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アンティーク着物と古裂と私 vol.9 アンティークに思うこと

続きになります。

古裂とアンティーク着物の店に勤務するようになり、私の生活は変化していきました。

土日祝日は仕事の日。
路面店は定休日がなく、土日は骨董市、アンティークフェアが催されることが多いです。
デパート催事は5日~6日間と期間限定ではありますが、デパートの開店時間中は店舗ブースに2、3人のスタッフが常駐しなくてはなりません。
アンティークショップだけが入っている商業施設のなかに二号店もあり、こちらにも常駐スタッフが必要です。

人手不足。

どんな職場でも同じような現象が起きているかと思います。

アンティーク着物ブームが起きたことで、スタッフ募集に応募してくださる方々も増えてきました。
有難いことです。
でも、この仕事、見た目と中身はかなり違います。
(どのお仕事もそうですよね。)

「着物を着て働きたい」
これが志望動機の一番にあると、現実はつらいと思います。
着物を着る前にやること、出来るようにならねばならないことが山ほどあるからです。
店の掃除から始まり、商品整理、棚卸、デパート催事の搬入、店舗ブース設営、搬出など、着物を着てその動きがてきぱきと出来るか?というと、なかなか難しい……。
お客様の前に出る直前にささっと着物に着替えることが出来る方もいれば、自宅から着物を着てきて割烹着を羽織り作業する方もいました。
想像以上に肉体労働が多いです。

そして商品知識。
お客様の中には古裂だけを探しにご来店の方も少なくありませんでした。
このシリーズの前半に出てきた、人形着物教室の先生や生徒さん達がそうです。
「着物が好きです」「着物を着れます」からスタートの新人スタッフさんには、古裂のことを一通り理解してもらう必要がありました。
私もそうでしたが、ゼロの状態から一通りの対応が出来るようになるためには当然ながら時間を要します。
人形着物、仕覆(しふく。茶道のお道具をしまう袋)、掛け軸、表装など、さまざまな種類の布を把握し、お客様のお顔を憶え、その方が前回は何をお買い上げになり、今日どんな布をお探しなのか……そして新入荷の布を見たとき、「この布、あのお客様ならお好きそうだな~」と思い浮かぶかどうか……。
古裂のお客様たちに対応できるようになってもらわないと、一人で勤務が難しく、新人スタッフさんにはまずは複数人勤務できる場所に入ってもらい、現場で学びながら身につけてもらっていました。
(デパート催事、骨董市は複数人での勤務、当時の店舗はひとり体制でした)


私はスタッフの勤務シフトを作ることも担当していました。
誰も出られないところには自分を入れました。
「辞めたいです……」
とスタッフから相談を受ければ、無理に引き留めることは出来ません。
出来る限り、空気をわるくすることなく希望に添える方法を考えました。

店のホームページにも携わってきた時期がありました。
公式のものはプロに依頼していましたが、もっと気軽なスタッフの着物日記、催事のご案内や新着商品紹介のようなものを、「ホームページビルダー」(懐かしい…笑)で夜な夜な作っていました(;^ω^)

店に深く関わることは、大変さと楽しさの表裏一体。
その頃の私はとにかく夢中で、販売には戦力外なら、自分には他に役立てることがあると信じて突っ走ていました。

◇◇◇◇◇◇

結婚、初めての妊娠、初期流産、真夜中に起きた夫の交通事故、夫の入院(一か月)、夫の手術(必要で気管切開)、夫の事故後遺症、自分の急激な脱毛(ある日突然、髪の毛が9割ほど抜け落ちました)、父の闘病(在宅と入院)、父を見送る…などなど、私生活での出来事があっても、アンティークの世界に戻れることで、自分を保てていたように感じました。

お休みをいただきご迷惑をかけましたが、どんな時も対応してくれたオーナー、スタッフさん達には今も感謝しています。



思えば髪が抜け始めた時、身体は必死で訴えていたのではないかと思います。
「このままじゃ、いけない」と。

大学病院の脱毛専門外来に通院し、ウィッグを着けて売り場に立ち、徐々に毛が生えてくると安堵した日々。
頭痛薬を飲まないと仕事が出来ないので、常に薬に頼っていたこと。
眠くならないなら寝なければいいと開き直っていたこと。

やる気にあふれて入ってくる新人スタッフさんたちを、迎えては見送ることを繰り返し、それぞれの退職の理由に納得しながら、私はこのままどうなっていくのだろうと思っていました。
急に涙が出たり、イライラし、動悸がする、息が苦しくなる……調子がいい日がないのが当たり前の日常でした。

◇◇◇◇◇◇

そんな無理を止めてくれたのは、長男でした。

自然妊娠することは難しいと言われていた私が、一度経験した妊娠と初期流産。
そのあとは子どもを授かる気配もなく月日が過ぎていたのですが、ある時、銀座のデパート催事中、これから搬出の力作業が待っているという時に体調の異変に気付きました。
なんだか、すごくおかしい。

後日、妊娠していることが分かりました。

この命をぜったいに守りたい

そう思った私は、仕事をやめようと思いました。

周りは引き留めてくれたのかどうかも思い出せません(笑)
とにかく、出来るところまで働いて、そしてやめようと思いました。
身体の奥から、今動かないと後悔すると聞こえてきたのです。
おそらくこれが最後の警告で、これ以上無理をするともう戻れなくなるよと、新しい命が教えてくれている気がしました。

大きなおなかになっても出来ることをさせてもらいました。
スタッフ向けのマニュアルも作りました。
新しいスタッフさんに引き継ぎをし、店は、私がいなくても何の支障もなく回り始めていました。

◇◇◇◇◇◇

戻ってこれる時になったら戻っておいでと、やさしい言葉をかけていただきました。

またやればいいじゃない。もっと楽なシフトのところに入らせてもらって。
そう言ってくれる友達もいました。

お勤めはいつから?
親族からの何気ない言葉に傷つく自分がいやです。

みんなが当たり前に出来ていることが出来ない自分が情けなく、克服したいと思います。
でも甘えています。こんな年齢にもなって。
恵まれていると感謝しています。
そして少し、うずうずもしています。
こう思えるようになるまで時間がかかりました。


自分が知らない世界のことを知ることが楽しいです。

私も、私が体験したことを書いてみたくなりました。
それがこのシリーズです。

古裂やアンティーク着物の世界、私の大好きな世界。
手触り。色や柄のもつ力。ため息がでるような美しさ。時代を経てきたせつなさ。クスっと笑ってしまうオモシロさ。
いろいろなことがあった時、私の暮らしの中にアンティークがありました。
今もあります。

骨董の扉をちょっとだけ開いて一緒にチラッと覗いていただけたとしたら、これほど嬉しいことはありません。

拙い文章を連続ものでお読みいただき、本当にありがとうございました。


※見出し画像はアンティーク着物で、「散歩着(さんぽぎ)」、「プロムナード」と呼ばれるものです。着物の格でいうと、正装まではいかないけれど〝おしゃれ着”のような扱いになると思います。今でいうと、「今日何かあるの?」と聞かれるキレイめなワンピースでしょうか。散歩着は小紋(全体的に柄がある)で、裾に絵羽模様が特徴です。写真は裾の部分を写しました。
北欧を思わせるような柄が気に入っています。この着物に前回の立涌帯を合わせ、今年三月の長男の小学校卒業式に出席しました。


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