「あなたの話なら聞くよ」と認められるために ――アナリストを経験したコーチが語る「大事なこと」|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2021年2月号、連載 スポーツパフォーマンス分析への招待 第14回)


橘 肇
橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川昭
日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

分析から得た情報の伝え方について、今回はアナリストとコーチングスタッフの関係にスポットを当てる。話を聞いたのは、昨年12月の第72回全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)において4年連続4回目の頂点に立ち、現在のバスケットボール界で注目される指導者の1人、東京医療保健大学女子バスケットボール部監督の恩塚亨氏である。

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https://note.com/asano_masashi/n/n8eb8a36798c8

 私がスポーツパフォーマンス分析ソフトウェアの販売に20年間携わってきた中で、数多くのアナリストや情報分析スタッフの方をサポートしました。その中には、その後、コーチや監督という立場で指導に携わっている方も少なくありません。情報や映像を効果的に活用するためには何が大切なのか、そうしたアナリストとコーチの両方の経験を持つ方に、ぜひ聞いてみたいと思っていました。

 今回話を聞いた恩塚亨氏は、そうした人物の1人です。2006年に創部されたバスケットボール部を2014年に関東女子バスケットボール連盟のリーグ1部昇格に導くと、2017年には早くもリーグ戦とインカレで初優勝を果たすという快挙を成し遂げました。また大学での指導の傍ら、女子日本代表のスタッフも歴任し、2008年北京五輪と2012年ロンドン五輪の世界最終予選、3大会ぶりの出場となった2016年リオデジャネイロ五輪の3大会でテクニカルスタッフを務め、現在はアシスタントコーチを務めています。

 私が恩塚氏と知りあったのは、創部したばかりの2006年のことです。「ビデオ分析ソフトを個人で買いたいという人がいる」と紹介されたことがきっかけでした。その後、ソフトウェアのユーザーとしての恩塚氏にさまざまなサポートを提供していく中で、アナリストとして、コーチとしてのキャリアを積み重ねていく姿をつぶさに見ることができました。

 恩塚氏のキャリアに私がとくに注目する理由は、高校、大学、そして日本代表という異なるカテゴリー、またテクニカルスタッフ(アナリスト)、アシスタントコーチ、監督、そして教員という多彩な経験を持っているからです。今回は、恩塚氏自身が大きな学びを得たというアナリストとしての経験、そしてアナリストとコーチの関係を中心に振り返ってもらいました。

(インタビュー:2020年10月14日)

交通費自腹でシンガポールへ同行

――指導者としてのスタートは、千葉県の進学校の女子バスケットボール部だったと聞いています。

恩塚:大学を卒業して赴任したとき、部員はたった2人でした。けれども、すごく下手だけどすごく熱くて、すぐにバスケットボールに夢中になってくれました。練習もトレーニングも一生懸命やるし、好奇心も真面目さもあって、やればやるほど伸びるという感じでした。こうやったらうまくなれるんだということが、彼女たちは初めてわかったんじゃないかと思います。部員も増えて、4年後には県大会に出場するまでになりました。

――けれどもその後、順調だった高校での指導を辞めることになります。

恩塚:家での食卓の話題もバスケットボールになるくらい部員たちが熱心になってきて、保護者の方が逆に不安になったようでした。バスケットボールをやるために入学させたんじゃないという話も聞こえてきました。このままだとお互いに不幸になってしまうと思っていたとき、その高校と同じ方が理事長を務める東京医療保健大学が開学したことを聞きました。そこで、大学にバスケットボール部をつくりたいという企画書を書いたのです。そこからの3年間は高校の教師をしながら、放課後に大学へ移動して、新設のバスケットボール部を指導していました。

――ビデオ分析ソフトを個人で購入しようという人がいる、と私が聞いたのはその頃です。

恩塚:学長に企画書を持ってお願いに行ったとき、「君は何の実績があるの」って言われたんです。そのときは県大会初出場と答えるのが精一杯で、「これからつくります」と言ってその場を去りました。じゃあどんな実績がつくれるんだろうと考えたとき、友達がユニバーシアード日本代表のビデオ撮影係をしていると聞いたんです。「あ、そういう立場で日本代表のスタッフに入れるんだ!」と。

――そこで次の行動、今度は日本バスケットボール協会に企画書を持っていったんですね。

恩塚:スカウティングのスタッフとして、ゲーム分析やビデオ編集をやりますという内容の企画書を持って、協会の方に会いに行きました。ちょうど「ヤングウーメン」という国際大会がシンガポールで開催されるところだったので、帯同させてほしいと申し出たのです。ゲーム分析やビデオ編集の経験は全くありませんでしたが、やると決めて企画書を持っていきました。そのときにゲームブレーカーのことをバスケット関係者から聞いて、あったらいいなと思って橘さんを紹介してもらったのです。そこからは代々木体育館に行って、ひとりで操作の練習をしました。

――企画書はすぐに採用されたのですか。

恩塚:すんなりとは行かなかったですね。「予算がない」と言われたんです。そこで、「じゃあ、私の自腹だったらいいですか」って言ったら許可してくれたので、日当なし、交通費自己負担でシンガポールにチームと同行しました。そんなスタートでした。

「お前の話なら」という信頼関係

――そうやって始まった分析スタッフとしての活動ですが、最初からうまくいったわけではないそうですね。

恩塚:最初は私の出す情報や映像をなかなか見てもらえませんでした。情報量が多すぎるって言われたこともありましたし、ときには「お前のチームでやればいいだろう」と言われたこともありました。でも今振り返ってみると、「そりゃそうだな」と思います。データやビデオを見るのは疲れますからね。プレゼンテーションをする側としては、その前提はわかっていたほうがいいですね。

――そこで、話を聞いてもらうためにどんなことに取り組んだんでしょうか。

恩塚:まず一番は、「お前の話だったら聞きたい」という関係をつくることだと思いました。ですから、信頼関係をつくるための時間を意識しました。何か買ってこいって言われたら全力で買いに行くし、カラオケ屋さんを探してこいと言われたら全力で2時間、「そんなの行かなくていいだろ?」という雰囲気を1ミリも出さずに探しました。そんな中で、こいつはおれのために頑張ってくれる人だと思ってもらえて、普通に話ができるようになっていったのかなと思います。

――以前、私がいた会社で主催したセミナーで話をしていただいたときも、そのことを強調なさっていました。

恩塚:そのメッセージは本当に大事だと思いますね。相手の立場からしたら、情報をいっぱい出されても、ビデオを長時間見せられても、欲しくないものは欲しくないですからね。プレゼンをするときというのは、相手の命の時間を奪っている、そういう認識が必要だと思います。相手の命の時間を奪う価値のある情報を私は提供しようとしている、その意識が相手に伝わらないと、「うるさい」と言われても仕方がないと思います。そこを昔の私はわかっていませんでした。「私はこんなことができるんです」っていうことをひたすらアビールしようとしていました。それは矢印が私に向いていますよね、相手じゃなく。誰のための仕事なのか、そのことをちゃんと理解して仕事をする、それがテクニカルスタッフにとっては大事です。

――そうした努力が認められて、少しずつスタッフとしての立場を確立していきました。

恩塚:自己負担で大会に同行させていただいた次の年、2007年の北京オリンピックアジア予選では交通費を出してもらいました。2008年の北京オリンピック世界最終予選で、初めて日当をいただきました。そして、2009年にはバスケットボール協会の初めての専任テクニカルスタッフになることができました。

いい雰囲気がいい仕事をつくる

――その間、何人ものトップレベルの指導者と一緒に仕事をしたわけですが、情報を伝えるタイミングや場所には、どう気を遣っていましたか。

恩塚:もちろん相手にもよりますが、基本的には待ちます。待っていて向こうから言ってこなかったら、「これ、どうしたらいいですか」って控えめに聞きます。始めたばかりの頃は、まだ情報分析を活用するという文化がなかったし、ヘッドコーチの方もそういうスタッフを抱えた経験がなかったと思います。そんなときに、あれもこれもありますと言われても困りますよね。ひとつ言えるのは、そのシーズンが始まる前の1回目のミーティングのときに、こういう分析をして情報を出しますということを伝えてきました。どんな情報を出したらいいかを、チームが始まる前にきちんと整理して、共有しておくことが大事です。

――監督やヘッドコーチの考えをよく理解しておくことも大事ですね。

恩塚:どんな情報が必要かとこちらから聞いても、監督の頭にあるのはまずチームづくりのことですから、そこまでは考えていません。だから、こちらが監督のチームづくりの考え方を知って、そこから逆算して見ていく数字を決めるという進め方がいいと思います。監督が話をしているときは、なるべく近くで聞きます。「あなたの情報が大事です、常にアンテナを張っています」という姿勢が大事だと思います。そうした会話の中で、たとえばリバウンドのパフォーマンスが悪かったという話があれば、それを分析して伝えてみる、そういう方法ですね。関係の土台ができるまでは、あまりガツガツ行かない方がいいと思います。

――チームがスタートしたときとか、こちらがアナリストに就任したばかりのときはとくに。

恩塚:ヘッドコーチと一緒にいる時間を大事にするべきです。コーヒーを一緒に飲んだり、何げない話を聞いてみたりするとか。アナリストはどうしても、自分の部屋にこもって仕事をしがちです。だけどたとえばチームで揃って食事をするときに、やることがいっぱいあるからってバタバタしていると、「忙しないやつだな」と受け取られますよね。チームの中に、一人だけセカセカしている人がいたら嫌な気がするじゃないですか。ただハードワークすればいいというものじゃなくて、一緒に食事も楽しんで、朝は気持ちよく挨拶する、そんなことも大事です。

――当時の先生のハードワークには頭が下がりました。海外からのSOSに私が深夜に対応するなんてこともありましたね。私にとってはいい思い出です。

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