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驚天動地の「虚淵玄と共に観る応援上映」~塚口サンサン劇場「Thunderbolt Fantasy西幽玹歌・応援上映」イベントレポ~ 前段編


 2020年2月22日、世間では猫の日と言われるこの日、兵庫県尼崎市のとある映画館に、多くの人が集っていた。もちろん映画館なのだから映画をある映画を見るためだ。
 映画の名は「Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌」。映画館は、関西イベント上映の雄、塚口サンサン劇場
 これはこの場に集ったファンの一人こと寺西操の視点から語る、夢とか愛とか奇跡とか、そういうものに等しいひとときの記録である。

 今回は「前段」として、なぜ「西幽玹歌」がタイトルのような形で上映される事になったのか、その時間が生まれるまでに、それぞれがどんな歴史を辿ったのかを、簡潔ではあるが前段として語っていく。

Thunderbolt Fantasyとは

 「Thunderbolt Fantasy」通称「サンファン」は、木と布で出来た人形を操るテレビ人形劇だ。中国で「布袋劇」と呼ばれるそれは台湾で独自の進化を遂げ、美しく作られた人形たちは雨に濡れ炎の中を行き交い、剣戟やワイヤーアクションもこなして血糊を浴びたり破壊されるし、火薬を使うこともあればCG効果をバリバリ入れる。そして何より、顔は瞼と口元が僅かに開くだけなのに、とても表情豊かに笑い、怒り、嘆くのだ。

 そんな布袋劇は台湾でこそ、日本で言うところのドラえもんやサザエさんレベルで有名(何せケーブルテレビに専門チャンネルがある)ではあるが、日本での知名度はほとんどゼロであった。それを日本のTV地上波に持ち込んだのが、アダルトゲーム「Phantom」「沙耶の歌」、アニメ「ブラスレイター」「魔法少女まどか☆マギカ」特撮では「仮面ライダー鎧武」脚本で知られる作家・虚淵玄さんである。ファンには有名な話だが、「Fate/Zero」関連で虚淵さんが台湾のイベントを訪れた際に、台湾の「霹靂(へきれき/ピリ)國際多媒體股份有限公司」社が展開する布袋劇シリーズの展示に衝撃を受け、そして霹靂社も同時に虚淵さんが自社の展示ブースを訪れた事を知り、お互いほぼ同時に「一緒に仕事がしたい」と持ちかけた結果、虚淵さんが所属するニトロプラス、霹靂社、造形アドバイザーとしてグッドスマイルカンパニーを含めた3社合同企画「Thunderbolt Fantasy」が始まる事になる。

 2016年7月にTVシリーズ第1期が放映され1期の最終回に2期の制作発表が行われた。2期との間を繋ぐように外伝小説の殺無生編、虚淵さん描き下ろしの殤不患編がセットになった「生死一劍」が劇場作品として制作・上映され、これも好評。2018年8月には「異次元武侠ミュージカル」として第1期の内容が宝塚歌劇団により舞台化され、2018年10月からTVシリーズ2期が放映開始。最終回に3期の制作発表となった。そうして、「生死一劍」のラスト、およびTVシリーズ2期にて登場した浪巫謠というキャラクターの生い立ちと過去を描く劇場作品「西幽玹歌」の制作発表も行われ、2019年10月25日に公開となったわけである。

 さてこの「浪巫謠」というキャラクターだが、実は人形自体は2016年時点から存在していた。1期のOP曲がT.M.Revolutionこと西川貴教さんの歌唱だと知った霹靂社が「西川さんへのサプライズで、彼をイメージした人形を作りたい」とニトロプラスに持ちかけ、ニトロプラスのデザインを元に制作されたのである。1期と2期を繋ぐ「生死一劍」殤不患編のラストに登場するにあたり、「浪巫謠」という名を与えられることになるが、担当声優は当然のように西川貴教さんであった。そんな「浪巫謠の過去を描く」という「西幽玹歌」は、「西川貴教の声優初主演作品」となる。

 2016年の企画開始から虚淵さんファン、布袋劇ファン、西川さんファン、宝塚版から入ったファン、劇伴の澤野弘之さんファンなど様々な入り口からのファン層を増やしながら公開された「西幽玹歌」であるが、上映開始されてしばらくの後、Twitterにはこんな声が散見され始めた。

「西幽玹歌、塚口サンサン劇場で上映して欲しいな」


塚口サンサン劇場の話をしよう

 塚口サンサン劇場は兵庫県尼崎市、阪急塚口駅南口から徒歩1分でたどり着ける映画館だ。「劇場」と名前が付いているのは、1953年に「塚口劇場」として開館した名残である。設立当時から1ミリも動かないまま今年で67年目になる、歴史ある映画館だ。
 シアター数は4、一番大きいシアターで165席。昨今のシネコンとは比べるべくもない、小さな映画館である。ロードショー作品もあるが、半分は「ロードショー館が上映終了した後に上映する」という「二番館」のスタイルを取っている。これがどういう事かと言うと、「あの映画、見逃しちゃったけど塚口で上映してる!」という、見逃した人の需要に対応できるのだ。 他にもミニシアター系、過去映画のリバイバル上映、古い劇場がゆえに残っているフィルム映写機を使った35mmフィルム上映など、大手シネコンでは「大きさ」ゆえに難しい柔軟な企画力を発揮し、2020年現在では地元の尼崎の人々のみならず、「観たい映画を観るために」全国から人々が集う映画館となった。
 このあたりの流れは、「キネプレ」の森田編集長が書いたルポに詳しいのでそこに譲りたい。

 長年塚口サンサン劇場を見てきた森田さんだからこその、愛ある言葉でこれまでの歴史が綴られている。 

 さて、塚口が二番館として「見逃し需要」に対応していることからも、「「西幽玹歌」を塚口で拾って欲しい」と言う声は自然ではある。着実にファンを増やしている作品ではあるが、まだまだ認知は低く、関西でも封切り時点の上映館は3~4館、上映期間も、3~4週間といった所だったと記憶している。見に行くつもりで気が付いたら終わっていた、というケースもあっただろう。
 しかし、「西幽玹歌」が塚口サンサン劇場での上映を望まれる理由はそればかりではない。
 「特別音響上映」並びに、「西幽玹歌」の音響監督を務めた岩浪美和さんの存在があったのだ。

塚口、音響に力入れてるってよ

 塚口サンサン劇場が「音」に力を入れるようになった契機は2015年、「マッドマックス 怒りのデスロード」だ。シネマシティ立川での「極上爆音上映」をきっかけに、その後塚口でも同作品を「Screaming MAD 上映」とタイトルを付けた発声可能上映(コスプレやクラッカー、紙吹雪となんでもアリだったので実質マサラ上映)を行う事が決定するのだが、「怒りのデスロード」のファンから大音量上映を求める声を受けた塚口は、この時ライブハウス用の大型サブウーファースピーカーをレンタル。重低音を強調した音響設定で血気盛んなウォーボーイズたちを迎えたのだった。

 この上映スタイルに手応えを感じた塚口は、2016年1階のシアター4に大型スピーカーを常設。その後シアター2にもスピーカーを追加して、ミュージカル、アニメ、ヒューマンドラマなど、映画ひとつひとつの表情に合わせて音響を調整した「特別音響上映」、アクション映画によく見られる「重い音」を強調する「重低音ウーハー上映」など「音の良さ」をも武器にして、少しずつしかし着実に「塚口サンサン劇場の音で観たい」というファンを増やしていた。
 その流れに2016年の「ガールズ&パンツァー 劇場版」で大きく貢献したのが、「音響監督」岩浪美和さんなのだ。

本人にファンが生まれる音響監督

 全ての映像作品に言える事だが、アニメにおいても「制作上の役割・役職」というのは、さながら京の職人のようにかなり細かく分かれている。監督・構成・脚本・キャラクターデザイン、絵コンテ、総作画監督、背景美術、プロップデザイン、撮影、劇伴……上げればキリがない。
 そういったアニメ制作の現場において、声優の演技指導から劇伴の選定、効果音のつけ方、音圧などを監督と連携しながら「音」を監督するのが音響監督という役職であり、岩浪さんはキャリア30年越えのベテランである。

 音響監督という仕事は、役職としてはかなり重要なポストであるが、基本は裏方仕事である。仕事は耳にしたことがあっても、それ以外は意識しないというファンがほとんどだったのだが、2016年、「ガールズ&パンツァー 劇場版」(以下ガルパン)を見に映画館に通いつめるファンたちの間で、「岩浪美和」の名はきっちり意識に刻み込まれる事となった。

 ガルパンは元々「女子高生たちが戦車を操縦する」という作品であるため、戦車の重いキャタピラ音や内部での駆動音、砲撃音など、映画館の音響施設と相性のよい音が多かったというのもある。だが一番は、岩浪さん自らが各地の映画館に足を運び、シアターの設備に合わせて音響の調整を行った、という点だ。
 各家庭のTVではとても再現できない、「映画館の構造・設備だから出せる音」。これに音響監督手ずからの調整とくれば、ファンが魅了されないわけはなかった。シネマシティ立川をきっかけに、各地の映画館に呼ばれたり、岩浪さん自身が立候補して音響調整を行えば、「ウチの地元でもやってくれるのか」と喜ぶファンのみならず、「塚口ガルパンの砲撃音、椅子がビリッビリに揺れた……こっちの映画館はどんな音になるんだろう」と映画館ごとの「音の違い」を確かめに行脚するファンも生まれていった。
 岩浪さんが塚口サンサン劇場を訪れてから4年。来訪は8回以上を数え、イベント登壇で音響についてのトークを何度も行い、「ニンジャバットマン」マサラ上映では上映中にリアルタイムで音響調整を行い、舞台上では岩浪さん専用DJブースが設置されるという「これ本当に映画館の話してる?」と疑いたくなるような方法で上映を盛り上げた。(ちなみに塚口イベント上映の歴史でも初だったとか)そうして岩浪さんが劇場と二人三脚で「映画館で聴く音」の大切さ、楽しさを伝えていく中、音響監督を務めた作品のみならず、「岩浪美和本人のファン」が続出する事態となり現在に至る。

 そんな岩浪さんが「世界一好きな映画館」と言いきる塚口サンサン劇場は2019年、「IWANAMI SOUND EXPO」と題したイベントを開催。
  岩浪さんが音響に携わった作品を、岩浪さんが監修した音響で約1ヶ月にわたり連続でリレー上映するという企画で、基本的に1本の上映期間は1週間と短いながらも各作品、岩浪さん、塚口のファンが集い好評を博したのだった。

そして2020年

 2020年、年明け頃に塚口サンサン劇場は公式Twitterにて「IWANAMI SOUND EXPO 2020」の開催を告知。ラインナップの中に「西幽玹歌」も無事含まれ、さらに応援上映も決定。この前に台湾でファン主導の応援上映があった事を知り、それに乗っかる形で決まったとの事だが、結果的に日本初の「西幽玹歌」応援上映になるあたりがなんとも塚口らしい。
 応援上映の日は2020年2月22日。奇しくも浪巫謠の誕生日である。同日には「映画 この素晴らしい世界に祝福を!紅伝説」のマサラ上映、そして岩浪さん×戸村文彦館長のトークショーが開催と、実に盛りだくさんである。ちなみにこのトークショー、映画上映の前段としてではなくマジで1時間喋るだけなので本当に映画館なのかここはと言いたくなるが映画館である。
 これらの発表を受けたファンたちが、様々な方法で上映やイベントを楽しもうとあれやこれやをSNSで語る中、2020年2月12日、塚口サンサン劇場公式Twitter、アプリから届いたのはこんな告知だった。


 あまりにも現実感がない。晴天の霹靂も良いところである。
 考えて見て欲しい、とうに封切りも終わり、公開から4ヶ月が経とうとしている作品である。日本で最初かつ唯一の応援上映とは言え、めちゃくちゃ仕事を抱えて日々多忙な虚淵玄さんが兵庫県のすみっこ、尼崎市の特急列車(JRで言うところの新快速)が止まらない阪急塚口駅が最寄りの????塚口サンサン劇場に????そんでもって岩浪さんと音響トークを????夢……夢とかじゃあないんですか????


 塚口くんはさ……もっとさ……オンラインチケットサーバーへの負荷とかをお考えになったほうがよろしくてよ!?!?!?
 (夢ではないと思い知ってさまざまな感情がグッチャグチャになったオタクの感想)

~次回:トークショー&応援上映編へつづく~

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