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いつもどこかで、宇宙の旅

※舞台『DREAM BOYS』2021年9月25日夜公演を観劇した人間の限りなく個人的な感想です。

横断歩道の白線の上だけを歩いて帰った昔。
自分から謝るのなんて負けだと思っていた頃。
頑張った日は発泡酒じゃなくビールを買う現在。

自分で決めたルールを粛々と守るのが好きで、それで演劇が好きだった。舞台の床の板の上に、頭の中から取り出したチョークで印をつける。円。決してそこから足をはみ出してはいけない。幕が上がる。注意深く、歩き回る。歩く、歩く、走る、歩く。向こうから歩いてくる誰かに気が付かないとバランスを崩して倒れそうになる。咄嗟に向きを変える、そのまま歩き出す。歩く、歩く、走る、歩く、すれ違う人とハイタッチをする、歩く、走る、そうして幕が降りる、ああやっと完走。

まばゆいほどに濃く描かれた円も、今にも消えてしまいそうにはかない円もある。俳優の数だけルールの円は出現する。なかでも矢花黎さんの円が、私にとってはいつも特別にめずらしい。たとえ2階席の1番奥からでも「ある」ことがはっきりとわかるのに、その円がどんな太さで、大きさで、歪みをもって描かれているのか、きちんと目にするチャンスはほとんど訪れない。
私には見えないけれど、確かにそこに存在する。
見ることも触ることも出来ない、遠くで鳴っている電子音や、微かな匂いに近いそれの、存在を実感することを許されている幸福を噛みしめる。

あなたの円がめずらしい理由はそれだけではない。その円は、劇場を後にした帰路の途中、あるいは翌日の通勤電車の中、あるいは何週間も経ってから思わぬ場所で姿を現すことがある。劇場では目に見えなかった、でもその気配だけで充分だった存在の確かさと尊さと同じくらい、あとになってからあなたに教えてもらうその円の形、大きさ、手触りを大切に思います。ふたつの円は重なったり、すれ違ったりしながらも決して統一されることなく、記憶を増幅させてゆく。

こうしている間も私たちの頭上で無限に広がってゆく宇宙みたいに。

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