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未知なる南京へ——インターネット黎明期のサバイバル準備

2003年、インターネットがまだ黎明期で、情報の海は今ほど豊かではありませんでした。
私は大学の単位交換留学制度を利用し、9月からの約4ヶ月間を、江蘇省南京市の南京大学で学ぶことが決まっていました。でも、そこでの生活に関する情報はほとんど得る手段がない状況でした。

南京がどんな場所なのか?
持って行くべきものは何なのか?
手に入る情報は圧倒的に不足していました。

あちこちの書店を巡り、有益な情報を探し求めましたが、一番まともな情報源は『地球の歩き方』くらいで、その南京市の情報も小さなメモ帳ほどのスペースしかありませんでした。

サバイバル妄想が暴走

やっと手に入れた『現地危険情報 中国・台湾・香港編』という本は、情報に飢えた私を完全に感化しました。中国には麻薬組織やマフィアが蔓延り、日本人は強盗、恐喝、スリ、詐欺の被害に遭うのだ…。
読めば読むほど、中国に行けば皆から狙われるのではないかという不安が募り、高ぶった気持ちで手荷物を見直すと、スーツケースに詰め込んだものすべてがふざけたものに見えました。

「拝金主義が横行する中国から邦人被害を詳細にレポートする」
という説明書きは当時の時代の空気を感じさせます。
文字だらけの帯を外せば、シンプルなアルファベットの黒字本になり、
現地でも目立たなくなる仕様。


私はもともと悲観的な性格で、物事の負の側面を大げさに捉えて準備する傾向がありました。

パッキング済みのお気に入りの普段着を放り出し、代わりに着古したTシャツやズボンを詰めました。
すり切れそうな物、毛羽立っている物、シミのある物くらいがちょうどいい。
灰色や茶色など目立たない色の服ばかりを選びました。

本気の準備に取り掛かる

スリ対策には、トレッキング用のベルト2本のボディバッグに、アーミーナイフ、方位磁石、カラビナを取り付け、靴は悪路を想定して履き古してボロボロになったトレッキングシューズを選びました。
前々年、19歳の頃にカンボジアの村へ旅行した記憶が無駄に拍車をかけ、完全にサバイバルモードです。若い頃の経験というものは、素直な心にまっすぐ届きます。

髪は黒に染め直し、自分で短髪にし、
メイクは限りなく薄く。
アクセサリーの類いなど「チャラついたもの」と自分が感じるものは一切持って行きませんでした。

留学生楼で浮く

勝手な妄想で奮闘した結果、学生証の証明写真までもが工作員のような雰囲気になり、周りに溶け込もうとした結果、逆に南京大学の留学生楼では浮いてしまいました。

2003年の南京はすでに、572万の人口を有する都会でした。(2023年の統計では953万人)

仲良くなった韓国の友人からは「なんでそんな山から出てきたみたいな格好してるの」と驚かれ、中国人からも「あなたいつもネズミみたいな格好をしている」と不評でした。
留学生の生活なんて、部屋と教室の往復なのだから、そりゃそうです。

持って行って良かったもの

この気合いの入った準備の唯一の救いは、服飾品の代わりに本をたくさん詰めて行けたことです。情報不足と不安に駆られた留学準備でしたが、本は全期間を通し、私の心の支えとなりました。

そこに生活があるのだから、日用品はいくらでも現地で調達可能です。

でも当時、日本語の本は上海や北京にしかなく、20歳の繊細な心が言葉を通じて自分を整理し、表現するための出口を求めていました。まだ中国語の能力が不足していたため、現地の本を読んで思考を整理することは不可能で、外国にあって、逆に母語を求めていたのです。

不安からスタートした留学準備は、現地に馴染んであっという間に笑い話になったけれど、スマートフォンも携帯もない時代、想像力だけが頼りだった新しい生活の始まりは、とても刺激的でした。
未知の場所に飛び込む際の不安と期待が入り混じる瞬間こそ、旅の真髄なのかもしれません。

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