雑記:インターネットとメタバース、そしてVRChatについて調べてみた
ここ最近、1990年代のインターネットカルチャーについて調べていた。もともとの動機は、「ウェブメディア」を運営しているわけだけれど、そもそも「ウェブ」ってなんだろうという素朴な疑問からだった。
ウェブとインターネットの簡単な成り立ち
「ウェブ(正確にはワールドワイドフェブ、WWW)」は、インターネットの主要な利用法のようだ。「CERN(欧州原子核研究機構)」にて研究に従事していたティム・バーナーズ=リーが開発し、オープンに公開したウェブは、簡単にいえばハイパーリンクを要したテキスト郡(ウェブページ)のネットワークだ。世界で初めてのウェブページがティムによって公開されたのは1990年12月のことだ。
当初、研究資料の効率的な共有のために開発されたWWWは、マルチメディア化によって表現力を飛躍的に伸ばし、今やインターネットの主要な利用用途となった。もはや、ウェブとインターネットを混同してしまうほどに。
さて、インターネット(インターネットワーキングの略)は米国防総省高等研究計画局ARPAによるコンピューターネットワーキング、ARPANETを前身とする。当初は、軍および大学研究機関、そして一部の大企業のみに開かれていたものだったが、1990年に民間開放が開始。コンピュータネットワーキングの主流として、このインターネット・プロトコル・スイート(TCP/IP)を基盤としたインターネットは、当時複数に散らばっていたコンピュータ・ネットワークをことごとく飲み込み、世界規模のネットワークへ。今日の情報通信環境を創り上げる。
この2つの技術により、「ICT(Information Communication Technologies)」と呼ばれるような現代となっては当たり前の新しいメディア環境が構築された。コンピュータとネットワーク、この2つの技術よりコミュニケーションのあり方が大きく変わったことは今となっては疑いようのない事実だろう。(そして、特に私のようなデジタルネイティブ世代からすると、もはや空気のように最初から当たり前にそこにあった環境でもある)
バーチャル・コミュニティーとカウンターカルチャー
そして、この2つの技術により生まれたのがバーチャル・コミュニティだ。バーチャルコミュニティは、1980年代から90年代の間に熱狂的な人気を誇った電子掲示板(BBS)「WELL(Whole Earth 'Lectronic Link) 」の虜となったハワード・ラインゴールド氏による同名の書籍によりその概念が広まった新しい時代のコミュニティのあり方だ。
それまで、コミュニティといえばもっぱら地域社会のことを指していた。しかし、バーチャル・コミュニティは地域に属さない。その構成員は、全地球的な広がりを持ち、地域ではなく関心により集まる。
全地球的な志向を持ち、関心を求心力としたコミュニティといえば、1960年代のヒッピーコミューンを想起させる。実は、「WELL」をコミュニティとして文化的に支えていたのは、一時期1000人以上の住人を集め伝説となったコミューン「ザ・ファーム」だったし、「WELL」を創設したスチュワート・ブランドは、ヒッピーブームの火付け役となったあのケン・キージー率いるサイケデリックバス「メリープランクスターズ」のメンバーでもあった。
ちなみに、スチュワート・ブランドはあのスティーブ・ジョブスが2006年のスタンフォード大学の卒業式典スピーチにて「30年以上前に実現していたGoogleのペーパーバック版」と言わしめ、有名なセリフ「Stay hungry, Stay foolish.」の引用元にもなった「Whole Earth Catalog(全地球カタログ)」の創設者でもある。
初期のインターネットカルチャーは、当時まだ西海岸カリフォルニアにて色濃く影を落としていた、カウンターカルチャーとお隣さんだったわけだ。
少し話がそれだが、バーチャルコミュニティは以下のような特徴を持つ。
特定の地域に依拠せず、理論上は全地球的に広がりを持つ
生まれや年齢、性別など現実の属性は関係なく、関心こそが人々をつなぐ本質的な支柱となる
コンピュータネットワーク上に存在し、24時間365日永続的に接続可能である
これは、当然かもしれないがメタバースにおけるコミュニティの特徴と一致する。メタバースコミュニティは、バーチャルコミュニティの一種なのだ。
もう少しインターネットの歴史を順に追おう。2010年代になるとインターネットの利用法が大きく変わった。モバイルとアプリの登場だ。これまでは、コンピューターを用いてオープンでフリーで誰にも支配されないWWWに接続していたインターネット利用は、iPhoneやiPadなどのモバイル端末で、それぞれの端末にダウンロードされたアプリを通したものになった。ウェブにハイパーリンクされていないコンテンツ群がインターネット上にあふれかえった。
これを、テクノカルチャー雑誌「WIRED」は2010年8月に「The Web Is Dead. Long Live the Internet」と題し「ウェブの死」を宣告した。
メタバース、そしてVRChatの創設について
さて、メタバースだ。
「メタバース」という言葉が最初にメディア上で大きく取り扱われた「Second Life」は2003年にスタートした。インターネットが民間開放されてから13年後のことだ。インターネットの利用法について、さまざまな実験が行われて行く中の一つとして登場したことは容易に想像できるだろう。
今回の記事では、「Second Life」についてはまだ調査が足りないため、割愛する。さっそく我々が最も没入している「VRChat」に話を進めよう。
「VRChat」を運営するVRChat.incは2014年1月に設立された。本社はカリフォルニア州サンフランシスコにあるようだ。創設者は、Graham Gaylor氏と、Jesse Joudrey氏だ。ちなみに、Graham氏は「南のハーバード」と例えられるテキサスの名門校「ヴァンダービルト大学」にてMathematics and Computer Scienceを専攻。Jesse Joudrey氏は、ブランズウィックにあるカナダで最も古い歴史を持つ「ニュー ブランズウィック大学」にてComputer Engneeringを修めている。
「VRChat」の設立5周年を記念したプレスリリースによると、VRChatは在学中の学生寮にてGraham Gaylor氏が創り上げ、そののちにJesse Joudrey氏と出会ったことから、創業・リリースに至ったとのこと。2014年1月16日に、Oculus Rift DK1をWindows PCに接続するアプリとして産声を上げた。
ここで、Jesse氏がゲストスピーカーとして登場したカナダ・バンクーバーの大学院「Centre for Ditital Media」でのキャリア講座を見ていきたい。
Jesse氏は創業当時を振り返り、「彼(Graham氏)は確証がなかった。僕は電話で『これ(VRChat)が成功するとは約束できない。事実、まだ成功しないとも思っている。だけど、これはインタラクティブ・エンタテインメントのメディアが全く新しく出現する人生で一度きりの機会なんだ。成長は遅いけれど、この成長の一端に居られることがラッキーだ。』と後押しした」と語っている。
同動画の中でJesse氏は冒頭こんな発言をする。
ここでいう「Facebook」とは、いわばソーシャルメディアの代表格であり、「ウェブの死」を宣言させた巨大アプリ企業である。そんな「Facebook」は2014年にOculus社を買収し、Reality Labsに統合。2021年10月に「Meta Platforms」への社名変更を通し、メタバース企業として生まれ変わることを宣言している。
このOculus社の買収について、Jesse氏は「あちゃー(oh crap)、自分たちはすごい大きなものの淵にいるぞ。自分たちはほぼ唯一のソーシャルVR体験を作っていた。そしたら、ソーシャルがVRを買収したんだ。僕たちはザッカーバーグが何に魅せられているのかは分からないし、確かめようもない。ただ、そんなときにVRChatを創業したんだ」と語っている(同動画 28:00)。
話を進めよう。VRChatはメタバースをどう捉えているのだろうか。Graham氏は2014年5月、VRChat上のエピックなトークショー番組「Virtually Incorrect with Gunter #05」にて、司会のGunter S. Thompson氏にメタバースの今後の成長に関するコメントを求められ、下記のように回答している。
この2つの発言に、私はVRChatが目指しているメタバースの方向性、そしてそれはメタバースが向かうべき方向性が、見えてくると考えた。そして、それはオープンでフリーで誰にも支配されないもので、全てが繋がっている。まるで、次の世代のウェブのようなものではないだろうか。
FacebookやTwitterは、企業が支配しているが基本的には我々が自由にコンテンツを生み出せる環境のようにも思う。VRChatは、完全にカスタマイズ可能で、人々がやりたいことができるような、基本的に、すべてのウェブページやバーチャルルームやなんでも、それらが繋がっているような「個人がコンテンツを作るためのプラットフォーム」を理想としているが、「自分たちがそれを作る」とは(私が確認できた限り)言っていない。むしろ、その実現にはまだ不確実性が多分に含まれているし、VRの普及を含め、その現実的な制約を自覚している。そのうえで、そんな大きな旅路の方向性を示す、プロトタイピングのように伺える。
インターネット、ソーシャル、そしてメタバース。全てが繋がっていた
インターネットは、全てのコンピューターを相互に繋げた。ワールド・ワイド・ウェブは、全ての情報を全地球的な網目上に繋げてみせた。そして、バーチャル・コミュニティーは、人々を地域から解放し、関心により繋げてみせた。メタバースは、そこに全身の動きを実装してみせた。
インターネット、コンピューター技術は、その多くが冷戦下における宇宙開発競争の副次的な産物として生み出されたそうだ。1950年代~80年代は、我々を「宇宙船地球号」の船員として、宇宙の前ではちっぽけな個人に過ぎないことを鮮烈に印象付けた時代だ。そして、そんなちっぽけな存在である個人が、力を手に入れようと連帯し、自分自身で道を切り開いていこうとした時代でもあった。
メタバースは、インターネットの歴史と地続きである。そして、インターネットはまだ生まれてたった30年のカルチャーである。さらに、そのカルチャーの中心は、広大な宇宙の前に個人の力を開拓していった1960年代のカウンターカルチャーが色濃く残るサンフランシスコにある。この3つが今回の一連の検索を通して得られた知見だった。これは、知っている人には当たり前で、さらにいえば極端な論の展開かもしれない。しかし、このコンテクストは刻んでおきたいなと感じた。
また、今回はカルチャー面を中心に探索していったが、一方で「技術に対する知識不足」がその理解を大きく阻んだのも事実だ。ネットワークに関する知識、コンピューターサイエンスに関する知識がまるで足りていないなと痛感させられた。次は、そこの欠落も保管していけたらと思う。
主に参考にした書籍:
小林 恭平, 坂本 陽, 佐々木 拓郎.イラスト図解式 この一冊で全部わかるWeb技術の基本,SBクリエイティブ,2017/3/16(Amazonリンク)
池田純一. ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力, 講談社現代新書, 2011/3/20(Amazonリンク)
川上 量生. 角川インターネット講座4 ネットが生んだ文化 誰もが表現者の時代, 角川学芸出版全集, 2014/10/24(Amazonリンク)
ハワード ラインゴールド. 会津 泉 (翻訳). バーチャル・コミュニティ―コンピューター・ネットワークが創る新しい社会, 三田出版会, 1995/6/1
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