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「シキ恋」アニメ脚本

【題名】
シキ恋
第01話

〇登場キャラクター

柘植礼司(つげ・れいじ)
柘植家の長男。高校二年。
実は姉妹と血が繋がっていない主人公。

柘植春華(つげ・はるか)
柘植家の一女。大学二年。
ゆるふわで天然な姉。

柘植夏姫(つげ・なつき)
柘植家の二女。高校二年。
卑屈で及び腰な双子の妹。

柘植秋葉(つげ・あきは)
柘植家の三女。中学三年。
反抗期ど真ん中で天邪鬼な妹。

柘植冬乃(つげ・ふゆの)
柘植家の四女。中学二年。
不登校で不思議ちゃんな妹。

柘植哲哉(つげ・てつや)
柘植家の父。漫画家。
家族と別居中。こっそり冬乃を指導中。

斎藤(さいとう)
元哲哉の担当編集。現礼司の担当編集。

五十嵐(いがらし)
編集長。

一将(かずまさ)
礼司の友人。

河嶋(かわしま)
冬乃の担任教師。

〇柘植家・リビング
ペンを走らせる秋葉。
机の脇に『無刀のレイ』が表紙を飾るダダジン(週間少年マガジンをイメージして頂ければと思います)。
  玄関の開く音。
春華(オフ)「ただいま~」
  手を止め、顔を上げる秋葉。背後で(冬乃の)足音。
作業に戻る秋葉。背後で(冬乃が)扉を開く。
秋葉「あと(机の上にある原稿に目をやって)……やめよ。数えたらモチベ下がるし」
  ダダジンの表紙に小さく載っている『シキ恋』の宣伝。

〇講來(こうらい)社・応接室
  読者アンケートの集計票。
五十嵐「今週は四位。これで新連載から八週連続でトップ5だ」
コーヒーをすする五十嵐。
身体を前に傾け、
五十嵐「『月哲哉』の脅威になりかねない大型新人『四季巡』。君はいったいどこで彼と知り合ったんだい?」
  全然減っていないコーヒーカップ。隣に票が置かれる。
斎藤「すいません。私から彼について一切を明かすことはできません。年齢、性別、それらを伏せることを条件に契約していますので」
五十嵐「そうかい。(コーヒーをすすり)他の子に秘匿されたら困りものだけど、斎藤君なら問題ないか」
  部屋の時計を見やる五十嵐。
五十嵐「そろそろ四季先生の原稿を受け取りに行く時間かな」
斎藤「そう……(腕時計を確認して)ですね。お暇してもよろしいでしょうか」
五十嵐「悪いね。貴重な時間を割いてしまって。四季先生に、これからの活躍に期待していると伝えておいてもらえるかな」
斎藤「かしこまりました。では失礼します」
  退室する斎藤。
宙を仰ぐ五十嵐。
五十嵐「とは言ったものの、編集長の立場としては挨拶くらい交わしたいけどねぇ」

〇斎藤の車内
斎藤「今日は誰が出迎えてくれるかな」
エンジンをかけ、車を発進させる。

〇オープニング

〇(夕方)柘植家・外
  『柘植』と表札のかかった一軒家。
  インターフォンを押す斎藤。冬乃が顔を出す。
斎藤「(ほっと息をついて)、おはようございます四季先生」
冬乃「フユのことは冬乃でいいよって前から言ってる。まだできてないよ」
斎藤「(苦笑しながら)知ってる」
  大きく扉を開き、背中をあてて重し代わりをする冬乃。
冬乃「どうぞ」
斎藤「ありがとう。お邪魔します」
  清潔感のある玄関。
傘立てに五本の傘。土間に二足の靴。
  リビングの扉を開ける斎藤。
斎藤(M)「まさか誰も思わないだろうな」

〇柘植家・リビング
  広々とした部屋。作業部屋にキッチンや食卓など生活感があふれるイメージ。
 礼司・春華・夏姫・秋葉が作業している。
斎藤(M)「四季巡が五兄妹だなんて」
  礼司、斎藤に気づき席を立つ。
礼司「おはようございます」
斎藤「おはよう。原稿は順調?」
礼司、苦笑い。
  肩を竦め、スマホをいじる斎藤。
斎藤「(画面を見たまま)さすがエース。もし終わりそうになかったら……」
礼司「十時までに仕上げます」
  きっぱり言い切り、まっすぐな目をする礼司。
ちょうど五時になる部屋の時計。
×  ×  ×
  (過去)哲哉の職場。
五時を示す時計。
斎藤「ちょ、まだネームも切ってないって…
 …締切当日ですよ!?」
  焦る斎藤。
背を向けたまま作業する哲哉。
哲哉「心配すんな。絶対に仕上げる。編集が
作家を信じなくてどうすんだ」
×  ×  ×
斎藤、微笑んで、
斎藤「わかった。それじゃあ、春華ちゃん、夏姫ちゃん、秋葉ちゃん、礼司くん(順に見やって)。完成稿をお待ちしていますよ、四季巡先生」
春華「まっかせてください!」
  どんと胸を叩く春華。
秋葉「うるさい」
礼司「ハルねぇちょっと静かにして」
夏姫「(視線で不満を訴える)」
春華「みんなを代表して返事したのにぃ~」
斎藤「あはは……ありがとね春華ちゃん」
  斎藤の袖を引っ張る冬乃。
冬乃「斎藤、ご飯食べにいこ」
原稿の詰まった袋を抱える冬乃。
斎藤「いいよ。どこに行こうか」
冬乃「お話いっぱいできるとこがいい」
斎藤「了解です。四季先生」
冬乃「(不貞腐れた風に)冬乃って呼んでって言ってるのに」
×  ×  ×
  八時を差す時計。
シンクに浸かる洗われていない食器。
作業をする礼司・春華・夏姫・秋葉。(秋葉だけ入浴したためパジャマ姿)。
ホワイトを握り、頭をふらふらと前後に揺らす秋葉。はっとして作業に戻る。
礼司「(原稿に目を落としたまま)あとは俺
とハルねぇと夏姫でなんとかする。秋葉は部屋で休みな」
秋葉「(顔を上げて)まだまだ全然平気だし。子ども扱いしないで」
礼司「そうじゃない(ペンを置いて)。仕上げ作業でポカされたら一番迷惑なんだよ」
  ゴミ箱に捨てられたボツになった原稿。
  秋葉、ホワイトを強く握り、力を緩める。目を伏せて、
秋葉「ごめんなさい」
礼司「そもそも秋葉の役割はネームと下書きで終わってる。今日はハルねぇがいて人手も足りてるからさ」
秋葉「……うん」
  ペンを止め、顔をあげる礼司。
しょんぼりしている秋葉を見て微笑む。
礼司「秋葉が使えないって言ってるわけじゃないよ。健康第一だから、作業を諦めてほしいんだ」
  目を見開く秋葉。
作業する春華と夏姫の口が微かに緩む。
礼司「俺の一番は家族だ。家族を幸せにした
くてマンガを書いてるのに、マンガのために家族が不幸になったら本末転倒だ。だから寝てくれないかな」
秋葉「……でも」
  中途半端に作業された原稿。
夏姫が席を立ち、秋葉の隣で中腰に。
夏姫「(頷いて)うん、これなら大丈夫そう。あとはお姉ちゃんにまかせて」
  微笑む夏姫に、微笑を返す秋葉。
秋葉「じゃあ、お先に」
  リビングを退室する秋葉。
  背中を伸ばし、頬を叩く礼司。
礼司「っし、もうひと踏ん張り!」
廊下。
扉に背中を預ける秋葉。
秋葉「(照れくさそうに笑いながら)ありがと。お兄ちゃん」

〇コーヒー店
  ムーディな雰囲気。客はまばら。
  対面して打ち合わせする斎藤と冬乃。
斎藤「ここなんだけど……(スマホが震える)ごめん、ちょっと席外すね」
  冬乃から離れた場所でスマホを取り出す斎藤。
『編集長』と表示された画面。
斎藤「はい、もしもし」
五十嵐「あ、斎藤君、急で悪いんだけどさ、四季先生にセンターお願いできない?」
斎藤「は?(マジトーン)」
  原稿に赤ペンを走らせる冬乃。
五十嵐「『サマメモ』の江畑先生が今朝腰やっちゃったみたいでさ、で、センター頼めそうなのが四季先生しかいないわけ」
斎藤「(歯を噛み締めて)……わかりました」
五十嵐「ほんとうかいっ!?」
斎藤「今回だけですから。次からはもっと早く連絡してください(やや怒った風に)」
  返事を待たず通話を切断。
長い息をつき、天井を仰ぎ見る斎藤。
斎藤「ほんとうに哲哉さんを頼ることになりそうだな」

〇柘植家・リビング
  ぽちゃん、とシンクに落ちる蛇口の水滴。
礼司「冗談ですよね?」
斎藤「本当に申し訳ありません」
  深々と頭を下げる斎藤。
机の脇には仕上がった原稿がある。
礼司「もう十時ですよ?」
斎藤「(頭を下げたまま)無茶を言ってることは百も承知です。(顔を上げて)四季先生、センターカラーを描いていただけませんか」
  戸惑う礼司。
唇を噛む斎藤。
斎藤「四季先生がお断りするようなら、月哲哉先生にお願いするつもりでいます」
  はっとした顔をする礼司。
礼司「……やらせてください」
  『無刀のレイ』が表紙を飾るダダジンを見て、睨む。
礼司「あのクソ親父に恩を売るなんて死んでもごめんだ」
斎藤「……(小声で)ごめんね」
×  ×  ×
  作業に取りかかる礼司。睡魔が邪魔をしてうまくいかず、何度も何度も書き直す。
礼司「くそっ!」
  ゴミ箱に原稿を投げ捨てる。
斎藤「無理そうならお父さんに……」
礼司「アイツは父親なんかじゃない!」
  びくっとする斎藤。
礼司「アイツは俺たちを捨てたんだ!」
  遺影写真に写る母親。
礼司「母さんが亡くなって。ハルねぇも夏姫も秋葉もフユも。みんなみんな拠り所を失って困ってたのに。泣いてたのにっ」
  背中を向けて寝たふりをする夏姫。
礼司「あいつはマンガを選んだ。作業の邪魔でしかない俺たちを捨てて、ひとり離れて暮らすことを選んだっ」
廊下。
壁に背中を預け悲しげな顔をする春華(裸体にバスタオル一枚。髪は半乾き)。
礼司「マンガなんてどうだっていい。家族が天秤にかかったなら迷わず捨ててやる」
秋葉の部屋。
クッションを抱き締め、幸せそうな顔で眠っている。
礼司「俺はただ、あのクソ親父をこの家に連れ戻したいだけだ!」
冬乃の部屋。
電気を点けずキーボードを打っている。

〇哲哉の作業部屋
作業するアシスタントがたくさんいる。
哲哉「で、なんだって?」
五十嵐「引き受けてくれるみたいだよ」
哲哉「(顎に手をやりながら)へー」
  本棚に置かれたダダジン。表紙は『シキ恋』の新連載記念イラスト。
五十嵐「それにしても、あの月哲哉がほかの
作家を推薦するだなんて珍しいこともある
もんだねぇ」
哲哉「いいや、こいつは挑戦状だよ」
  作業台の端を見て、微笑む。
哲哉「これくらい乗り越えてくんねぇと、お前の夢は叶わないぜ」
  視線の先、家族の集合写真がある。

〇柘植家・リビング
  礼司と斎藤が相対したまま、沈黙が続く。
斎藤「でも、君ひとりじゃ……」
礼司「できます! やらせてください!」
  深々と頭を下げる礼司。悩む斎藤。
  扉が開く。バスタオル一枚姿の春華が堂々とした姿勢でいる。
春華「なんでお姉ちゃんを頼らないのさ」
礼司「ハルねぇ……」
  夏姫がむくりと身体を起こす。
夏姫「水臭いなぁ。私たちも四季巡なのに」
  瞬きする礼司。
ふっと微笑み、
礼司「ありがとうふたりとも。けど、夏姫がいれば充分かな」
春華「うわーん、戦力外通告されたぁ~」
泣き真似する春華。
涼しげな顔でイラストを仕上げていく礼司。正面で、夏姫が黙々と背景を描く。
斎藤(M)「(微笑んで)哲哉さんに頼る必要はなさそうかな」
冬乃「斎藤」
  びくっとする斎藤。いつの間にか冬乃が隣に迫っている。
冬乃「こっち」
先導されるまま廊下に。
対峙するなり冬乃が睨みつける。
冬乃「もうやめてって言った」
斎藤「……ごめん」
冬乃「気持ちはわかるけど。それがおにぃをやる気にさせる……」
礼司&春華&夏姫(オフ)「できた!」
  眉を下げる冬乃。
冬乃「いいな。楽しそうで」

〇(夜)柘植家・外
深々と礼司に頭を下げる斎藤。
斎藤「本当にありがとうございました」
礼司「いえ、困った時はお互い様ですから」
斎藤「(間を置いて)礼司君、ちょっといい?」
礼司「?(首を傾げる)」
  鞄から読者アンケートの集計票を取り出す斎藤。
斎藤「(手渡しながら)これ、先週の結果」
  唾を呑む礼司。深呼吸して目を通す。
  一位に『無刀のレイ』。
  四位に『シキ恋』。
  悔しそうに歯を噛み締める礼司。
斎藤「読者アンケートで俺を抜いたら、なん
でも言うことを聞いてやる」
  斎藤、苦笑しながら、
斎藤「哲哉さんも酷なことを言う。『無刀のレ
イ』が一位の座を奪われたことなんて、こ
れまでに一度もないっていうのに」
礼司「(黙って俯いている)」
斎藤「けど、君ならきっとできる」
  がばっと顔を上げる礼司。
斎藤、微笑んで、
斎藤「編集長がこれからの活躍に期待してる
って。僕も期待してる。(笑みを濃くして)
いっしょにがんばろう」
礼司「はいっ!」

〇斎藤の車内
  夜に染まる都会の街。
赤信号に引っかかる車。
斎藤「まったく、哲哉さんはいつもやり方が回りくどいんですよ」
×  ×  ×
哲哉「近い将来、アイツの……いや、俺のチビがマンガ界に革命をもたらす。だから斎藤、お前がアイツ……かアイツらかは知らねぇが支えてやってくれ。頼んだぞ」
×  ×  ×
斎藤「まかせてください」
信号が青になる。
斎藤「少しだけ父親代わりを務めますよ」
  アクセルを踏み込む。

〇中CM

〇(朝)柘植家・礼司の部屋
  マンガがびっしりの本棚。モノが散乱す
ることなく綺麗な部屋(春華が頻繁に掃除しているため)。
  目覚めるなり、真顔で瞬きする礼司。
不自然に膨らんだ布団。めくると冬乃が寝ている。
礼司「……(目を疑う)」
  目を覚ます冬乃。
視線が重なり、抱きついてくる。
礼司「なにしてんの?」
冬乃「ぎゅ~」
礼司「それはわかる」
冬乃「ぎゅ~~」
  ため息をつき、冬乃を抱えてベッドから
  出る礼司。背中に素早く移動する冬乃。
冬乃「約束覚えてる?」
礼司「ちゃんと覚えてるよ。美水(みず)中寄ったらすぐ帰る。今日はなにすんの?」
冬乃「みてー」
礼司「(苦笑しながら)決まってないのかよ」
  微笑んで抱きつく力を強める冬乃。

〇柘植家・リビング
  エプロンをつけた夏姫が弁当を用意し、秋葉はトーストをかじっている。
礼司「おはよう」
夏姫&秋葉「おはよう」
  礼司と冬乃を見ても驚いた反応をしないふたり。なかなか離れない冬乃を背中から剥がし、隣に座らせる礼司。
  オーブントースターの鳴る音。夏姫が礼司と冬乃の朝食(トースト・目玉焼き・ココア)を運んでくる。
礼司「いただきます。ほら、フユも」
冬乃「(言語化できない適当な合掌)」
秋葉、ココアをすすり冬乃に目を向け、
秋葉「冬ちゃん、今日はどうするの」
冬乃「いつもどーり」
秋葉「……そ」
  なにか言いたそうな秋葉。
不自然な沈黙。
礼司、夏姫を見て、
礼司「ハルねぇは?」
夏姫「だいぶ前に出たよ。今日は帰りが遅くなるって」
礼司「昨日のぶんの埋め合わせかなぁ。……というか夏姫は何時から起きてんの?」
夏姫「ん、四時だけど」
礼司「俺には理解できない世界だな」
  トーストを頬張り、ココアで流す礼司。
礼司「ごちそうさまでした」
秋葉「双子なのにどうしてこうもスペックが
違うんだろうね。内も外も」
  礼司、秋葉をジト目で見やり、
礼司「おい、今さらっとディスったな?」
冬乃「(目玉焼きをフォークで刺して)アキはおにぃが上とも下とも言ってない」
礼司「あ……(やらかした表情)」
  にやりと笑う秋葉。
秋葉「だっさ。妹に負けてやんの」
  こめかみをぴくつかせる礼司。
礼司「夏姫、この生意気な反抗期妹にどんな処罰を与えるか考えようぜ」
夏姫「(苦笑しながら)処罰って。はーちゃんは礼司のことが……」
  秋葉の無言の圧に気づき、黙る夏姫。
夏姫、ぎこちなく目を逸らし、
夏姫「それはともかく。夏も本番だね!」
礼司「まだ四月下旬なんだけど?」
  窓の外で桜の花びらが落ちる。
冬乃「ごちそーさまでした」
自分の皿と礼司の皿をシンクに運んでいく冬乃。その姿を見て、微笑む礼司。
礼司「俺の妹その三は優秀だなぁ」
  秋葉、礼司をジト目で見やり、
秋葉「ねぇ、今さらっとディスった?」
礼司「え、誰も秋葉が上とも下とも言ってないけど?」
秋葉「あ……(やらかした表情)」
  にやりと笑う礼司。
ぐぬぬと歯ぎしりする秋葉。
秋葉「うっざ」
礼司「小学生の頃は『お兄ちゃん♪』って呼んでくれて天使みたいに可愛かったのに、中学生になった途端にこれだもんなぁ」
秋葉「(顔を赤くして)そ、そんな二次元妹みたいな呼び方してないし! ……(ちらちら顔色を窺いながら)今のあたしは可愛くないって言ってるわけ?」
礼司「んなこと言ってないって」
  ココアをすすり、優しい顔をする礼司。
礼司「あの頃の秋葉も今の秋葉も、俺は変わらず好きだよ」
秋葉「っ~!(顔を真っ赤にする)」
冬乃「ネタゲット」
夏姫「ふたりは仲良しだなぁ」
  のほほんとする夏姫を睨みつける秋葉。
  夏姫、逃げるように食器を洗う。

〇通学路
  大勢の人が行き交う河川敷。
  『シキ恋』のスレ画面。
  スマホをいじりながら歩く夏姫と気だるげに歩く礼司。礼司の肩には鞄がふたつ掛かっている。
礼司「何見てんの?」
夏姫「ネット(画面を見たまま)」
礼司「どんな?」
夏姫「うん(画面を見たまま)」
礼司「……えっちなの?」
夏姫「うん(画面を見たまま)」
礼司(M)「こいつ話聞いてねぇ」
  進行方向が不安定な夏姫。
子連れの女性にぶつかる寸前で礼司に引っ張られる。
女性「危ないじゃないの!」
礼司「すいませんでした」
  頭を下げる礼司。硬直する夏姫に目を配ると、礼司に倣って頭を下げる。
  礼司が頭を上げると、夏姫が縮こまっている。礼司、ぽんぽん頭を撫でて、
礼司「ほら、いくぞ」
  少し遅れて隣に並ぶ夏姫。
会話がないまましばらく歩く。
夏姫「ねぇ」
礼司「ん」
夏姫「怒らないの?」
礼司「悪いと自覚してるヤツに怒ったってしょうがないだろ。それは八つ当たりだ」
  目を見開いて、くすくす笑う夏姫。
礼司「なにかおかしなこと言ったか」
夏姫「ううん、な~んも」
  礼司に手を伸ばす夏姫。
夏姫「荷物、自分で持つよ」
礼司「いいよ。夏姫には昨日苦労をかけたし、
 俺がお兄ちゃんだし、早起きして弁当作っ
てもらってるし、俺がお兄ちゃんだし」
夏姫「(苦笑しながら)お兄ちゃん強調しすぎ。……じゃあ、お願いしちゃおうかな」
礼司「あぁ。まかせてくれ」
  少し走り、後ろ手に振り返り満面の笑みを浮かべる夏姫。
夏姫「いこっ、お兄ちゃん!」
  瞬きし、肩を竦める礼司。
礼司「昨日書いたな、そんなシーン」
夏姫「あそこのシキちゃんかわいいよねっ。ネットでも評判よかったよ」
礼司「マジで? よっしゃ! 下書きの時点で手応えあったもんなぁ」
  上機嫌な礼司を笑顔で見つめる夏姫。
視線を外して小声で、
夏姫「相変わらず背景作画はいまいちみたいだけどね」
礼司「なんか言った?」
夏姫「ううん、なんも」

〇高校・礼司の教室
  二年B組のプレート。
昼休憩。ダダジンを読んでいる礼司。向かいにはやきそばパンをかじりながらスマホをいじる一将がいる。
  『無刀のレイ』の最後のページ。
ダダジンを畳み、ため息をつく礼司。
礼司「なんでこんな面白いんだよ」
一将、スマホから顔を上げて、
一将「終わった? じゃ見せて」
  笑顔で手を伸ばす一将。
礼司、無言でダダジンを渡す。
一将「今週のグラビアは誰かな~」
礼司「表紙で割れてるだろ」
  椅子をカタカタしながら、ヨーグリーナを咥えて窓の外を眺める礼司。
一将「はい」
  と、ダダジンを返してくる一将。
礼司「お前、グラビアしか見てないだろ」
一将「そんなことないって。今週もちゃんと『無刀のレイ』と『シキ恋』は見てる」
  頬をやわらげる礼司。
礼司「今週はどうだった?」
一将「(腕を組んで唸り)……『シキ恋』かな。『無刀のレイ』派の礼司には悪いけど」
礼司「別に悪かねぇよ。好き嫌いは自分で決めるもんだ」
一将「おっ、すごい偶然。今とまったく同じセリフが今週の『シキ恋』にあったよ」
視線を外す礼司。
礼司「そりゃまたすごい偶然で」
一将「礼司も変な見栄は捨てて、『シキ恋』読みなよ」
  スマホをいじり、画面を見せる一将。
  画面には『シキ恋』の公式ページ。
一将「大枠はラブコメディだけど、その中身は孤児の主人公が四人の姉妹と疑似家族を形成するっていうホームドラマでさ」
  以降、『シキ恋』のコマの抜粋。
一将「最初は捻くれた主人公がヒロインたち
との交流を通して少しずつ家族であること
を受け入れていくんだけど、ヒロインたちは密かに恋心を育んでてね。卓越した画力はもちろん、四季巡のなにより特出した点は精緻な心理描写を巧みに描いたシナリオだ。顔も年齢も不詳ってところも、魅力に拍車をかけてるよね。ちなみに……」
礼司「OK、お前の熱意はよ~くわかった。来週からしっかり読むよ」
  ゼロ距離に接近した顔を離す一将。
一将「言質取ったからね。最新話から読むんじゃなくて、最新話までダダポケで読んでから最新話を読むんだよ。あ、ちなみに一巻の発売日は来月の十六日だから忘れずに買うように」
礼司「お前、さては講來社の回し者だったりする?」
一将「まさか。ただの熱烈なファンだよ」
  席を立つ礼司。
ヨーグリーナを持って、
礼司「ゴミ捨ててくる。そいつ(ビニール袋を指差して)も捨ててこようか」
一将「おっ、気が利く~」
  ゴミを持って廊下を歩く礼司。
礼司「よくわかってるじゃないか」
  女子生徒が隣を横切る。
女子1「えっ、それでどうだったの?」
女子2「(ため息交じりに)撃沈。なんでも伊藤先輩、B組の例の子が好きみたいで……」
女子1「またそのパターンか~」

〇(夕方)中学校・校門
  美水中学校と書かれた石碑。グラウンドでは運動部が活動している。
  夕陽の差し込む廊下を歩く礼司。とある教室の前で足を止める。
二年二組のプレート。ノックする。
河嶋(オフ)「どうぞ」
礼司「失礼します」
  四つくっついた机。端に数枚のプリントが置かれている。
奥の席に座る河嶋。
微笑んで、
河嶋「忙しいところごめんね」
礼司「こちらこそ、うちの妹が手間をかけてしまい申し訳ありません」
  礼司に座るよう視線で促す河嶋。会釈し、向かいに座る礼司。
河嶋「最近はどう?」
礼司「元気ですよ。健康面での問題はありません。朝もしっかり起きていますし」
河嶋「それが聞けて安心したわ。学校に行こうとする素振りは見せてる?」
礼司「(かぶりを振る)今朝も秋葉が誘ってましたけど駄目でした」
河嶋「そう。(俯いて)……いじめ、なのかな」
礼司「ただの気まぐれですよ」
  顔を上げる河嶋。
礼司「フユになにかあれば秋葉が気づくはず
です。秋葉が気づいていないのなら、フユは先生の想像するようなことには巻き込まれていませんよ」
  河嶋、肩の力を抜いて、
河嶋「ほんと、出来すぎたお兄ちゃんだこと」
  端に置かれたプリントを礼司に渡す。
河嶋「じゃあ、今週配った配布物を軽く説明していくわね」
  冬乃の部屋。ヘッドフォンをつけて、パソコンと対峙。手元が忙しく動いている(タイピングではなく絵の練習)。
礼司(M)「去年の秋頃から、冬乃は不登校になった」
  河嶋とやり取りする礼司。
礼司(M)「原因はわからない。でも、このままではいけないことはわかっている」
  白紙の進路希望調査票。
河嶋「書くのが無理そうなら口頭でも構わないわ。(眉根を寄せて)ごめんね、まかせちゃって」
礼司「英断だと思いますよ。河嶋先生よりも僕のほうがその役に適していますから」
  プリントを鞄にしまい席を立つ礼司。
礼司「では、来週もよろしくお願いします」
  深々と頭を下げて、教室を後にする。
  廊下を歩く礼司。家庭科室の前で足を止める。黙々と作業する家庭部。
礼司「娘が大変なときに、なにやってんだよ
あのクソ親父」
  グッと拳を握り、足を進める礼司。

〇講來社・オフィス
  電話をしている斎藤。受話器を置いて、息をつく。
五十嵐「斎藤くん」
  びくっとする斎藤。振り返る。
五十嵐「少し時間もらえるかい?」
  真剣な顔をする五十嵐。

〇商店街
  ケーキ屋から出てくる礼司。ケーキの箱を持っている。
店員(オフ)「ありがとうございました」
礼司「昨日は無理させちゃったもんな」
  帰路をたどっていると、スマホが鳴る。
  『斎藤さん』と表示された画面。
礼司「はい、もしもし」
斎藤(オフ)「礼司くん、来週もセンターカラーだって!」
  足を止める礼司。
斎藤(オフ)「アンケートの初動が三話以来の二位みたいでね。編集長がこの流れにさらに勢いをつけたいみたいなんだ」
  立ち止まる礼司の隣を子どもが元気よく駆け抜ける。
斎藤「急で悪いんだけど、今から打ち合わせってできる?」
礼司「はい、もちろんです!」
  威勢のいい返事をする礼司。
斎藤(オフ)「今から礼司君の家に向かって問題ないかな」
礼司「ダッシュで帰ります!」
斎藤(オフ)「はは、ゆっくりでいいよ。事
故にだけは気をつけてね。じゃまた後で」
  通話が切れるなり、ガッツポーズして飛び上がる礼司。駆け出す。
礼司(M)「待ってろクソ親父。すぐに追い越してやる」
  再び音を立てるスマホ。
  『ハルねぇ』と表示された画面。
礼司「もしもしハルねぇ? 今斎藤さんから
電話がかかってきたんだけど……」
春華(オフ)「(すすり泣く声)」
礼司「…ハルねぇ?」
春華(オフ)「(たっぷり間を置いて)助けてれーくん」
  険しい顔になる礼司。
礼司「今どこ?」
春華(オフ)「……大学の最寄り駅」
礼司「わかった。すぐ行くから待ってて」
  通話を切り、斎藤に電話する礼司。
斎藤(オフ)「どうしたの?」
礼司「すいません。急用が入ってしまったの
 で、僕なしで打ち合わせして頂けますか」
斎藤(オフ)「なにかあったの(固い声)」
礼司「どうしてそうなったのかはさっぱりで
 すが、ハルねぇが泣きながら助けを求めて
 きました。ですのでそちらを優先します」
斎藤(オフ)「僕も行こうか?」
礼司「いえ、斎藤さんは打ち合わせに集中し
てください。万一のときは迷わずに頼らせ
て頂きますので」
斎藤(オフ)「わかった。無茶だけはしないよ
うに」
礼司「ありがとうございます。失礼します」
  通話を切り、駅に駆け出す礼司。
不審な目を気にせず全力で走る。
礼司(M)「俺は親父とは違う」
  駅前のベンチで身を縮こまらせる春華(財布を家に忘れ、空腹で苦しんでいる)。
礼司(M)「マンガか家族か。どっちが大切かなんて悩む間でもない」

〇駅
  スマホで路線を確認する礼司。
礼司「これが一番早いか」
  ICカードを切ってホームへ。足先をトントンしていると、スマホが震える。
  冬乃から「まだ?」とLIME(LINEをイメージして頂ければと思います)。
  「ごめん、遅れる」と返信する礼司。既
読がつくもメッセージは届かない。
礼司「こりゃ拗ねちゃったかな」
  苦笑すると同時に、電車がやってくる。
電車に乗り、お年寄りに席を譲って自分は立ち乗車する礼司。
夕焼け色の空を見ながら、
礼司(M)「待っててハルねぇ」
  礼司からそれほど離れていない席。
『シキ恋』のセンターカラーを見て、ふっと息を漏らすフードをかぶった男。
頬を緩めて、
哲哉「やるじゃねぇか」
  『シキ恋』本編を読みはじめる哲哉。
  窓の外を見つめたままの礼司。
  すぐ近くにいるのに、気づかない親子。
  夕空の下、電車が走る。

〇エンディング

〇冬乃の部屋
  礼司とのLIME画面。
  布団に寝転がる冬乃。
冬乃「おにぃの嘘つき」
  パソコンの画面に、マンガ原稿が映っている(哲哉が手直ししたもの)。
  寝返りを打ち、身体を丸めて、
冬乃「お相子だもん」
本棚に置かれたイラスト上達本。

(つづく)

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