2.スポーツ選手のストレスを考える(月刊トレーニング・ジャーナル2021年3月号 特集/競技選手への心理的サポート)


日比健人・東京大学教育学部附属中等教育学校保健体育科教諭

修士課程までスポーツのケガと心理面の関係について研究を行い、現在は中学・高校の保健体育を教えている日比氏に、心理的サポートの例や研究の内容についてお聞きした。

現在の仕事と経歴

 2016年に大学を卒業し、2018年に大学院修士課程を終了しました。学部を卒業した時点で保健体育科の教員免許を取得しましたので、修士課程の間は、定時制の学校で体育の教員、そして専門学校でスポーツ心理学を教えていました。修士取得後には中学・高校の保健体育、大学と専門学校でスポーツ心理学などを教えていました。今年度から現在の学校で保健体育科の教員として採用され、勤務しています。現在は中学2年の保健と、高校2年、3年の体育を担当しています。

 体育も保健も、この時代には教養となってきます。単に身体を動かしたり教科書を読んで終わりにするような授業ではなく、生徒たちには一生ものの知識、教養として身につけてほしいと思っています。そのための日々の授業の準備では、修士課程に所属していたときに得た知識、情報や根拠を集める方法などを活用し、エビデンスを示しながら話ができるように準備をし、授業に臨んでいます。

心理サポート

 現在、依頼があった際に、メンタル面のサポートを行うことがあります。以前はラグビー選手や陸上競技選手へのメンタルサポートを行っておりました。

 心理サポートは、たとえば、練習や試合で集中できない、あるいは漠然とした不安があるといった不調の訴えがきっかけとなり、始まります。サポートをしていくにあたって、まずはその人の話をじっくり聞きます。話をしてもらう中で、自分で解決する糸口を探していくということを心がけています。私がいなくても解決できるようにということを考えているからです。そして話をしていくと、ここが原因じゃないかというところがあります。先ほどお話しした「解決する糸口」です。それを一緒に探していく作業になります。そういう介入が多いです。

 アスレティックトレーナーから、リハビリテーションの期間に焦ってしまう選手に対してどうしたらよいかという相談を受けることもあります。その場合には、選手になぜ焦るのかなどを尋ねていき、選手自身が「これだ!」という解決の糸口を見つけることを選手とともに行います。その際に、アスレティックトレーナーとも協力し、選手のリハビリテーションの様子やその時の会話なども参考にしています。場合によっては、私ではなく、アスレティックトレーナーに話をしてもらうこともあります。解決を見いだせたところで話を終わります。

 いずれにしても、解決すると離れていきます。困っていると頼りたくなり、困らなくなってくると自分でマネジメントできて私が必要なくなると思います。そうなってくるのが一番で、常に私がついていく必要はありません。とくに心がけているのは、「指示しない」ということです。それは、私が「こうしたほうがよいのではないか」という提案をすると、選手がそれに固執してしまったり、選手から「あの人がこういったから」と考えるようになってしまう可能性があるからです。選手が主体性をもって問題に対応できるように配慮しています。「なぜこういうことになるのだろう」と投げかけたりして、選手に考える力がつくようにします。これは学校での生徒指導にも通じるところがあります。

 選手が自分自身で立って歩けるようになるまで、心理サポート職が支援するのですが、私はこのようなことを「伴走者である」と思っています。自分で歩けるまで共に歩く、共に走るということになります。こうしたらいのに、と思うことも多々ありますが、そうすると彼らが自分で立つということができなくなってしまうと思います。

サポートの手法の例

 さまざまな手法を用いて心理的サポートを行います。具体例を1つ挙げますと、「ピークパフォーマンス分析」と言われるものがあります。一番よいパフォーマンスができたときと一番悪いパフォーマンスだった時を比べ、自分の行動や考えを振り返り、メンタル面を安定させていくきっかけを見つける方法です。たとえば、一番よいパフォーマンスができたときは、試合前の朝ご飯は何を食べた、トレーニングは何をしたか、このタイミングでトイレに行った、などを書き出していきます。同様に一番パフォーマンスが悪かったときは、朝寝坊をしてしまったとか、ご飯を食べなかった、などを出します。これを試合前・中・後などの場面によってすべて書き出し、比較します。比較していくと、何か要因を見つけられるかもしれません。良かった時と悪かった時の違いを見つけ、修正していくことで、良いパフォーマンスの時のメンタルに近づけることができるということになります。このように分析していくことで、安定したパフォーマンスをするために必要なことなどが分かってくるのです。

 また、POMS(Profile of Mood States)やDIPCA(心理的競技能力診断検査)などの心理検査を用いて心理状態を確認することもあります。

 また、自分の心を整理していくために、様々な思考や感情を言語化することも勧めています。具体的には、練習ノートをつけたり、日記を書いたりすることです。言語化することによって、自分の頭の中でしか考えていなかったことを客観的に把握することができ、整理することができるからです。

研究について

 私はサッカーをしており、ポジションはキーパーをしていました。所属していたチームでは中高一貫校だったため、中学校3年生の最後の大会を終えると高校生のチームに上がって練習をともに行うこととなっていました。これがかなりのストレスとなっていました。とくに、先輩やコーチからのプレッシャーや仲間からの視線などです。ゴールキーパーとして得点が入らないように頑張っているつもりでしたが、当時は技術も足りず、うまくいかないことがたくさんありました。そのたびに向けられる自分への視線や言葉に不安を覚えるようになっていきました。ある日、紅白戦のときにシュートが飛んできて、普段は飛び込まないのですがこれは飛び込まないと得点が入り、怒られると思って飛び込んだのです。そうしたらケガをしてしまいました。診察の結果、PCL(後十字靭帯)損傷でした。保存療法を選択しましたが、高校2年生の時に膝に異変を感じ、再度診察したところ、手術を勧められ、手術をすることになりました。

 この経験が私がスポーツのケガと心理に関心を持つきっかけとなりました。さまざまなストレッサーによってストレスが起こります。それにより認知にゆがみが生じたり、注意散漫になったり、集中力が低下したりして、普段しないことをしてしまうという判断の誤りが生じ、それがケガにつながる可能性があるのではと考えたからです。

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