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2024年6月1日|本が出た夜に

ものづくりには時間がかかる。何度も恩師に言われ続けた言葉だが、いまだに直前まで動き続ける癖が抜けない。余裕を持って、準備万端に。そんな晴れやかな心持ちで何かを迎えられたことは、一体いつ以来だろう。

2024年6月1日土曜日、僕が書いた自主制作本「京島の十月」の出版記念イベントを行う日だ。日時と場所は半月前くらいに決めていたものの、何せ肝心の本自体が完成しきっていない。いや、正確には印刷は終わっているのだが、表紙と裏表紙、そして束ねるためのパーツが製作中なのだ。自分の工房があるからと、レーザーカッターや3Dプリンターで自作します!と息巻いた結果、やっぱり最後の組み立ては難しいし時間がかかるしで、Facebookに立てたイベントページの参加者数と睨めっこしながら、工房の機材をフル回転していた。

「墨田区 レーザーカッター」のような検索ワードで凸工所に辿り着いた方に講習を実施していると、常連さんが3Dプリントをしたり、街歩きグループが覗きにきたり。土曜日は出来事がいつにも増して多い。書籍の編集を担当してくれた乾さんと合流して、今晩話す内容をゆるやかに決めつつ、あと一冊でも多くの本を完成させようと粘る。お釣りや領収書などの準備もせねばと慌てるうち、ラボの住人から出版祝いの花をいただく。本の表紙と同じ真っ赤な包み紙が祝福ムードを高めてくれる。

開けてもらった分館に荷物を運ぶうち、乾さんが本をいい具合に並べてくれた。5冊,10冊と同じ姿の本が並ぶと「マスプロダクションだ!」とテンションが上がる。開始時刻に向けてじわじわと人が集まり、トークイベントの壇上側に回ったことがないのでソワソワ。結局一度外に出て、時間ぴったりに招き入れてもらうという手前味噌演出と共に会がスタートした。

京島はイベントが多い街なので、今年のEXPOのMTGと時間が被っていた。前半は京島が初めましての人向けに街歩きを実施することにして、商店街を往復した。もちろん情報量が多いので足並みはゆっくりになるが、この体験にも慣れてきた。行きと帰りで説明を分ける、これはまた説明しますなどガイドも板につくなか、自転車やベビーカーが通り掛るとメンバーが声をかけてくれて助かるしありがたい。分館を出た瞬間にお祝いのワインと飼い犬が押し寄せたり、別のパーティが催されていたり、説明をするまでもなく京島らしさが押し寄せてきて最高だった。

凸工所でパーツ製造のデモをチラリとお見せしたのち分館に戻る。乾さんとのトークを始め、この本ができた理由について語ろうとすると、引っ越しのきっかけ、工房でやりたいこと、EXPOでの取り組み、改めて本にすること、など前提の説明が多くて笑う。寄稿者の人たちを紹介する中で、依頼の2倍ぐらいのボリュームで返ってきて、段組さえ変更しましたというくだりが話せてよかった。みんなそれぞれの濃さを味わっている。

自分で本を組み立て、それこそファブリケーションした結果、「この本の作り方でわからないことはない」ぐらいのレベルに至ったことに価値がある、みたいな話をした気がする。人のサポートをずっとしてきて、ふと一人になった時に自我がないような不安が襲いかかってくるのだが、京島ではサポートしたことがその人を介して街にも還元される。誰かのためが街のためになり、僕の暮らしや見方を変えていく。それを形にするのは紛れもない僕であり、利他から利己に至る逆順を経て自分の礎めいたものが確立した。

目的がないからどこに行けばいいかわからなかったけど、半ば思いつきでたどり着いた先で、目的は後からついてきた。この街や、この街に訪れる人たちによって、なすべきことが見つかって、この街で格好悪いことができないから努力する。ものづくりだけ、文章だけでは突き抜けられなくても、二つを掛け合わせて、この場所で何かを刻み続けることならできる。その成果がこの本なのですと、しっかり言える一冊が完成して、わざわざ足を運んでくれた何十人もの人に手渡しできたことが本当に嬉しかった。

物量的にも、工数的にもまだまだ長い道のりであることは間違いないのだが、その道は結構楽しいものになるはずだ。どうせ時間がかかるなら、たまにはこうして人と分かち合ってもいいだろう。


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