見出し画像

地球という夢で見る夢【読書日記】

9月14日(Sat)

久しぶりに連休の夫と憂さ晴らしカラオケに行く。めちゃくちゃ気持ちを入れて歌う夫が毎回ツボで笑いが止まらない。本日の最高得点、夫の95点。

そのあとは、夫の実家に向かった。お盆は私だけ行くことが出来なかったので、今年から義実家で飼い始めた犬と久しぶりに対面する。前回は来たばかりでゲージの中にいたので、初めて自由に走り回る姿を見たのだけど人懐っこくてびっくりした。とても可愛い。

夜、川上弘美『水声』を読み終える。都と陵は姉弟である。ママが死んでしまってから誰も住んでいなかった家に、二人きりで暮らし始める。ひとりでいるのは寂しいから、ふたりで眠る。ひとりきりでは居たくないというその欠けた部分を埋めてくれるのは、同じ欠落を抱えたものなのだ。

ママが死んでしまう前の日に、焦るように、押し潰すように、求め合わずにはいられなかった秘密がある。それからずっと、考えないまま思い出さないように推し留めていた気持ちが少しずつ紐解かれていく。
近親愛の善悪ではなく、ただ二人にはその形が必要だったのだとすんなりと受け入れられる静かな文章がどうしようもなく好きだった。

どっちでも、いいの。そうだね。言い合いながら、互いの体をさぐる、体温のこもった布団の中で、足をからめる。欲情していなかったものが、ふれることによって少しずつ高まってゆく。体を重ねることで明らかにできることなんて、何もないことを知っているからこそ、ほがらかに体を重ねる

川上弘美『水声』




9月15日(Sun)

昨日、義実家から貰ったパンを朝食に食べる。それからシャインマスカット。秋のフルーツが大好きなので、今年も食べることが出来て嬉しい。

今日は木原音瀬『美しいこと』を読み終えた。BL小説である。女装が趣味だった男が、その姿で知り合った男のことを本気で好きになってしまう話。女装した松岡はとても美人な女性になって、すれ違う男たちが思わず振り向いてしまう。そんな松岡が恋をしてしまう不器用な男の寛末は、そんな見た目を好きになったんじゃないと言うのに、いざ男だと知ってしまえば付き合えないと言われる。

駄目かもしれないと頭ではわかっていても、諦めたくない。諦めきれない理由の一つは、自分が江藤葉子と容姿以外は何も変わらないということだった。もし内面を知ってもらえたら、前みたいに好きになってもらえるんじゃないかという希望が捨てきれない。

木原音瀬『美しいこと』

松岡の切実な想いと諦め、寛末の葛藤と執着。痛々しくもどかしいふたりの関係。

夜は夫が外で食べようと言うのですき家に行く。牛すきと悩んで結局高菜明太マヨにした。当然に美味しい。




9月16日(Mon)

二十冊ほど本を売った。引越し以来初めて本を手放すことになった。約一年で二十冊。今年は今の時点で二百冊ほど読めていることを思うと、そりゃあ家に本は増える一方だよなぁ……と変に納得してしまう。もっと思い切って手放すことも考えたいけど、いざとなると勇気が出なくなる。

それ以外は家でゆっくり過ごしたので、ガルシア=マルケス『出会いはいつも八月』を読み終わる。認知症を患いながら書いていた未完の遺作。
母の墓のある島。そこに年に一度の訪れる女。夫ではない男との逢瀬。ガルシア=マルケスらしい不思議な錯綜感はあるものの現実からは離れきれない感じがする。これが完璧な形を持って完成させられていたら、どんな魔術を見せてくれたのだろう。

夜、ナスが大量にあるのでベーコンとチーズを挟んでライスペーパーで包んで焼いてみる。




9月17日(Tue)

昨晩、寝る前に少しと思い柿村将彦『隣のずんずん』を読み始めたら面白すぎて一気に読み終えてしまった。
ある日、村を訪れた信楽焼の狸。それは村に伝わる権三郎狸という、村人を丸呑みし村を焼き払う伝説の狸だった。一ヶ月後に村の人間はみんな死んでしまって、村は世界から消えるなんてとんでもない話なのだけど、軽い語り口によってシリアスになりきれなさがある。

それでも起きていることはとんでもなく不条理だ。大半の村人はそれを受け入れ、一部の抗おうとするものも手詰まり。
ラストの展開は途中からそうなってしまうような気はしつつも、いざ目の当たりにするとゾッとした。狸憑きの呪い。ルールに縛られて、救いのない旅路。

そもそも権三郎狸とはなんなのだろう。どうして一ヶ月の猶予が設けられ、村人だけが丸呑みなのだろう。そして、狸の腹に呑まれた人間にまつわる記憶が思い出せなくなる謎。消えるのではなく、繋がらなくなる。そうして権三郎狸は旅を続け、いつかすべての土地を消しきってしまったら、どうするのだろう。

狸の腹の中には新たな世界が生まれていて、今度は自分自身を呑み込んだ狸はその世界を丸呑みし始める……なんて入れ子の世界を想像してみる。




9月18日(Wed)

歯科へ行く日。前回から仰々しい設備での治療に切り替わっているのだけど、今回は先生が三人集まってきて恐怖しながらの治療になった。経過は相変わらず芳しくなく、引き続き十月も通院することになる。

待合室で読んでいたのはワイルド『ドリアン・グレイの肖像』。新潮文庫の福田恆存訳。買ったのは去年なのだけど、読もう読もうと積んでいるうちに新訳が出ていてびっくりした。

帰宅後、朝比奈秋『あなたの燃える左手で』を読み終える。不必要に切り取られた腕。繋ぎ合わされた他人の腕。境界を意識せずに生きてきた身体に無理やりに生まれた自己と他者の境界。




9月19日(Thu)

最近は休出の多かった夫の仕事がやっと落ち着きを見せてきて代休を取れることになった。私は午前中は仕事があったので出掛け、午後から夫と買い物に出かける。ずっと新しいスニーカーが欲しかったのです。

いくつかの店をまわって、結局adidasの薄いピンクのものを買った。これでたくさん歩き回れる。

夕食を食べようと思ったのだけど、お互い無性にラーメンの気分で、少し離れたラーメン屋を目指すことにする。途中、夫が空腹の限界を訴えるからクレープ屋さんに寄り道をした。




9月20日(Fri)

小林泰三『アリス殺し』を読み終える。分かってはいたけど面白かった。好きだろうなと思いつつ、なかなか読む機会が巡ってこないと言い訳をして読んでいない本がたくさんある。気になっている本をすべて読むには時間が足りず、とりあえず目先のものから手を出していくことを自分で選んだくせに、こういう面白いし好みだと分かりながら読んでこなかった本を読むと「なんでもっと早く読まなかったんだ!」と自分で自分に憤慨したくなる。

落下死したハンプティ・ダンプティから始まる不思議の国の殺人事件。夢と現実の危うい繋がり。会話文の多い文章はくるくると目が回るようで、疑惑と疑念をぐちゃぐちゃにしていく。

「何泣いてるんだね?」チェシャ猫が尋ねた。
「世界が終わるからよ。大好きな世界だったのに」
「世界は終わらないよ。夢が一つ終わるだけさ」
「わたしたちにとっては、この夢が世界だったの」
「それもまた夢に過ぎない。夢は夢さ」

小林泰三『アリス殺し』

ひとつの夢の終わりは世界の終わり。だけど、世界は繰り返される。夢から夢へ、強制的に。

夜、何か脱出ゲームをやりたくなって、あそびごころ「縁日からの脱出」「あやかし夜市」をやった。どちらも世界観が好きすぎてどハマり。和風ファンタジーというか妖というか怪異……みたいなものにとてつもなく弱いのです。そして、現実から迷い込める異界にも。

現実から地続きのどこかにある異界への入口。その入口はいつだって入りやすく、出ることは容易ではない。行きはよいよい、帰りは怖い。そんな入口を子供の頃からずっと探し続けている。
だけど、物語の世界でそうやって門扉を開かれるのはいつだつて幼い少年少女だった。もうタイムリミットなのかもしれない。それでも諦め悪く、千と千尋のトンネルを、不思議の国へのうさぎ穴を、探さずにはいられない。

「次の地球がいい地球でありますように」
おはよう、アリス。

小林泰三『アリス殺し』


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?