スポーツパフォーマンス分析とは何か ──その言葉の意味するもの 橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2020年2月号、連載 スポーツパフォーマンス分析への招待 第2回)
橘 肇
橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー
監修/中川昭
筑波大学体育系教授、日本コーチング学会会長
(ご所属、肩書などは連載当時のものです)
連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/n8eb8a36798c8
パフォーマンス分析とは何を分析するのか
今回からは、スポーツパフォーマンス分析について、個別の具体的な側面を見ていくことにします。具体的な側面とは、たとえば『スポーツパフォーマンス分析入門――基礎となる理論と技法を学ぶ』(大修館書店)1)では、次の項目が挙げられています。
・スポーツパフォーマンス分析とは何なのか?
・スポーツパフォーマンス分析のデータと情報とは何なのか?
・なぜスポーツパフォーマンスを分析するのか?
・誰がスポーツパフォーマンス分析を分析するのか?
・スポーツパフォーマンス分析はどこで行われるのか?
・スポーツパフォーマンス分析はいつ行われるのか?
・スポーツパフォーマンス分析はどのように行われるのか?
この連載でも、こうしたスポーツパフォーマンス分析の「何」「なぜ」「誰が」「どこで」「いつ」「どのように」について取りあげていきます。といっても、教科書の内容をそのまま記述するのではなく、体験や取材に基づいて、できるだけ具体的に話ができればと考えています。今回はまず、スポーツパフォーマンス分析という言葉の意味するものについて掘り下げます。
私が2000年に「スポーツコード」(当時はSportstec社製品、2015年以降はHudl社製品)というスポーツ用の分析ソフトウェアの営業担当になった話は前回いたしました。当時の製品パンフレットが私の手元に残っています(図1)。製品名のロゴのすぐ下に書かれているのは「digital video analysis system」(デジタルビデオ分析システム)という言葉です。つまり、このソフトウェアの用途はコンピュータを使って「ビデオ分析」を行うことだとメーカーは定義していました。さらに裏面を見ると、「… allows statistical or video analysis of performance …」、パフォーマンスの統計的(スタッツ)分析、またビデオ分析を可能にする」と説明されています(図2、下線部)。
図1 2000年当時のスポーツ用デジタルビデオ分析システムのパンフレット
図2 パンフレット裏面の記述(抜粋)
分析対象は「パフォーマンス(performance)」ということですから、まずこの「performance」という言葉について、改めて手元の辞書にあたってみると、以下のような訳語がありました(抜粋)2)。
1. 実行、遂行
2. 仕事、行為、動作
3. 性能、運転
4. 成績、出来ばえ
5. 善行、功績
6. 演技、演奏、手ぎわ
7. 公演、興行
実は以前から不思議に思っていたのですが、日本語にする上で、スポーツに直接関連した訳語は見当たりません。この中では「行為」「出来ばえ」といった訳語が近いように感じます。
英英辞典3)でも調べてみたところ、
1. performing
2. notable action
3. performing of a play at the theatre; public exhibition; concert
このように書かれています。こうしてみると、スポーツよりもむしろ演劇や音楽で使われる言葉のようにも感じられます。
さらに調べると、球技スポーツの分野では「球技におけるパフォーマンスとは、ゲームで遂行された運動行為の過程およびその結果を指す概念」(『球技のコーチング学』4)と定義されています。そこでこの連載においても、この定義に従って進めていくことにいたします。
ゲーム分析からパフォーマンス分析へ
この後の話を皆さんがより理解しやすくするため、ここでソフトウェアの仕組みについて少し説明します。現在では世界中で多くの類似した商品が販売されていますので、ここでは特定のソフトウェアの画面ではなく、多くのソフトウェアに共通している画面のレイアウトを示します(図3)。
図3 ビデオを使うスポーツ用分析ソフトウェアの標準的な画面の例(筆者作成)。シルエットやアイコンはフリー素材を利用(https://www.silhouette-illust.com)
画面上のそれぞれの領域(ウィンドウ)の役割を以下に説明します。それぞれの呼称や外見については、ソフトウェアごとに少しずつ違いがあることをご了承ください。
①映像を表示するウィンドウ
ゲームの映像が表示されます。映像は撮影中のライブの試合、またはコンピュータのドライブ内に保存されている映像です。
②分析項目を入力するウィンドウ
ゲーム中に起きるプレーなど、分析対象になる事象(イベント)のボタンがあり、マウスのクリックやキーボードのキーで入力します。
③入力したイベントを表示するウィンドウ
ソフトウェアごとに個性が出る部分です。大別すると「タイムライン」を使った表示(③-1)と、Excelのような「スプレッドシート形式」での表示(③-2)に分かれます。
④結果を表示するウィンドウ
入力したデータから計算された度数を表やグラフで表示します。表やグラフの数値から、該当するビデオを再生することもできます。
類似の商品やサービスが少なかった当時、こうしたいくつものプロセスからなるシステムを端的に説明するのは難題でした。たとえば初めてのお客様に電話で商品説明をする際、「デジタルビデオ分析システムです」では、まったくイメージを共有してもらうことができません。ビデオ分析という言葉からは、どちらかと言えばプレーヤーの動きを関節角度や移動速度などの面から詳細に分析する「バイオメカニクス」のシステムを想像されることが多かったように思います。そのうち私自身で「デジタルビデオデータベース」という呼び名を考案し、ウェブサイトやパンフレットで使ってみましたが、かえってわかりにくかったようです。
ほどなく、メーカーは「ゲーム分析(Game Analysis)システム」という言葉を前に出すようになりました。ゲームの中に出てくるプレー項目を入力して記録し、その情報を集計、整理して個人のプレーやチーム戦術の評価に生かすという点では、ソフトウェアの内容に合った名称でした。ただ、これはサッカーやラグビー、バスケットボールといったいわゆるゴール型の球技だとしっくりくるのですが、競技特性の違いからなのか、野球の関係者の方にはどうもピンとこないようでした。
そんな中、私が「パフォーマンス分析」という言葉を最初に意識したのは2003年頃のことです。この年に北アイルランドで開かれた「World Congress of Performance Analysis of Sport VI(第6回世界スポーツパフォーマンス分析学会大会)」に参加した日本の研究者の方に、この学会のことを教えていただきました。当時の私にとって、海外ですでにこうした分野の学会が存在しているということは驚きでした。とりわけ、この学会が「Notational Analysis(記述分析)」(後述)と「Sports Biomechanics(スポーツバイオメカニクス)」の両面からのパフォーマンス分析を含んだ学会であることが、非常に新しく感じられました(図4、下線部a)。
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