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Withコロナ時代のアジアビジネス入門㊴「インドネシア<ロックバンドGIGI>と若者の自己表現」@『自分探しするアジアの国々』(明石書店)

多様性を理解するアジア入門書
 多くのアジアの人たちが日本で働いているのは日常風景となっています。2019年12月末現在、在留外国人293万人のうち、84%の246万人がアジア出身者で占めています。
 しかし、<日本社会では、そもそもアジアは他称であり、アジア自体の自己認識が混乱している>。こうした問題意識を含め、アジアの変化と多様性を理解するアジア入門書が『自分探しするアジアの国々』(明石書店)です。副題は「揺らぐ国民意識をネット動画から見る」とあります。著者は元国際交流基金ジャカルタ日本文化センター所長の小川忠・跡見学園女子大教授です。小川氏は毎日アジアビジネス研究所のレポートやONLINE講座で深掘りしたアジア文化論を展開しており、その見識には敬意を払っていました。
 今回の著書では映画、テレビ、ショートフィルム、ポップ音楽、ダンス、ミュージカル、アート、文学など若者文化に焦点をあて、現代アジア各国の国民意識、アイデンティティーの変容を考察しています。
リベラル・イスラム派とロックの自己表現
 小川氏の専門であるインドネシア編では、1994年に結成された実力派ロックバンドのギギ(GIGI)を取り上げています。著書によると、GIGIは2004年以降、イスラム色の強いアルバムをリリースし、イスラムへの傾斜を強めていきます。このことはイスラムの礼拝を連想させる白装束を着て演奏するGIGIのyoutubeミュージックビデオ「神(Tuhan)」が端的に表しています。オランダのインドネシア文化研究者レオニー・シュミットがGIGIを分析した「イスラム・ロックと現代の想像力」には、イスラム教義を今の時代に合わせて柔軟に解釈していこうとするリベラル・イスラム派の主張に共鳴していると指摘しています。
 つまり、GIGIはグローバリゼーション時代を生き、目まぐるしく変わる社会のなかで、イスラムに安らぎを求め、アイデンティティーのよりどころを求めるインドネシアの若者たちの自己表現の結晶であるというわけです。
ネット空間に新たな<想像の共同体>
 国民の9割近くがイスラム教徒であり、世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアですが、独立運動指導者スカルノは政教分離の原則を貫き、同国憲法では信仰の自由を認めています。ナショナリズム研究の第一人者である米国の政治学者ベネディクト・アンダーソンはインドネシアの形成を考察することによって「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」として名著『想像の共同体』を書きました。マレー系を中心に300を超えるエスニック集団が存在するインドネシアは「多様性のなかの統一」の理念の下、一つの「インドネシア国民」「インドネシア民族」を決意したというロジックを考えると、なおさら想像の共同体の意味するところが分かります。
 インドネシア一国をとっても民族・宗教・言語が多様ですから、アジア全体となると、よりいっそう多様です。クローバリゼーションがもたらした社会の変容と個人の意識の変化は、一方で「自分たちとは何者か」「自分たちの国民国家とは何か」とアイデンティティーを求める動きにつながり、SNSなどネット空間を中心に、新たな<想像の共同体>が現出しつつあります。インドネシアのロックバンドGIGIはその象徴の一つであるように思えます。
国際協調にこそアジアの「あるべき自分」
 最後に、著者である小川氏の次の言葉を胸に刻みたいと思います。
 <最後に声を大にして言いたいことは、アジアは、ウイルス危機以前から世界各国で目立ち始めていた自国優先主義、内向きナショナリズムの罠にはまってはいけないということだ。(中略)人間は一人では生きていけない。国家も孤立しては衰退していくのみだ。アジアの国々が追い求める「あるべき自分」は国際協調のなかにある>
 『自分探しするアジアの国々』(明石書店)。是非とも読んでほしい本です。

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