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狩猟免許合宿16日目(最終日)──都邑


16日目

出発

今日、厚沢部町を発つのはYさん、Uくん、Hくん、わたしの4人だ。6時台にここを出発するUくんとHくんを送り出して、シーツ類の洗濯と部屋の掃除をする。Yさんとわたしは8時37分発のバスに乗る予定である。

Yさんの受け入れ農家・KMさんの車に便乗するかたちで、宿舎からバス停まで送ってもらう。KMさんはスモーカーのわたしでもびっくりするくらいばこばこ喫煙している。軽自動車の車内は煙でいっぱいだ。

車に10分ほど揺られたらバス停「鶉」に着く。バス停の近くにお世話になった受け入れ農家のNさんの家があるので、借りていた作業着類を返して挨拶をする。結果的に農作業に従事したのは3日間であり、ARKさん曰くこのプログラムの今までの参加者の中で最短らしい。とはいえ、お世話になったのは間違いのない事実だ。雑談をしながらバスを待っていると、Nさん(おかあさん)がトウモロコシとじゃがいもを手土産に渡してくれる。合計で7kgはあろうか。「重み」のある手土産がありがたい。とうもろこしはリュックに入れ、じゃがいものダンボールは手で抱えて東京の地を目指す。

厚沢部で過ごす日々はあっという間だった。不思議な時間が流れていた。あそこにいると、今までずっといたし、これからもずっといるような気がしてくるのである。今は東京でこの文章を書いているが、まだぼんやりとしている。魂の一部がまだ厚沢部の町を彷徨しているのかもしれない。信号のない道路や、だだっ広い農地とさらにその向こうに広がる嶺々のイメージが浮かぶ。東京にいるわたしの魂が何かをイメージしているというよりは、わたしが、魂のある場所によってイメージを喚起させられているのだという気がしてくる。「心ここにあらず」と言うが、心があるところこそが、わたしのいるところではないか。意識がひとりでにあるのではない。何かとの接触があるところに生起するものが意識ではないか。

ここからのわたしの旅程は以下である。
 函館まで・・・・・バス2時間
 函館空港まで・・・バス30分
 羽田空港まで・・・飛行機1時間40分

空港の手荷物検査で3個のライターと9個のマッチが没収されてしまった。こんなことなら宿舎のスモーカーたちに残しておけばよかったな。

東京・羽田に降り立つ。寝ていたらあっという間だ。前回ここにきたのはスペインからの帰りだった。苦い思い出である。新型コロナウイルスの検疫に引っかかって、10日間のホテル療養を強いられたのである。今回はもう新型コロナウイルスが5類感染症に分類されていることもあってか、 航空会社のスタッフもマスクをつけていないひとがほとんどである。


大都会

東京の街。ここはすごい。徒歩圏内にコンビニがあるし、そのコンビニは一晩中開いている。大阪でもそうだったが、改めてこれは、すごいことだ。厚沢部町では、近所のスーパーが18時に閉まっていた。そこが閉まると、車で何十分のところまで行かないと買い物をすることができないのだった。夜道も暗い。場合によっては野生動物と遭遇する可能性もあるので、遅い時間に出歩くのは避けたいことであった。でも、それに慣れてしまったし、それでもやっていけるということがよくわかった。

反対に東京では道を歩くときには他の通行者や自転車、自動車に気をつけないといけないし、自分の歩き方が全く厚沢部にいたときとは違うことに気がつく。違う生き物になったみたいだ。


群生相

ある種のバッタには群生相があると聞く。

エサが豊富で周りに他個体がいない環境でのんびり育つと、お互いを避け合うおとなしい「孤独相」になる。一方、エサが乏しく多くのバッタが1カ所に余儀なく集まり、他個体とぶつかり合いながら育つと、群れることを好む獰猛な「群生相」となる。性格だけではなく、見た目もまるで異なる。

前野ウルド浩太郎「こんなにありますバッタの謎」(PRESIDENT Online)

人間にも、そのような側面があるのではないか。地球上に70億を超えるホモサピエンスがいるわけだが、ヒトも密集すると、そうでなかった場合と全く異なった性質を見せるのではないか。早速帰りの電車で満員電車を経験するのだが(これは本当に耐えがたい)、わたしの中に「不寛容」の芽が育つのを感ずる。

やはりわたしは孤独相を維持することのできる距離まで引き下がっていたい。密集することで不寛容さや悪意を育み、窮屈な思いをするくらいなら退けばよいではないか。そして、人間にとっての「孤独相」はまた、文学の生まれ来る「ふるさと」でもあろう。

今回、わたしはそんなに生活が便利でなくともいいではないかという思いを強くした。この便利さとは、24時間いつでもコンビニにいけるというアクセシビリティばかりではなく、お金を払いさえすれば何かものを手に入れられるという貨幣経済のことも指している。厚沢部町ではひとからのいただきものに多くを負って生活していた。米や野菜、肉類は誰かが受け入れ農家さんからもらってくる。もちろんそれはこのプログラムを主宰しているARKさんの人脈あってこそだし、今回はもらうことがどうしても多かったのだが、農村で生活するとは、相互に「モノ」や「恩」を贈与しあって生きるということである。それが苦手だというひとがいるのはわかる。だが、わたしは案外これが嫌いではないと感じた。


これから

狩猟免許の取得を目指す

これからどうするか。まずひとつとして、わたしは狩猟免許を取得しようと思う。取得してすぐに狩猟に出るとは限らないが、持っていたら狩猟に出ることはできるので、知見のみずみずしいうちに、免許だけは取得しておきたい。今回教わったことを復習しながら、テキストと問題集をやり込もうと思う。また、技能試験もあるので、ビニール傘を銃に見立てて猟銃の扱いのイメージトレーニングもしておきたい。

大阪府は受験者が多いこともあって、試験を受けるために事前の申請手続きをせねばならないことになっている。これはもう済ませてあるので、今は結果通知のメール待ちである。

一方、猟銃の所持許可を得るのは自分の拠点が安定してからでいいと思っている。猟銃や弾を保管するには、住居の壁にビスを打って専用の倉庫を作らねばならず、これは、借家だと都合が悪いからだ。また、狩猟免許とは異なって、銃の所持許可が降りたらすぐ銃を持たねばならない。現実的な問題として、これにけっこうなお金がかかってしまうということも理由である。

だから今は一旦、狩猟免許の取得に向けて、勉強をしようと思う。


いくつかの稼ぎ口を考える

また、狩猟を生活に組み込んでいくにあたって、いくつか稼ぎ口があるとよいということも学んだ。

今回狩猟免許合宿のプログラムに応募した理由には、狩猟を元にどのような生活のあり方が可能かを考えたかったということもある。そして、ARKさんと話して今回思ったのは、狩猟一本で生活をするのは現実的ではないということである。

というのも、相手は不安定な自然と野生の生き物である。そこから安定した生活の糧を得るということは並々ならぬことである。どうしてもお金を稼ごうと思ったらたくさん殺さねばならないし、たくさん殺さねばならないとなったら、効率的に命や肉を処理せねばならないことになる。そうなれば命への畏怖は敬意といったものはどんどん削がれていってしまうだろう。そして、皮肉にもこの狩猟者の生活は資本主義的な食肉生産過程に限りなく似てきてしまう。だが、工場でモノを生産するかのように生き物の命が奪われ、加工され、運ばれていく過程というのは、わたしが疑問を抱いていた当のものではなかったか。だから、狩猟だけをメインに据えた生活というのは目指さないでいたいと思う(というより、わたしの方が持たなくなってしまうような気がする)。

命とのコネクションを保てる範囲で、狩猟を生活の一部に組み込みたい。そしてならば、狩猟が仮にダメになっても他で糊口が凌げるようでなければならない。他で生活の糧を得る手段を持っておかねばならないということになる。

だから、わたしはもう一度狩猟ではない方向へ足を踏み出す必要がある。


移住を考える

どう稼ぐかということとも絡んでくるが、移住についても考えていきたい。ひとつは、狩猟をするには猟場へのアクセスがよくないといけないし、また、狩った生き物を運ぶには軽トラックのような乗り物も必要になってくる。今住んでいるところは少し街すぎるということが言える。

もうひとつは、やはりひとの少ないところが居心地がいいと感じたということがある。振り返ってみると、今回2週間以上、厚沢部の地にいて「呼吸」が楽だったのだと感じる。暗い想念が頭を擡げることが街にいるときと比べて格段に少なかったのだ。もちろん、ひとごみに紛れることに伴う快感を知らないわけではない(東京の人混みは大阪のそれよりもわたしにとっては心地がいい)。だが、上に書いたように、否応なく「群生相」のホモサピエンスになってしまうよりは、「孤独相」でありたいと感じるのである。


まとめ

狩猟の免許合宿はこれで終わりだが、狩猟者としてはまだスタート地点に立ったばかりである。これからも免許取得の勉強について等、狩猟に関連することはこの同じマガジンに追加していくので、気になる方は是非とも読んでほしい。


この合宿では多くの方にお世話になった。同室のメンバーだったEさん、小野D、二代目フジワラ。隣の部屋のカッシー、ふくちゃん、Uくん、Hくん、Oさん、女子部屋のYさん、Aさん。別棟にはヨウセイくん、コウくん、クラッチ。このプログラムの主宰者ARKさん一家。受け入れ農家のNさん家族に、この農園で働いていたグリーンさん、プリンセスさん、バトラーさん。ベテランハンターのKさん、KDさん。カンペシーノの店主Fさん。

みなさん、ありがとう。どうか達者でいてください。


以上で、わたしの狩猟note〜合宿篇〜は終了です。
お読みいただいた皆さま、ありがとうございました。


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