幸福な記憶

実の母の記憶は薄い。あの頃はまだ幼かったし、彼女を母として意識して見ていなかったから。だから仕方がない。

しかし、微かに記憶に残る温かさだけは消えない。




「……凄いね、獄寺君」

「さすが十代目!デカくて旨そうな桃が手に入ったんですよ‼️」

「いや、桃じゃなくてね?」

「はい?」

「獄寺君のこと」


全身びしょ濡れじゃない。


十代目はそう苦笑いすると、タオルで俺の頭をごしごし拭きだしたから慌てた。


「す、すいません!来る途中急に降ってきやがって…」

「うん。獄寺君らしいね」

「……はあ」

「桃、ありがとう。上がって」


にこりと微笑む十代目に思わずつられそうになるが、床を濡らす訳にはいかない。しかし、十代目は「床は濡れたら拭けばいいよ」と何とも男らしい台詞。


「丁度お風呂も沸いたんだ。入ってきて」

「そんな…、俺なんかが一番風呂なんて」

「俺は気にしないよ?」

「汚れちまいますよ」

「汚れを落とすのがお風呂でしょう?」

「……でも」

「あのね、獄寺君」

「はい」

「ここは素直に甘えなよ」


十代目には珍しく、少し乱暴な言葉で驚いた。だって目の前のその人は、いつも通り。優しく困ったように笑っているから。


「……っ、うぅ」

「あーあ。こんなに冷やして」


そっと手に触れてきた十代目の掌は、何故か泣きたくなるほど温かい。困ったなぁと笑う眼差しは、幼いあの頃の誰かを思い出す。


「行こう?」

「……はい」

「風邪引いちゃうよ」

「……すいません」


獄寺君が学校休んだら、つまんないじゃんか。


俺の手を引くこの人が、そんな事をポツリと呟くもんだから。どうしたもんだろう。どうしようもなく俺は幸福で仕方ない。気づかれないように、少しだけ手に力を込めた。



幼いあの頃の誰かを


彼女を


母に


何故か無性に会いたくなった。


※家庭教師ヒットマンREBORN二次創作
獄寺と綱吉。


綱吉の包み込む優しさに、獄寺は救われていたらいいなって話。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?