嫌いな顔

「おかえり」


霧に身を包み、いきなり現れても彼は驚いたりしなくなった。相変わらず小柄で華奢な癖に、いつのまにやら立派な青年に。あの頃の臆病な子供は、もういない。


「普通にドアを使えばいいのに」

「………」


穏やかな物腰が何となく腹ただしい。無言で書類を執務机に放ってやる。投げつけたりはしない。僕ももう子供ではないのだから。

アンティークの滑らかな木目に、ゆらっと落ちた紙の束。彼は特に気にする訳でもなく、どこまでも落ち着いて静かだった。僕が書いた書類の文字を、上から下まで丁寧に読み上げるから嫌いだ。


「うん、ありがとう」

「礼を言われるいわれは、ありませんよ」

「でも助かったよ」


ありがとう、と彼は繰り返す。へらりと眉尻を垂らすそれは昔の彼の顔で、少し安心する。何故かは分からない。だが、彼の中に変わらない部分を見つけるのは気分が良かった。


「いつもの所に振り込んでおくから」


判を押してサインを書き込む。似合わない高級な万年筆がさらさら動く。


「少し色を付けとくね」

「何故?」

「もうすぐ誕生日じゃん」

「誰の?」

「お前の」


そういえばもう6月だった。彼は少し呆れたように唇を尖らせる。不細工。あざとい。幼い顔が余計に幼く見えて滑稽。何なんだいったい。


「そういう所は無頓着だよね、ナルシストな癖に」

「煩いですよ短足マフィアが」

「俺は典型的な日本人なんですぅ」

「……」


確か彼にはイタリアの血が入っているはずだが。口に出すとこれまた色々煩いだろうから黙っておく。


「俺がプレゼント贈っても、お前受け取らないじゃん」

「は。だから金で解決と?」

「刺のある言い方だなぁ。それで皆で美味しいものでも食べてって事だよ」

「…まあ、頂いておきますよ」

「お、素直」

「家にはお腹を空かせた子供が三人もいますので」

「お母さんかお前は」



ドアをノックする音で会話は終わる。入って来たのは彼の部下らしき男だった。


「失礼します、ボス。ご報告したい事が……、」


男が僕を見て固まると同時に、警戒の色を目に宿す。当たり前の反応だが、やれやれ。そんなに分かりやすくてマフィアなんぞ出来るのだろうか。そんな事で、彼を守れるのだろうか。……くだらない。


「では僕はこれで」


再び霧に身を委ねる。やることは終わった、此処にいる理由は僕にはない。「悪いな、骸」と、すまなさそうに謝られても困る話だ。


霧が完全に僕を覆う最後に見た彼の顔は、ボンゴレを背負う一人の男の顔だった。『ボス』の皮を張りつけ、部下の男に向き合う。



それは僕の一番嫌いな顔だった。



※家庭教師ヒットマンREBORN二次創作
十年後、骸と綱吉。


綱吉が軽口を叩ける唯一が、骸だったらいいなという話。ボンゴレは嫌いだけど、綱吉はそこそこ気に入ってる骸だったらいいなという話。

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