余珀日記⑩
「旅行に来たみたい」。お客さまによくそう言われる。和と洋が混ざった異空間。時の間のエアポケット。余珀は民家を改装したお店だ。オーナーさん渾身のリノベーションを生かしつつ自分たちの手を加えた合作である。
門からドアに至るアプローチは茶室につながる露地のよう。飛び石が入り口へと誘う。小さな立て看板が迎える先が玄関だ。靴を脱ぎスリッパに履き替えて中へ入る。
まず目に入るのはオーナーさんこだわりのカウンター。明るいミントグリーンの板はフランスのアンティークのドアを横にしたもの。その上のテーブルはジムビームの工場の廃材をフグレンコーヒーで染めたものだ。
入り口から見てカウンターの右に壁がある。照明が付いている上の木部はバスケットコートの床だったそう。言われてみると何だか体育館っぽい。
キッチンの青いタイルもオーナーさんが貼ったもの。吊り戸棚の上に配された木材は現在伐採禁止となっているハートパイン。戸棚の扉の色は我々でダークなトーンに塗り替えた。
店内の照明もいじっていない。広い客室は和風照明が照らし、他にもフランスやデンマークのアンティーク照明が随所に設置されている。
オーナーさんのこだわりは細部にまで及び、まだまだ書ききれない。少し前に知ったが、建物の周りに敷かれた玉砂利は東西南北で色を変えているらしい。これはもはや結界だ。このお店は見えない力に守られている。
もう一つの客室はもともとは明るい木の色の部屋だった。ここは自分たちで天井、壁、床の色をすべて暗く塗った。壁はポーターズペイントの「煤竹」という色。名前も色も気に入っている。
はじめてのDIY。電動サンダー。養生。シーラー。漆喰。バトン。ポーターズペイント。アイアン塗料。ニス。手を加えるごとにこの空間に愛着がわいた。やって良かったと心から思う。
3月のお披露目の日に、以前この家に住んでいたというご家族がいらしてくださった。カフェとして開かれた場になったことに「またここに入ることができて嬉しい」と喜んでくださった。
オーナーさん、仲間の大工さんたち、住んでいた方々、我々、そして今いらしてくださっているお客さま。たくさんの人のたくさんの愛がここに注がれている。「気持ちいいなぁ」。私も夫も、毎日何度となくこう呟く。我々の声もお客さまの声も、たぶん余珀に聞こえている。皆に褒められて前より堂々としてきた気がするのだ。このお店は。