつけられる。
 次の瞬間には青い影が画角の外に飛び去った。
「ブリウエルドラモン!!」
「問題ない!!」
 画面の中央では攻撃を受けているデジモンが防御を固めている。
 そのデジモンを一言で形容するのならば炎と赤い盾を纏った4足のドラゴンだろうか。さらに背には翼のように真紅の盾が2枚、そしてさらに周囲には青い炎を携えたそれぞれ緑と青の小盾が2枚浮かんでいる。
 その姿はまるで堅牢な炎の要塞のようだ。
 ブリウエルドラモンと呼ばれた、その紅い竜は険しく周囲に視線を走らせる。
 その背には眼鏡をかけた男性のアバターが乗っていた。
 彼らは周囲を高速で動きまわる相手を捉えようと必死だった。
「はーはっはっは!! 相変わらずとろいな月虹!!」
「うるっせぇよ……っ!!」
 耳障りな高笑いが空間に響いていく。
 月虹と呼ばれた眼鏡のアバターは苦々しく眉をひそめながらぼやいた。
「行くぞ、アルフォースブイドラモン!! 今日こそ引導を渡してやろう!!」
「はいよっ!!」
 ブリウエルドラモンの盾に再び衝撃が走る。
 攻撃の一瞬、速度が落ちた際に青い体と光る刃と捉える事が出来た。
 しかし月虹たちが反撃に移る前にアルフォースブイドラモンはもう既に距離をとっている。
 防御できているとはいえ、画面上ではブリウエルドラモンのHPだけがじりじりと削られていく。
 それはお手本のようなヒット&アウェイ戦法であった。
「月虹、焦るなよ」
「分かってる。アマツの事だ、どうせそろそろボロがでる」
 ブリウエルドラモンは体通りの重厚な男性的な声でパートナーへとささやいた。彼も相棒のデジモンの言葉で呼吸を整える。
 2人は体を伏せて静かに防御を固める。
「何だどうした聞こえんぞ月虹!? 言いたい事があるなら腹から声を出せ!! できるものならなぁ!!」
 アマツ、と呼ばれた人間だろう声が再びフィールドに響く。
 その声は自らの勝利を全く疑っていなかった。
 高揚感を隠そうともせずにブリウエルドラモンに攻撃を続けて行く。
 ブリウエルドラモンのHPと制限時間だけが削れていった。
 このままでは月虹たちがタイムオーバーでの判定負けになる事は目に見えていた。
 しかし彼らは逸る気持ちを抑えて防御を固め続ける。
「はははは!! さぁどうだ、反撃する余裕もあるまい!!」
 アマツはさらに調子に乗っていっていく。その声は高らかに、興奮を隠しきれずに喜色ばむ。
 それに合わせてさらに攻撃の速度が上がっていっていた。刃と盾とがぶつかる金属音が断続的に響き渡り続ける。
「ふははははは!!!!」
 そしてその時は訪れた。
「アルフォースセイバー!!」
 会心の一撃を与えるべく、アルフォースブイドラモンが必殺技を叫んだ。腕の剣が光り輝き、高速移動する軌跡を描き出す。
 そして、高速移動と斬撃を両立していたアルフォースブイドラモンの刃が正面から受け止められた。
 速度が0となり、青い鎧と羽の様なマントを背負った人型のデジモンの姿が明らかになる。
 その肩には金髪の派手なアバターがいた。その顔は自らの失敗を悟っており、先ほどまで弧を描いていたであろう頬は引きつっている。アルフォースブイドラモンの竜をかたどった様な顔も驚愕に目を見開かれていた。
「……あ」
「やば……」
 失態を犯した彼らはひとまず距離をとろうと後ろに跳ぶ。
 しかしアルフォースブイドラモンが加速する前に炎の盾に衝突した。その背後には青い小盾が設置されており、左右も翼と緑の盾でふさがれている。
「ぐっ、まずいっ!?」
 アルフォースブイドラモンのHPが少量削れてうめき声が上がった。
 すでに彼らの逃げ道を塞ぐように盾で囲まれている。
「今だ、ブリウエルドラモン!!」
「応!! グレンストーム!!」
 その隙を逃さずブリウエルドラモンの必殺技が放たれた。
 回避ができなくなったアルフォースブイドラモンを炎が包み込む。
 満タンに近かったHPが急速に低下していき逆転、さらにそのまま0まで低下した。
 『メガランク:ランクマッチ
 winner:月虹&ブリウエルドラモン』
 デジモンバトルのリザルトが画面に表示される。
 炎が消えるとすでにアルフォースブイドラモンとアマツの姿はない。
 ブリウエルドラモンと月虹は笑顔で勝利をたたえ合っていた。

 
「はぁ……、昨日のバトルは熱かったなぁ」
 デスクトップパソコンでデジモンバトルのアーカイブを見ていた少年が興奮冷めやらぬ様子で呟いた。
 彼が見ていたのはメガランク二位のアマツとアルフォースブイドラモン、そして三位の月虹とブリウエルドラモンの昨夜に行われたランクマッチであった。
 この二人、そしてランク一位のアサヒはデジモンバトルのファンなら知らぬものは居ないランカーであり、少年もその例に漏れない。
 彼は最後の攻防を見直そうとシークバーを戻そうする。
「仁ー? 早くご飯食べちゃいなさーい」
「うわっ!?」
 しかし、仁は急にイヤホンの音声に割り込んできた母親の声に腰を浮かせた。
 彼の関心がパソコンからその扉の先に居るだろう母親へと移る。
 目を見開いた表情の後、星見仁は不快そうな視線をリビングへと向ける。
 彼の部屋はいささか口うるさい母親のおかげで片付いていた。ハンガーにかけられている中学の制服が斜めにかかっており、緩いしわができてしまっていたが、そこ以外はあらかた整っている部屋だ。
 そして仁にはその先に居るだろう母の様子も容易に想像できた。
「じーん? お母さんもう出発するんだけどー?」
 返事をしない息子に母親は再び声をかけた。
 仁は面倒くさそうに肩を落とした後に、パソコンで通話を開始する。
「……勝手に行けばいいじゃん」
「起きてるなら早く朝ご飯を食べなさい」
 母親は仁の返事を無視して先ほどの要求を繰り返してくる。
 彼女の通勤時間ギリギリまでだんまりを決め込んでもうかと彼は思ったが、後の事が面倒になるのは目に見えていた。
 傍らに置いていたスマホを手に取って立ち上がる。
 仁はまっすぐ進んで扉を開けた。
 部屋の目の前のリビングには彼の想像通りにスーツ姿の母親が不機嫌そうに立っていた。
「貴方ねぇ、休みとはいえずっと部屋のこもってるのはどうかと思うわよ?」
「別に休みなんだからいいでしょ……」
「健康に良くないって言ってるの。それに昨日も遅くまで起きてたみたいだし」
 仁は母親からの小言に適当に返事をしながら足を進める。
 リビングのテーブルには椅子が三つ用意されており、その一つの前に菓子パンとインスタントスープが用意されていた。
 席に着くとその口から大きな欠伸が漏れる。
「早く寝ればいいのに……」
「デジモンバトルがあったんだよ」
「起きてから見ればいいじゃない?」
 仁は自身の趣味にまるで理解が無い母親に頭を悩ませる。
 デジモンバトルの醍醐味はリアルタイムのコメントにもある、とか。特に昨夜は最高ランクの上位ランカーの戦いという絶対に見逃せない一戦だったんだ、とか。
 理由はいくらでも思いつくが、それで母親が納得する予想はできなかった。
 結局、仁は返答をせずに菓子パンの袋を開ける。そのまま甘いチョコクリームが挟まれたパンを頬張った。
「……それで、中学はどうなの?」
「ん? どうって?」
「色々と。勉強なり友達なり。なんでもあるでしょう」
「……別に、普通」
 互いにぼんやりとしたキャッチボールを投げ合う。
 どちらも気まずそうに視線を合わせていなかった。
「……そう。まぁ、勉強だけは頑張りなさい」
 母親はそう言って椅子の置いていた鞄を肩にかける。
「今日も遅いから。アプリにお金は入れておいたからそれで昼と夜は適当に食べといて」
「ん」
「じゃあ、行ってきます」
 仁は返答せずに左手をあげる。
 玄関の扉が閉まる音が部屋の中に響いた。
「……はぁ」
 ようやく気が抜ける、と仁は大きく肩を落とす。
 左手でそのまま持ってきていたスマホを起動する。そのままデジモンアプリを起動した。
『ようこそゲイザー。お待ちしていました』
 起動画面ののち、中央に彼のパートナーデジモンであるネガーモンが表示される。
 仁はそのまま慣れた手つきで餌やりを始めた。
 キャッシュデータに、不要になった学校の電子資料、そして大量に着ている営業メール。
 その全てのデータをネガーモンは食べ進める。
 仁は最後に家族用の連絡アプリを起動した。
 内容はいつも通り、母からの「帰りが遅くなる」「食事はチャージしておいたお金で食べておいて」という物。父もしばらくは家に帰れそうにないとそっけないものだった。
 代り映えの無い中身をそのままネガーモンに食べさせる。
 パートナーデジモンが食べ進めるのと同じペースで仁もパンとスープを食べ終えた。
「……ご馳走様でした」
 彼は静かな部屋で手を合わせる。
 同じくデータの摂取を終えたネガーモンに視線を落とした。
 しかし、しばらく見つめていてもネガーモンに変化は無かった。
「はぁ……、やっぱり駄目かぁ」
 仁はその様子を見てがっくりと、しかし予想していたように落胆する。
「いつになったら進化するんだよ、お前~……」
 仁は責める様に、しかしどこか楽し気にアプリ上のネガーモンをタップした。
 彼の操作に合わせて丸い体と触手が上下に跳ねる。
 そのコミカルな様子に仁は笑みを深めた。
 「はぁ……」
 しかし、ネガーモンのステータスに表示されている『幼年期Ⅱ』というランクに再び大きく肩を落とした。
 
 デジモンアプリとは開発者不明のアプリである。
 その内容はデジモンという生き物の育成、そしてランクバトル、さらにデジタルワールドというVRワールドの交流という三つの要素を持っているアプリだ。
 デジモンの育成ではアプリ登録時にデジタマが一つ与えられ、生まれたデジモンが本人の育成に合わせて姿を変える、進化していくという物。
 進化の形態に合わせて幼年期Ⅰ、幼年期Ⅱ、成長期、成熟期、完全体、究極体と別れており、この形態がランクバトルと密接に関連付けられていた。
 ランクバトルに参加できるのは成長期以降であり、それぞれ成長期がルーキー、成熟期がチャンピオン、完全体がアルティメット、究極体がメガと参加できるランクが決められている。
 つまりデジモンバトルに参加するには成長期以降で無ければいけないのだが。
 仁は何度考えたか分からない決まり事を思い返しつつ、ため息を吐くようにぼやく。
「なんで進化しないんだろうなぁ、お前」
 仁は定位置であるパソコンデスクに向かって座りながらアプリの中のパートナーを見つめる。
 彼の相棒であるネガーモンは一向に進化しないのであった。
 スマホを購入してもらってからはや数年間。毎日不要なデータを食べさせているのだがずっと幼年期のままだ。
 デジモンはそれぞれその育成の仕方によって個体差が出て、それが進化の方向性にも影響するという事は仁も知っている。
 しかしここまで進化をしないというのは彼も聞いた事も無かった。
「……まぁ、いいけどさ」
 仁もいっそリセマラの様にアプリを再インストールしようかと思った事もある。
 しかし数年間育てて来た愛着か、消去するのをためらってしまってここまで来ていた。
 デジモンバトルに参加できない事は彼にとってもどかしい事であったが。
「出来るだけ早く進化してくれよ」
 デジモンバトルに参加できない事に僅かな安堵を感じながら、仁は再びネガーモンをつついた。
 餌やりにトイレのいつものルーティンを済ませてスマホをスリープ状態へ移行する。
 そのままパソコンへと向かい、面白いデジモンバトルが予定されていないかの巡回を開始した。
 昨夜の様に白熱した上位ランカー同士のバトルなどそう何度もあるものでは無い。
 しかし有名なプレイヤー以外でも面白いバトルが起きるのがデジモンバトルの面白い所でもある。
 仁は目玉であるメガランク、そしてその一つ下のアルティメットランクを情報を集める。
 バトルが派手になりがちな完全体や究極体の戦いは人気も高く、情報もたくさん出ていた。
 仁は画面をスクロールしながら視線を走らせる。
「うっわ……、オールオアナッシング?」
 その中で一つの単語を見つけて仁の指が止まった。
 オールオアナッシングとはデジモンバトルの形式の一つである。
 ランクのポイント変動があるランクマッチ、変動のないプラクティス。そして文字通りすべてのデータをかけて戦うオールオアナッシング。
 これも上位ランカーの戦いとは別の意味で滅多に見られない物である。
 敗れたデジモンは文字通り全て奪われる、つまりデジタマまで退化してしまうのだ。
 そのため開催されれば熱狂的な盛り上がりを見せる事となるのだが。
「……」
 仁は僅かに身震いした後にスクロールを再開した。
 すぐにオールオアナッシングの情報が画面外に流れていく。
 彼は他の情報は無いかと目を走らせた。先ほど見た物を上書きするように画面をスクロールしていく。
 しかし、彼の意識を奪ったのはパソコンの画面からの情報では無かった。
 スマホに一件通知が届く。
「うっそ!?」
 それは彼が彼がよく見ているSNSアカウントからの通知だった。
 あまりの内容に仁はスマホをつかみ取る。
 それはメガランク一位のランカーがデジタルワールド内で野良バトルを行うとの事だった。
 
 仁は埃を被りかけたVRヘッドセットと両手用のデバイスを装着してパソコン上でデジモンアプリを起動する。
 デジモンアプリの三つの要素。
 デジモンの育成。デジモンバトル。
 そして最後の一つがデジタルワールドと呼ばれるVRワールドである。
 アプリが起動すると仁の視界はVR内の自室の中だった。
 部屋の中にはネット上のデジモングッズが山の様に置かれている。
 特に壮大なのがデジモンフィギュアだろう。このワールド内では、一度でも現れたデジモンはルームグッズでのフィギュアとして販売される。部屋の壁には綺麗にデジモンのフィギュアが整列していた。
 これらは仁がデジモンアプリをインストールしてから少しづつ集めていった宝物である。
 そして。
「来たぞ、ネガーモン」
 部屋の中には彼のパートナーであるネガーモンもいた。
 仁の姿を見ると触手を動かしながら、しかしまるでスライド移動しているように近寄ってくる。
 そのなんとも言えない移動方法に、仁は呆れながらじゃがみこんだ。
 ネガーモンの頭を撫でるとデバイスからは感触を模した刺激が返ってきた。
 まるで空気の詰まった布に触れているような触感だ。
「元気にしてたか?」
 ネガーモンは特に鳴き声などをあげずに黄色い一つ目で仁を見上げて来る。
 いつものやり取りをしながら、彼は左手でメニュー画面を起動した。
 ゲイザー、という彼のつけたユーザーネームが目に入る。そして特にある程度自分に似せた様相とそれを覆い隠す黒いフードのアバターが目に入る。
 星見仁と言う名前、星見からスターゲイザー。そのうちのゲイザーだけを切り取った安直な物だ。
 今にして思えばもっと凝っても良かったかも、と仁は度々思うが結局変更していない。
 そして今も彼はすぐに視界にウィンドウを表示して先ほどの投稿を見つけた。
 記載されているURLからワールドを確認する。
 どうやら本当に鍵付きワールドではなくオープンな場所でバトルを行うようだった。
 「じゃ、行ってくるよ、ネガーモン」
 仁が声をかけると、ネガーモンは一体分後ろに下がる。
 彼はそれを確認して指定したワールドに移動した。
 しばらくのロード画面の後に視界が明るくなる。
 その風景を一言で表すとファンタジーな世界、だろうか。
 平原とのどかな土の街道。
 ファンタジーと称したのは道も碌に舗装されておらず、また車や馬車の轍も存在していなかった。
 特にファンタジーな物は無いのだが、日本の都心で生活している仁には非現実的な光景に映る。
「この当たりだと思うんだけどな」
 彼が目的のバトルを探すために視界を巡らせる。
「「おぉ!?」」
「うわっ!?」
 しかし彼は背後から響いた歓声に驚いた声を出す。現実の身体の肩が大きく跳ねた。
 仁が恐る恐る振り返ると人だかりがそこにあった。
 その中央、人々の切れ間の間から茶色の靡く髪が見える。
 そこに彼女は居た。
 仁は急いで人だかりに向かう。
 既にバトルの申請は済ませているようで、中心から一定の距離は進入禁止エリアとなっていた。
 運よく情報を得ることが出来た者たちは円を囲む様にバトルの開始を待ち構えている。
 空を飛ぶ事ができるデジモンのパートナーのアバターが上空にも浮かんでいた。
 仁は運よく人の切れ間を見つけて入り込む。
 円の中心には複数のデジモンとアバターが存在していた。
「ヘラクルカブテリモン、サーベルレオモン、メタルエテモン……」
 仁は目についた順にデジモンの名前を口にする。黄金の甲殻虫、巨大な牙を持つ黄と赤2色の獅子、そして鋼の身体を持つ猿。何度か見たことがあるデジモンたちだったが、そのアバターの名前は知らない。おそらくは究極体に進化したばかり、メガランク下位の者たちだろう。
 しかしそのほかの二組は違った。
「ホーリードラモン……」
 巨大な桃色の竜が中央付近に居た。5対の羽と四肢を持ち、その顔は大型のネコ科の獣を想像させる。頭部には黒と赤の角が生えていた。その壮大なデジモンは先ほどの3体の究極体デジモンを従える様に浮いている。
 ホーリードラモンと、そしてエリスと言うそのパートナーのペアは仁も知っていた。メガランク中堅のランカーである。
 もう少しすれば上位に進出するのではないかと言われている実力者だ。
 ホーリードラモンの角の部分に大きくデコを出した小柄な女性アバターが正面の睨みつけられている。
 そして、それに相対して黄金の剣が立っていた。
「……そして、あれがデュランダモン」
 仁もそのデジモンを配信では見たことがあっても、こうして目の前に立つのは初めてだった。
 四肢が剣でできており、全体的な細身の身体である。胸の中央には蒼い宝石の様な結晶、その中に竜を模したような紋章がある。どこかアルフォースブイドラモンと似ている竜のような顔にはユニコーンの角の様に刃が生えていた。
 そしてその背には体程の大きさがある大剣が携えられている。
 対面している相手に比べて全体的に細身に見えるデジモンであったが、弱々しさなどは全く感じられない。
 仁は下手に触れれば指を断ち切らるナイフのような危険さを肌に感じ取る。
 憧れのデジモンを見る事ができた興奮か、その恐怖に当てられたのか、彼は知らず唾を飲んだ。
「ねー、エーちゃーん? まだなのー?」
 しかし周囲を包んでいた緊張感を呑気な声が切り裂いた。
 その一言で微かに聞こえていたざわめきも消え去る。
 声に主はデュランダモンの肩に座って足をプラプラさせている女性アバターだった。
 おそらくフルトラッキングなのだろう動きに合わせて茶色の髪が揺れる。
 学生服の様な衣装に茶髪のセミロングというシンプルなキャラクターだった。しかしデジモンバトルをしていたその姿を知らない人間は居ない。
 プレイヤーネーム、アサヒ。そしてそのパートナーデジモンのデュランダモン。
 メガランクで現在1位のランカーである。周囲全員の視線を受けてなお、彼女は全く気負った様子がない。
 全身で退屈そうな空気を醸し出していた。
 「もうちょっと待ってろって言ってるだろ!?」
 そんな彼女へホーリードラモンの背からエリスが怒鳴るように返答した。彼女の手元はせわしなく動き続けており、何かの操作をしているようだ。
 忙しそうなエリスの様子にアサヒが肩を落とす。
 片や緩んだ空気で、片や緊迫した空気で。
 対照的な雰囲気がバトルフィールドを包みこんでいた。
 そんな時、観戦側に一際大きなデジモンが現れる。
「あれは……っ」
 仁が半ば無意識に声を出す。
 赤い炎と盾を纏った竜。
 昨日アルフォースブイドラモンと接戦を繰り広げたブリウエルドラモンである。
 そして。
「アサヒ」
「おー、月虹だ。何々? 月虹も観戦に来たの?」
 その背に居た眼鏡のアバター、ランク2位の月虹がアサヒに声をかける。
 幼馴染との噂されている二人はデジモンバトルの前だろうと気安く声をかけあっていた。
「観戦、というか……。手助けはいるか?」
「え? いらないよ? なんで?」
 しかし、あまり通じ合ってはいないようだった。
 申し出をバッサリ切り捨てられて月虹の動きが完全に止まる。
 その様子にアサヒは全く理解できない様に首を傾げた。
「どしたの月虹?」
「……いや」
「くっくく、残念だったな、月虹」
 あどけない様子のアサヒに月虹は頭痛を堪える様に眉間に手を当てた。
 そんなパートナーにブリウエルドラモンが楽し気に声をかける。
「うるさい……」
「まぁ、頑張れや」
「おまえホントにちょっと黙ってろ!?」
「え、本当にどうしたの? 月虹?」
 月虹とブリウエルドラモンが楽し気に口げんかを始める。
 そんな彼らにアサヒは心配そうに声をかけた。その様子がさらに月虹の哀れさに拍車をかける。
「まぁ嬢ちゃん、気にするなや」
「えー、ドー君。私だけ仲間外れなのー?」
 不満げなアサヒに返答したのは彼女のパートナーのデュランダモンであった。
「……アサヒ、戦いに集中しましょう? ね?」
「デュラちゃんもなの?」
 デュランダモンはどこか申し訳なさそうに口を挟んでくる。
 アサヒと月虹へデュランダモンとブリウエルドラモンの生暖かい視線が向けられた。
 その視線に月虹が膝から崩れ落ちる。
 アサヒはさらに月虹に声をかけようとしたが、しかしその前に彼女がもう限界に達していた。
 仁も目の前の微笑ましいやり取りよりも、さっきからその背後の彼女の様子が気になって仕方が無かった。
 パソコンの前に座っている現実の体の頬が引きつり冷や汗をかく。
 VR内なのに命の危険を感じるという中々味わえない感覚が仁を襲っていた。
『ただいまよりデジモンバトルを開始します』
 無機質な音声と共に10秒のカウントダウンが開始した。
 急に鳴らされたゴングにアサヒの視線が前へ戻る。
「上等だこの野郎……っ!! そのお花畑な脳みそごと焼き払ってやるよ!!」
 エリスがアバター越しでも分かる怒りをたぎらせてアサヒと睨みつけていた。
「エーちゃん、なんか怒ってる?」
「あぁ!?」
 かみ合わないやり取りが交差する。
 エリスは怒り、アサヒは首を傾げる。
 しかしすぐにアサヒは切り替えた。
「ま、いいや。やっと始まるんでしょ?」
 アサヒはそう言ってデュランダモンの肩に立ち上がる。
 デュランダモンの肩に手を添えると、パートナーの雰囲気が引き締まった。
 2人の間の空気が張り詰めて行く。
「今日こそ叩き潰して」
「私はアサヒ、パートナーデジモンはデュランダモン」
 そして、宣戦布告するエリスを遮るようにアサヒが名乗った。
「さ、エーちゃんたちも。大丈夫、その分の時間はちゃんと待つから」
 残り数秒。
 余裕を崩さないアサヒにエリスの怒りにさらに油が注がれていく。
 そして。
「ホーリードラモン!!」
「ホーリーフレイム!!」
 カウントダウンが0になると同時に必殺技が叩き込まれた。

 のどかだった草原が炎に包まれた。
 バトルフィールドの内と外では領域が違うため攻撃が行き来する事は無い。
 しかし仁は目の前の炎に幻覚的な熱を感じてしまいそうになる。
 顔の表面にチリチリとひりつくような感覚がこびり付く。
 文字通り必殺の威力を持つ炎であった。
 しかし、アサヒとデュランダモンはすでに炎から離れた場所に立っている。
「あっぶなー。えー、エーちゃーん。挨拶はしっかり」
「ホーリーフレイム!!」
 苦言を呈するアサヒにさらに炎が叩き込まれる。
 繰り返される攻撃でフィールドの半分近くが炎に染まっていく。
 仁の頭に、この気質でホーリーなんてよく言った物だと皮肉的な考えが浮ぶ。
 エリスにはメギドラモン等の方がよっぽど相応しいのではないだろうかと、彼は内心恐怖しながらバトルの推移を見守っていた。
 デュランダモンに攻撃は未だ当たっていない。
 しかしまだエリスの仲間たちも攻撃を繰り出していない。
 一体何が目的なのだろうと、仁は頭を悩ませる。
 最初に気が付いたのは、戦っているアサヒ、そして空からバトルを観戦している者たちだった。
「お、なるほどねぇ~」
 アサヒが笑みを深めながらミズハに賞賛を込めた言葉を贈る。
 立て続けに放たれたホーリードラゴンの必殺技により、デュランダモンの逃げ道を塞ぐように炎が配置されていた。
「お前ら今だ!!」
 エリスが下した号令により、周囲で観戦していた仁たちも彼女の作戦に気付いた。
「アトミックブラスター!!」
「インフィニティアロー!!」
「バナナスリップ!!」
 逃げ場を無くしたデュランダモンへと他の究極体デジモン達の必殺技が放たれる。
 黄金の甲虫から光線が、獅子から硬質な毛が、鋼の猿からは銀色のバナナが。
 それぞれの得意とする遠距離攻撃がデュランダモンに飛来する。
「喰らいやがれってんだ!!」
「ホーリーフレイム!!」
 さらにダメ押しとばかりにホーリードラモンの必殺技も叩き込まれた。
 4体の究極体の必殺技。
 どんなデジモンだろうとまともに喰らえば敗北必死の攻撃であるが。
「……ねぇ、デュラちゃん。あれやってみようか?」
 アサヒは楽し気にパートナーへ告げた。
 彼女の言葉にデュランダモンはちらりと視線だけパートナーに向ける。
 そして剣のデジモンは意を決したように飛んでくる必殺技に向き直った。
「あぁ、もう!! どうなっても知りませんからね!!」
 デュランダモンが両手を構える。
 まさか必殺技を切るつもりなのか、と仁は目を見開いた。
 そしてそのまさかであり、仁の想像以上の光景が目の前で起こる事となる。
「トロンメッサ―!!」
 タイミングを合わせてデュランダモンが回転する。
 その必殺技は仁も見たことがある。回転しながら斬撃を周囲に叩き込むデュランダモンの必殺技だった。
 そしてアサヒ達はその必殺技を使い、流れるような両手両足の連撃で迫りくる必殺技を切り払った。
 切り裂かれた炎たちが背後の透明な壁にぶつかって消滅する。
 後に残されたのは僅かに減少したデュランダモンのHPだけだった。
「ふざっけ、……防御!!」
 エリスは悪態を突こうとして、そのまま端的に指示を出す。しかしその指示を全うできたのは防御に優れたメタルエテモンだけだった。
 すでにその場にデュランダモンの姿は無い。必殺技を放ち終えると同時に駆け出していた。
 防御を固めたメタルエテモンの脇を通り過ぎ、サーベルレオモンの足元に入り込む。
「よっしゃ、反撃ー!!」
「えぇ!!」
 反応できていないサーベルレオモンが腹部から切り刻まれる。四肢の脚を切りつけて動けなくなったのを確認して、デュランダモンは次の標的、ヘラクルカブテリモンへ肉薄する。
「こっのぉ!! ホーリードラモン!!」
 エリスがデュランダモンに気が付いてホーリードラモンに指示を出す。
 彼女は仲間たちが近いため必殺技を放つ事が出来ず、ホーリードラモンの拳を叩きつけた。しかしデュランダモンはひらりと身をかわす。
 そして迷っているヘラクルカブテリモンの関節の節が切り裂かれる。
 物の数秒で2体の究極体デジモンが地に倒れ伏した。
 その出来事を仁たち観客は口を開けて眺めている事しかできない。
 観戦場所によっては何が起きたのか理解できない者たちも多いだろう。
 そのままデュランダモンが次の標的に選んだのはメタルエテモンだった。
 鋼の硬質な体。まともに戦えば刃など通りそうに無い相手であるのだが。
「ツヴァングレンツェ!!」
 彼女らが選んだのは正面突破だった。
 先ほどまでの軽やかな動きでは無く、背中と両手の剣を束ねての必殺技を叩き込む。
 メタルエテモンは両腕で防御を固めたが、そのまま大剣が腕ごと鋼の額をたたき割った。
 これで戦闘不能デジモンは3体。残るはホーリードラモンだけだと、アサヒはエリスに向き直ったが。
 ポン、と場違いな程軽い通知音がフィールドに鳴り響いた。
 アサヒとデュランダモンが訝し気に振り返る。エリスがその様子を見て笑みを深めた。
『イオからギフトが届きました』
 そのような表示の後、倒れていたデジモンのHPが全回復する。
 そして同じ通知音が2回続いた。
「そんなのありかよ……」
 観客たちが騒めく。
 仁も何が起きたのかは理解できる。ギフト機能の事は知っていた。
 フレンド間でアイテムを送る事ができ、経験値などを入手する事ができる。
 またデジタルワールド内では回復アイテムをやり取りする事ができる、と。
 しかしそれがデジモンバトル内でも適用されるなど知らなかった。
 これもデジタルワールド内でのデジモンバトルという変則的なルールだから可能だったことなのだろう。
 しかしこの事態には観客たちのざわめきもいつもと様子が違っていた。
「いくら何でも、こんなのありか?」
「さすがにそれは……」
 好意的ではない空気が周囲に蔓延する。
 その事に仁は自分の事では無いのにお腹が冷えていくような感覚を味わった。
 そして不満を持っていたのは仁の周囲の観客だけでは無い。
「あいつ……っ!!」
 観戦していた月虹が不満も露わに立ち上がる。
 全体に不穏な空気が漂い始めたが。
「まぁまぁ、落ち着けや月虹」
 それを押さえたのは月虹のパートナーデジモンであるブリウエルドラモンだった。
「落ち着けるか!! こっちもギフトや、もしくは加勢に」
「そんな事したら後で嬢ちゃんから文句を言われるぞ?」
 ブリウエルドラモンは月虹を落ち着ける様に穏やかに声をかけていた。
 その言葉に彼も再度腰を落とす。
 月虹だけでなく周囲の観客たちもその竜のデジモンの言葉に聞き入っていた。
「それに、嬢ちゃんはまだ諦めて無いみたいだが?」
 続けられた言葉に全員の視線がアサヒへと戻る。
 周囲の視線を一身に向けられているアサヒは満面の笑みを浮かべていた。
「なるほど、なるほどなるほど!! へぇー!! エーちゃん凄いね!? どうやってこんなの見つけたの!?」
 そして惜しみない称賛をエリスへと送った。
 そのまばゆいばかりの態度にさしものエリスの表情も困惑したように変わる。
 ランクマッチではありえない戦い方に対する文句や、理不尽に対する恨み言の一つでも言われる事を覚悟していたのだろう。
 しかしアサヒが浮かべたのは新しい情報を知る事ができた興奮だけであった。
「さぁて、どうしたものかねぇ、エーちゃん達のアイテムが尽きるまで戦うか、もしくは回復が間に合わない様に倒しきるか。どうしようか、デュラちゃん?」
「……では、アサヒの好きな方で」
 アサヒからの問いかけにデュランダモンは優しく微笑むような声色で答える。
 パートナーデジモンからの100点満点の答えに、アサヒは瞳を輝かせて視線を横に向けた。
 しばし彼女らは視線を交わらせる。
 「余裕こいてるんじゃねェ!!」
 そして四方から必殺技が叩き込まれる。
 炸裂の寸前、デュランダモンが上空へ跳ねた。
 ホーリードラモンの巨体よりも高く、アサヒ達は4体のデジモンを見下ろせる高さからフィールドを見下ろす。
「はっ、狙い撃ちにしてやるよ!!」
 デジモンたちの、そして周囲の観客たちの視線が上空に向けられる。
「いっくよー、デュラちゃん!! 変っ身!!」
 そしてアサヒが良く分からない事を叫んだ。
 仁たち観客たちの頭に疑問符が浮かぶ。
 確かにデジモンの中にはフォームチェンジを出来る存在もいる。
 しかし変身という言葉は意味が分からなかった。
 そして、彼らの目の前でデュランダモンが大剣へと姿を変えた。
「はぁ!? なんだそりゃ!?」
 エリスが驚愕の言葉を吐き出す。
 それは仁も全く同じ意見だった。
 デュランダモンがフォームチェンジできる等知らない。今まで見たデュランダモンのランクマッチでも一度も披露されたことが無い。
 そして何よりも、そんな奥の手をこのようなバトルで披露した事の意味が分からない。
 視線の先のアサヒはデュランダモンの上でサーフボードにでも乗っているかの様に態勢を整えた。
 サイズがまるで合っていないが、それでも立ち上がって上空からフィールドを見下ろす。
 そのまま飛来する必殺技を搔い潜りながら上空を飛び回っていた。
 騒く観客たちの中で、月虹だけが頭を抱えて大きく肩を落としている。
 全員がアサヒという人物に振り回されていた。
 この場で奥の手を披露する彼女の度胸とは如何ほどの物なのか。
 しかし彼女はさらに周囲の度肝を抜く行動に出る。
「じゃ、デュラちゃん任せた!!」
 高さ上限ぎりぎりまで飛び上がったデュランダモンからアサヒが飛んだ。
 デジモンバトルではアバターがやられても勝負は決しない。確かにパートナーに指示は出せなくなるというデメリットはあるがその程度である。
 しかし並の人間はVRワールドとはいえ高所からの落下も、攻撃に身を任せる事も出来はしない。
 そんな状況で、空を飛べないアサヒは両手を広げて落下を始めた。
「エ、エリスさん!?」
 エリスの仲間たちが指示を求める。
 アサヒを確実に撃破してからデュランダモンをしとめるか。
 しかし、それは究極体でも最高峰の攻撃力を持つデュランダモンを野放しにする事になる。
 アサヒへの攻撃と、デュランダモンへの対処と。
 エリスはそれらを個別に指示を出すべきだったのだが、それにはあまりにも時間が無かった。
「っ!! ベスタ、デュランダモンを――」
「ツヴァングレンツェ!!」
 エリスの言葉が出る前に、必殺技で加速したデュランダモンが飛んできていた炎を切り裂いて落下する。
 エリスはメタルエテモンのパートナーへと指示を出そうとしていたが既に遅かった。
 ホーリードラモンの眉間に大剣となったデュランダモンが突き刺さる。
 アサヒを罠にはめようとした事の意趣返しなのか、それとも戦略なのか、エリスとホーリードラモンはアバターもろともHPを0にされる。
「はぁぁああぁっ!!」
 そして巨竜のデータの残滓を切り裂いて、人型に戻ったデュランダモンが他のデジモン達に襲い掛かった。
 リーダーを真っ先に倒された彼らは困惑して動くことができていない。
 数秒と待たずに3体の究極体たちはぶつ切りにされた。
  『メガランク:ランクマッチ
 winner:アサヒ&デュランダモン』
 そしてデジモンバトルの終了を告げるポップアップが表示される。
 これにてデジモンバトルはアサヒの勝利で終了となった。
 しかし。
「――アサヒっ!!」
 デュランダモンが振り向きながら叫んだ。
 彼女たちの間には絶妙に距離が開いてしまっていた。
 落下するアサヒにデュランダモンが追いつけるかどうかはかなり厳しいだろう。
「あっちゃぁ、ちょっとミスっちゃったなぁ」
 上下逆さまで落下するアサヒが呑気に腕を組みながらぼやく。
 別に肉体は死なないからこその余裕なのだろうが、それでも墜落している人間だとは全く思えない。
 そのまま彼女は地上に叩きつけられようとして。
 「――っ、たく!!」
 爆発音と共に飛来したブリウエルドラモンがアサヒの落下に割り込んだ。
 ブリウエルドラモンのその巨体に見合わぬ加速に仁は驚く。こちらも今までのデジモンバトルで見たことが無い物だった。
 竜の背中では月虹がアサヒを抱きかかえている。
「おぉ、サンキュー。月虹」
「お前、もうちょっと後先考えろよな……」
「考えた考えた。ほら、ちゃんと私が落ちる前にデュラちゃんが倒してくれたでしょ?」
「それでお前が死んだら元も子もないだろうが」
 気安い感じで二人は会話を繰り広げていた。
 そこにデュランダモンが合流する。
「アサヒ、無事ですか!?」
「うん。大丈夫だよデュラちゃん。ありがと、私の期待通りに動いてくれて」
「いえ、最後が間に合いませんでした……」
 落ち込むデュランダモンへブリウエルドラモンが笑みを浮かべながら声をかける。
「まぁ、気にするなよデュランダモン。おかげで月虹も救われたんだ」
「ん? 月虹? 私じゃなくて?」
 しかしその言葉にアサヒが反応した。首を傾げて彼女はブリウエルドラモンへ向き直ろうとする。
 それを月虹が勢いよく止める。
「ブリウエルドラモン!!」
 仲睦まじく会話をする2人と2体のデジモンには周囲から称賛が送られたていた。
 彼らの周りには大量のスタンプやエフェクトが行きかう。
 仁も拍手を示すエフェクトを送った。
「凄いなぁ……」
 そして仁は羨望の眼差しでアサヒと月虹と見つめる。
 メガランク一位と三位。どちらも名を知らぬものが居ない人間だ。
 そして先ほどの戦いも、パートナーデジモンとの絆も。
 全てが仁が手に入れる事ができていない物である。
 コメントでは拍手を送っているが、内心では少し黒い感情が淀んでしまっていた。
 自分もいつかは、という感情と。自分なんかが、という感情と。
 仁は思わず彼らを見つめている事ができなくなり視線を逸らしてしまう。
 その時、彼の視界の端に通知が届いた。
 視線を向けると、『ネガ―モンはお腹が空いているようです』とメッセージが表示されていた。
「まったく……」
 仁はパートナーデジモンの様子を思い出して笑みを浮かべてしまった。
 全然進化しないのに食事だけはこうして催促が来るのだ、と。
 もう怒るよりも呆れて笑ってしまう。
「あぁ、そうだ」
 そして仁は一つある事を思いついた。
 パートナーデジモンの欄を開いて、呼び出しボタンを押す。
 バトルの際は周囲の観戦の邪魔になるため置いていったが、あたりは既に密集がはけている。
 ログアウトするもの、距離を取るもの、別のワールドに移動する者等、スペースは充分だった。
 すぐに仁のアバターの腕の中にネガーモンが出現する。
 ネガーモンはきょろきょろと周囲を見渡したのちに、自分を抱きかかえている仁の見上げた。
「ごめんな、食事はすぐに用意するよ。けど、一緒に彼らを見て欲しくてさ」
 仁はそう言って正面のアサヒと月虹を視線で指し示す。
「凄いだろ。お前もいつかああなるんだぞ」
 ネガ―モンが仁の視線を辿ってデュランダモンとブリウエルドラモンへと視線を向けた。
 2人の視線の先では2人と2体が和やかに談笑している。
 仁がその様子を羨ましそうに見つめていたが。
「ん? どうしたんだ? ネガ―モン」
 ネガ―モンが人のアバターの腕を引っ張り出す。
 早く早く、と飼い主の腕を引く犬のように仁をどこかに連れて行こうとしていた。
「ははっ、お腹が空いてるんだもんな。ごめんごめん」
 仁はその動作をネガ―モンからの食事の催促だと理解した。
 メニューを開いて自室へと移動する操作を始める。
 そして視界が切り替わる刹那に。
「ん?」
 デュランダモンとブリウエルドラモンと目があった気がした。
 なんだろう、と仁は思ったがすぐに視界が自室へと変化する。
 さらに動きが止まった彼の腕をネガ―モンが再び引っ張った。
「あぁ、ごめんごめん」
 仁はそう言ってアイテム欄からデジモン用の食事をいくつかネガ―モンへと送る。
 データを受け取ると、ネガ―モンは仁の腕を引くことを止めた。
 彼から離れて、ちまちまとデータを分解して食べ始める。
「全く……」
 仁はネガ―モンの食事に一生懸命になっているその様子に頬をほころばせた。

 夜、仁は母親から言われたとおりに夕食をコンビニで購入して済ませた。
 そのまま夜更かししても良かったのだが、明日は学校がある。
 下手に授業態度や成績に問題が出ると生活に制限が増えてしまうので、仁は平日の前の日だけはきちんと寝るようにしている。
「……寝るか」
 仁は部屋の中で確認するようにつぶやいた。
 母親は帰って来るか分からない。
 時刻は22時近い。そろそろ帰って来る日もあれば、まだ遅くなる日もある。
 そこは仁にも全く分からなかった。
 電気を消す前に仁は再度デジモンアプリを起動する。
 画面の中では変わらずネガ―モンが居る。
「おやすみ、ネガ―モン。またね」
 仁はいつもの習慣になっている言葉をかけてネガ―モンを撫でた。
 スマホの画面と部屋の電気を消すと、仁へ眠気がすぐに襲い掛かって来る。
 明日こそは進化してデジモンバトルに参加できるようになりますように、と仁は半ばあきらめている事を願いながら眠りについた。


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