笑う案山子
※死ネタを含みます。
読み手を選ぶ内容だと思われますので、苦手な方はご注意下さい。
風がひとつ吹きました。
強くもなく弱くもない……、優しく頬を撫でるような風です。
今日は不思議な日差しです。
暑くはないけどそれなりに暖かく、寒くはないけどそこそこ涼しげな。
私は、お婆ちゃんです。
今年の誕生日で89才になる、れっきとしたお婆ちゃんです。
そんなお婆ちゃんの私にとって、この不思議と心地好い空気は、ある意味とても危険なものなのかもしれません。
どう危険なのか?
だって、怖いでしょう?
この穏やか過ぎる空気の中、私は思わず目を閉じてしまいたくなるの。
まるでこのまま一生、永遠に眠ってしまいたくなるくらいの眠気。
まるで本当に、永遠に目を覚ませないような。
もう二度と起き上がれないような、そんな睡魔。
「私ね、今とてつもなく気持ちがいいの。だからとても怖いのよ。だって私、もしかしたらこのまま死んでしまうかも知れないでしょう?」
「大袈裟ですねぇ、三浦さんは」
と言う事を話したら、六道さんは藍色の髪を揺らしながら「くふふ」と笑った。
いつからか六道さんは妙なお面で顔を隠すようになって、だから私は彼の素顔を、もう幾年と目にしていない。
六道さんのお面は案山子をモチーフにした、酷く不細工な形をしている。
不細工でちょっとだけ不気味。
だけど私は、確かにちょっと不気味だけれども。よく見ればちゃんと愛嬌のあるそのお面を、決して嫌いではなかった。
どこかふざけていて飄々としたそのお面は、掴み所がなくて反抗期の子供みたいにひねくれている六道さんに、とてもとても似合っていると思うから。
六道さんもそれをよく解っているらしく
「これを着けていると普段の自分から、少しだけ遠ざかれるような気がするんです。いつもの僕は全く面白味の無いつまらない奴でね。
まあ、そんな僕は僕ですから。別にどうとも思わないんですけれどね。
……でも、例え一時であっても。自分じゃない……いや、普段の自分から少し遠くにあるような感覚を味合うというのはね、悪い気分じゃないんです。
とても、愉快だ」
お面を着けると、彼はよく笑った。
素顔の彼は常に仏頂面で、笑顔なんて人に見せやしない。
昔、並盛のお祭りでツナさんがお土産で買ってきた、とても不細工なお面。
六道さんはそのお面を「流石マフィア。センスが糞ですね」と罵りながら、今だに大事にしている。
素直に笑えない彼は、ツナさんのお面を被った時だけは不思議なほどお喋りで。本当によく笑うのだ。
実を言うと私は、彼の笑った素顔をまだ一度も見たことが無い。
六道さんの素顔は、とても美しい。
誰がなんと言おうとも、それは事実で。女の私が思わず嫉妬してしまうくらいに、彼はいつまで経っても若々しい。身体を捨てた六道さんは、何故かいつも十代前半の男の子の姿をしていて。丁度彼がツナさんと出会った頃のまま、彼は時間を止めてしまっている。
雪のように白い肌と、すぅっと切れ長なオッドアイの瞳。細身でありながら、均等のとれた体躯。
「三浦さんは、大袈裟なんですよ。そんなに簡単に人間は死んだりしないんですから」
そう小首を傾げる六道さんに、私は悲しくて。悲しくて。
泣き出したくなるのを歯で食い縛り、少しでも彼が安心出来るように、頑張って笑顔を貼り付ける。
ツナさんが死んでからの彼は、壊れてしまった。
現実から目を反らし、「あの頃」に必死でしがみつくように。中学生の姿のまま、唯一生き残っている私にすがるかのように。
こうして側にいてくれる。
私も彼も、寂しくて。
寂しくて。
会いたくて。
逢いたくて。
だけど人は、そんなに簡単には死ねないのだ。
私も彼も、みんなに。
ツナさんに、なかなか会いにいけず。
気づいたらこんなお婆ちゃんになっていた。
「どうして、僕は死ねないんでしょう」
私が死んだら、この人は。
独りぼっちじゃないか。
もう、本当に。
只の独りになってしまうのだ。
※家庭教師ヒットマンREBORN二次創作
骸とハル。
最期まで生き残ってしまった二人が、微妙にお互いに依存してる話。
死ネタです。
そしてとても暗い話。
置いていかれて初めて、もっと綱吉に笑っておけばと後悔する骸。
ハルはとても強い女の子で、優しいから。
誰かの精神的柱に、なったりしてくれるんじゃないかなって。
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