[座談会]大学での新たなチャレンジ ――① アナリスト出身者が目指す教育の形|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2021年7月号、連載 スポーツパフォーマンス分析への招待 第19回)


橘 肇
橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川昭
筑波大学名誉教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

近年、スポーツ系の学部・学科だけでなく、経済、経営やデータサイエンス系の学部においても、スポーツ情報分析関係の教員の採用や、授業科目の設置が目立つ。そこで、競技スポーツのアナリスト経験をもち、今年度から新しい環境でスタートを切った3名の大学教員の方と、筆者を交えたオンライン座談会を行った。2回に渡って掲載する。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/n8eb8a36798c8


久永 啓・岡山理科大学経営学部経営学科准教授

永田聡典・立正大学データサイエンス学部講師

船戸 渉・日本経済大学経済学部健康スポーツ経営学科講師

(聞き手:浅野将志、橘 肇)


――今日はよろしくお願いします。まず簡単な自己紹介を含めて、今の立場と大学での仕事の内容を教えてください。

永田:立正大学に今年度から開設されたデータサイエンス学部で、正式な名称はまだ決まっていないのですが、スポーツデータサイエンスのコースを担当しています。主にストレングス&コンディショニング(S&C)とスポーツパフォーマンスに関わる分野の研究教育を行いながら、4つの強化クラブの1つである野球部にも携わっています。

船戸:今年度から、福岡にある日本経済大学の経済学部健康スポーツ経営学科の講師に就任しました。スポーツ分析を学内にとり入れていきたいという大学側の希望があって、スポーツ分析やトレーニング科学の分野を担当しています。また昨年創設された女子ラグビー部で、コーチ兼アナリストを務めています。

久永:4月から私の地元、岡山理科大学の経営学部経営学科の准教授に就任しました。来年4月からスポーツマネジメントコースができるので、その設立準備と、研究室とゼミでのスポーツデータサイエンスの教育、研究を行っています。私の専門はもともとサッカーで、Jリーグのサンフレッチェ広島やデータスタジアム(スポーツデータ専門会社)でアナリストを務めていましたので、研究者からの視点の教育だけではなくて、今までの現場経験を学生にも伝えていくことが役割だと思っています。

どのような教育を目指すのか

――皆さんが目指している教育はどのようなものでしょうか、また毎回の授業はどのように組み立てていらっしゃるのでしょうか。

永田:私のデータサイエンスに特化した専門科目は再来年度からの開講予定ですので、今年は一般教養科目としてのスポーツ科学や、スポーツ実技などを担当しています。実際にスポーツをしながら自分のデータを取ってみる、スマートフォンで撮影してみるといったベーシックなことをやったり、座学では加速度センサーを私の身体に付けて壇上で跳んだりしゃがんだりして、プロジェクターでその生データを映したりといった形で、まずはデータを取るところを見せて説明します。その上で、データを必要としない人には無理に勧めることがないようにということも強調しています。データサイエンス学部のようなところでは、なんでもデータ化して頭でっかちにスポーツを捉えてるんでしょうという目線で見られがちです。データを必要としない人には活用しないというスタンスを、データを取る側は必ず持っていないといけないと思っています。スポーツの本質には余暇である部分も大きいと思っていますので、趣味でスポーツをしている人に身体重心の加速度の話をしても余計なお世話ですし、そういうところは気をつけようといった話をします。また学部には強化クラブに所属する学生もいます。そういった学生には必ず、自分のコンディションには波があるから、1回の測定結果だけで判断するのではなく、その波を把握しようということを伝えています。そういったことを理解しながら、スポーツの現場でデータを扱い、その活動を一般化して自分のスキルとして落とし込むことのできる学生が卒業し、スポーツの現場でなくても、ビジネスの世界でスポーツデータを活用するノウハウをしっかりと使える人材になってもらうことを目指して学部運営を進めています。

船戸:弊学はスポーツに特化した学部学科ではないため、目指す進路としてはスポーツ関係の指導者や経営者などです。現状ではまだ情報分析に特化したコースはなく、私が担当している授業はトレーニング科学で、乳酸値や筋力トレーニング、超回復といったことを教えています。資格取得のための科目でもあるので、この内容は外すことはできません。その中で、指導者や経営者になったときに備えるスキルとして、モーションセンサーのような機器を使ってデータを取る、エビデンスのある数字からしっかり判断するといった、スポーツ情報分析に関する話もします。スポーツアナリストについても、そういう仕事があることをまず知ってもらって、さらに深く知りたいという学生に関しては別にどこかで話をするという流れにできたらなと思っています。

 あとはやる気満々で部活に入ってきたけれども、ケガしてプレーヤーとして継続できなくなってしまったという学生ですよね。プレーヤーでなくてもチームに貢献できるという意味で、仲間のフォームをスマートフォンで撮って、いいところと悪いところを比べるといったことでチームへの貢献度を高めて、自分のできることへのモチベーションを上げてあげたいですね。勉学にも就活にも意欲的に取り組んで、卒業後、あの大学を卒業できてよかったと言ってもらえる学生づくりができたらというのが、大学側と足並みを揃えて考えていることです。

久永:私はスポーツアナリティクス(スポーツ情報分析)をスキルの1つと思っています。ですから、スポーツアナリティクスの能力を高めればもちろん競技力向上にもつながるし、スポーツを楽しむことにもつながると思っています。学生が幅広くスポーツアナリティクスを学ぶことで、スポーツへの関わりが深められる経験をしてほしいというのが一番です。経営学部ですから、データをうまく使ってチームを機能させるとか、クラブの運営に役立てるという視点で考えていますので、学外でデータを持っているところと一緒にやっていくスタンスを取ろうと思っています。機材を揃えようと思うとお金もかかるし、大学のバックアップも必要ですけど、なかなかすぐにそういうふうにもいかないところもあると思います。データを持っているプロチームや、データも使ってみたいと思っている人たちと学生が一緒に学びながら、スポーツアナリティクスのことを知って、触れて、スポーツをより楽しむといったことにつなげたいというのが私の思いです。

――将来の進路として、アナリストを希望している学生はいますか。

永田:興味があるという学生は2、3人いましたが、基本的に本学部は情報、ビジネス、観光というところが中心になりますので、スポーツアナリストの志望者はほとんどいなんじゃないかと思います。けれども入試の面接の中で、将来はスポーツアナリティクスのことをやりたいと言う学生はいましたし、今も、野球のセイバーメトリクスをやりたいですという問い合わせに来た学生が数名います。

久永:私の方は、ゼミ生の募集をするときにアナリストの説明をしたり、私が着任したときに大学のホームページに情報がアップされたりしました。そこで初めてスポーツアナリストとかスポーツアナリティクスというものを知って、興味を持って話を聞きにきてくれた学生はいますが、職業としてイメージできている学生はほとんどいないですね。

スポーツからの学びを実社会で生かす

――皆さんの話を全般的にまとめると、スポーツアナリスト的な視点を使って、もっと広い範囲でそれを活用していこうというお考えや方向でしょうか。

久永:スポーツのデータというのは、イメージしやすいと思うんです。企業のマーケティングのデータのことを言われても、学生にはよくわからないかもしれません。けれどもサッカーのパスやシュートの数、走行距離のデータであれば、実際の現場で起こっていることとリンクしやすく、扱いやすいので入り口としてすごく役立つのではと思っています。

船戸:スポーツの方がとっつきやすいのかな、というのはあります。私は企業のラグビー部のアナリストを退任してから3年間、会社で人事、総務の部署で勤務していました。その間、会社の経営層から業績管理のアナリストにならないかと、2回ほど声を掛けられたんです。スポーツで柔軟に考えていたことを、業績の数字を見る目にも活かしてほしいという意図だったようです。それに対して、私は統計などを専攻したことはないし、ラグビーの知識が応用できるぐらいだと伝えたら、その視点が大事だと言われました。そういう意味では久永さんが言われたこともそうですけど、スポーツを入り口にしてデータというものに興味を持って、そこからビジネスで活用できる知識を身につけていけるのかなと思っています。

――船戸さんが人事、総務の仕事をしていたとき、業務の中で何かデータを使ったことはありますか。

船戸:人事のときは社内研修などの企画運営を担当していました。アンケートを取って、どのカテゴリーの人がどのくらい受講しているのか、受講者の年代や職責などを人事データに紐付けして、それに応じてコースを割り振ったりとか、研修の理解度を分析してみたりとか、そういう形で使っていました。

大学教員になるまで

――皆さん、それぞれどのような経歴を経て今に至っているのでしょうか。

船戸:大学卒業後は高校の教員を5年、その後1年空いてアナリストになりました。ラグビー部のアナリストを10年、そのあと人事、総務の仕事を3年経験したのですが、そのうちの1年は女子ホッケー部のアナリストサポートを担当していました。

久永:元々はサッカーの指導者で、幼稚園から小学生、中学生、高校生に至るまでの指導をやっていました。その中で、パソコンを使ったり、映像を見せたり分析したりということもしていました。今で言うとアナリストのスキルの1つだと思うんですが、そのうちにサンフレッチェの中でも認知されるようになってきて、森保さん(現日本代表監督兼U-24日本代表監督)がトップチームの監督になる時にアナリストを必要とされて、私が就任しました。サンフレッチェのトップチームで2年間、そしてデータスタジアムに移って7年間、サッカーのアナリストを経験しました。

永田:大学、大学院時代はとくにアナリストを志望していたわけではありませんでした。たまたま、全日本男子のバレーボールチームでスコアをつけるお手伝いの話をいただき、そこからデータバレー(バレーボール専用のゲーム分析ソフト)の使い方を覚えることとなり、母校の大学にお願いしてデータバレーの勉強をしました。そんなきっかけから、大学のコーチ兼アナリスト、そして監督までやらせてもらうようになりました。また、大学の非常勤講師を週に10数コマ持つようにもなりました。その業績や活動が認められたのか、アメリカンフットボールのXリーグのアサヒ飲料チャレンジャーズから、分析スタッフというか、スポーツICTのインフラ整備の仕事をいただき、2シーズンほど務めました。その後にバレーボールのVリーグ、堺ブレイザーズのアナリストとして、お手伝い程度ですけどもスポットで試合に帯同する活動を2014年までやっていました。教員になったのは2014年、九州共立大学に着任したときからです。中京大学を経て、立正大学がデータサイエンス学部を立ち上げることになったとき、スポーツ分野での分析の経験に加えて、現場での指導経験がある人が望ましいという考えから、私にご縁をいただいたという流れで、今この立場に至っています。

何のためにデータを扱うのか

――久永さんにお聞きしたいのですが、実際にデータを取ってインプット、アウトプットするときに「何をするのか」という目的が大事だと思います。何がしたいのかがわからないと、面白くないですよね。

久永:そうですね、私も今エクセルを使ってデータを扱う授業を持っているんですけど、大事にしているのは「エクセルを操ることが目的の授業じゃないよ」ということです。操作を、機能を覚える授業じゃなくて、何のためにそれを使うのかという目的があって、その上でどの機能を使うかということがあるんだよというのは、常に課題や授業の中でも伝えていますね。もともとパソコンに触るのが好きな学生はいいと思うんです。でも、そうじゃない学生にやらせたところで苦痛でしかないし、覚えたところで使わないともったいないです。

――永田さんはどうでしょうか。目的と手段が入れ代わった学生を見たりしますか。

ここから先は

944字 / 4画像

¥ 150

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?