年末ジャンボ総理くじに当たったら

 さあ、今年もこの日がやってまいりました。昨日の大晦日に抽選会が行われ、すでに当選者の番号が決定しています。新しい年を迎えたこの目出度き元日の朝に、4月から始まる新しい年度の総理になるのは誰か。今か今かと期待が高まります。現場にはたくさんの報道陣が集まり、新しい総理の姿を一目見ようとその瞬間を待ち構えています。どんな人物が来年度のこの国の顔となるのか。茶の間でテレビをご覧の皆さんも発表の瞬間を心待ちにされていることでしょう。まもなくです。もう、まもなく、総理任命官がやって来ると思われます。あっ、来ました。黒塗りの車が住宅街の路地をゆっくりとこちらに向かって進んできます。総理任命官が乗ったと思われる車が近づいてきました。今、車が止まりました。この住宅の前です。新しい総理はこの住宅にお住まいの方のようです。車のドアが開きました。黒のスーツ姿の総理任命官が車を降りてきます。その手には黒い革製の書類フォルダーが見えます。あの書類フォルダーの中に任命書が入っているものと思われます。総理任命官が門を通り玄関に続くアプローチをゆっくりと歩いてきます。そして、今、総理任命官がチャイムを押しました。微かにチャイムの音が聞こえたような気がします。さあ、いよいよです。どんな人物が出て来るのでしょう。あっ、開きました。今、ドアが開きました。男性です。年の頃は三十代でしょうか。若く精悍な顔をした青年に見えます。そして、今、総理任命官が男性と挨拶を交わしました。そして総理任命官が黒の書類フォルダーを開け、中からしっかりとした厚手の白い紙を取り出しました。そして、総理任命官が紙に書かれた内容を読み上げます。「二本野 未来殿 あなたを第三代日本国総理として任命いたします。おめでとうございます」。総理任命官が任命書を男性に差し出しました。男性は両手で任命書を受け取り、お辞儀をします。第三代日本国総理、決定の瞬間です!


 未来の日本ではこのようにしてくじ引きで新しい総理が誕生するかもしれません。全国民の中から無作為に選ばれるのか、または立候補者を募り選考プロセスを経て総選挙を行ってもいいでしょう。ただ、この総理には政治的な権限は一切なく、国民の声の代弁者、もしくは内外に対し広報を担う顔としての役割を担うことになります。では、誰がこの国の行き先を決める政治を行うのか。それは全ての国民であるあなたです。

 この国の未来がなぜこのようなことになるのかを順を追ってお話ししていきましょう。まず、全ての基本は民主主義とは何かを考えることになります。政治的な話は難しそうだなと思うかもしれません。でも、ここで話す内容はとてもシンプルで理にかなったものだと考えます。ゆえに、未来の日本、もしくは諸外国もここで話す内容に国の政治制度が近づいていくのは自然な流れなのだと思います。ひとまず、頭を空っぽにして続きを読み進めてください。読み終わる頃には全てが理解できると思います。


◆民主主義とは何か◆

 ある地域や属性に集まる人の集合体において誰かが問題を起こしたとします。人々はそのような問題が起こるのは良くないと考え何か対策をしようと考えます。人々はそれぞれに意見を述べ合い、議論を交わせ、今後、同じような問題を起こさないようにルールを作ります。出来上がったルールの案を全員に知らせ、賛否を問いました。そのルールは過半数を大きく超える人々の賛成で人々の共通のルールとして受け入れられました。

 民主主義とはこの話にあるように、人々の生活や活動を守るためのルールを策定する基本的な仕組みとなります。ここで最も大事なことはその属性に参加する全ての人の意思がルール作りの工程(意見聴取、議論、投票)に反映されることです。

 民主主義は小さな集合体から大きな集合体まで、さまざまな属性の集まりで機能することができる考え方ですが、その集まりの規模が大きくなればなるほど、一つのルールを導き出すのに時間と労力がかかります。地方自治体や国のレベルになると人の数は数十万、数百万、一億人超えとなり、全ての人の意見を聞き取り、議論をするのはほとんど不可能です。そこで登場するのが議員議会制度です。議員議会制度では選挙権を持つ全ての人が参加する選挙で地区、地域を代表する人物を選び、選ばれた議員が人々を代表して議会でルール作りを行うという仕組みです。人々は選挙への投票という形でその意思をルール作りに反映させるということになります。

 この議員議会制度の最大の問題点は選挙で選ばれた議員が投票した人々の意思を全て把握しているわけではないということです。実際には立候補者は自身の主張を訴え、当選すればその主張が認められたという前提で議員活動を行います。選挙の際に立候補者が主張するのはその選挙の争点に挙げられた近視眼的なテーマに絞られます。そのような情報の乏しい状態で投票を行う有権者はその候補者がどのような考えを持っているのか、どのような人物なのかを十分に理解しているとは到底思えませんし、今の選挙の仕組みでは理解を深める努力もなされているとは言えません。

 このようにして議員議会制度ではそこに属する人々と議員の間に意見や意思の乖離が生まれ、その結果として人々の意思とは違うルールが生まれてしまうことがあります。そして、その乖離は議員が所属する政党や利害関係によって繋がりを持つ団体の存在によってさらに広がってしまうことになります。では、この乖離を埋める方法について具体的に見ていきましょう。


◆政治員制度(直接民主制)のすすめ◆

 みなさんは裁判員制度はご存知かと思います。裁判員制度とは無作為に選ばれた市民が刑事裁判の審理に加わり、被告に対する有罪、無罪の判断、有罪の場合の刑罰の重さの決定に関わるという制度です。選ばれる裁判員はもちろん法律の専門家ではなく、刑事裁判におけるその世相の民意を判決に反映させるというのが制度の意図です。政治員制度はこの裁判員制度の政治版といったものです。政治員制度は現状確立された制度ではありません。しかし、人の人生や命に対する決定に関与する裁判員制度がすでに実績のある制度として確立されていることを鑑みれば、同じように政治に民意を反映させる政治員制度はごく自然な選択肢となり得ると言えるでしょう。

 政治員の役割は裁判員と同じようにその活動の場である議会に参加し、社会の問題の抽出、議論、法案の審議、採決などに関与することが見込まれます。そうです、政治員は議員と同じ仕事をすることになります。この仕組みによって多様な民意を直接議会に届けることができるようになります。では議員どうなるのか?将来的には議員は不要となると思われますが、政治員制度の黎明期には議員と政治員が混在し、その比率が徐々に政治員に置き換えられていくことになるかと思います。また、政治員制度を始める際には政治員の人数や選定の方法など詳細な制度設計が必要になるでしょう。

 一つの疑問としては政治員に対する信任の問題です。現状の議員は前提として選挙で国民、市民の信任を得て議会に参加し自治体や国の運営に関わります。しかし、政治員は無作為に選ばれた市民です。この場合、政治員には民意がバランスよく取り込まれた小集団であるという前提の認知と根拠(法案の可決)が必要になると思います。また、審議する内容が国民、市民生活に重大な影響を及ぼす内容であればその法案の採決は市民、国民の全員投票によるものとする制度が考えられます。現在のデジタル技術を利用すれば信頼性の高い投票システムは十分に実現可能であると思います。また、各案件に対する意見聴取もデジタル技術を利用することで幅広い意見を短時間で収集、検証することが可能となるはずです。

 もう一つの疑問として、果たして政治員は国を運営する施策や法律を正しく作ることができるのかということだと思います。これについては現状の議員についてもさほど変わりません。現状の議員議会制度でも特定の専門分野の問題検討の際には専門家が招聘され事実とそれに対する意見が聴取され問題に対する議論が行われます。議員が政治員に置き換わってもその方法に変わりはありません。しかし、法律や政治の専門分野については議員としての経験が必要なのではと思われるかもしれません。これについては政治家という専門家を招聘することで解決します。もし、今の議員が政治について主張をしたいという場合には政治家という専門家の立場になって主張を提案することになります。そして、その提案を聞いた政治員が最終的な判断を下します。

 繰り返しになりますが、政治員制度は現時点で確立された制度ではありません。実際に運用を開始する前には綿密な議論と制度設計が必要となります。しかし、今の議員議会制度の欠陥を埋めるには十分な根拠と利用価値があるのは間違いありません。

 次にもう少し詳しく現状の議員議会制度の問題点とそれに対する政治員制度の利点を見ていきましょう。


◆議員議会制度の問題点と政治員制度の利点◆

 議員議会制度の問題の一つとしてあげられるのは議員個人の多様性の問題です。これは名前や顔を全面に押し出し人々の注目を集める議員という職業の特殊性にあります。もちろん立候補するからには何かしらの意思や使命感はあるはずなのですが、そこに透けて見えるパーソナリティはやはり権威や知名度への希求の強い人物像が浮かび上がります。逆に目立ちたくない、穏やかな人生を過ごしたいと思う人は選挙に打って出ることはないでしょう。しかし、そのような人たちにだって意見や意思はあります。このように今の選挙制度は特定のパーソナリティを持った人々による多様性に欠いた状態を作り出していると言えるでしょう。

 また、一度議員に当選すると知名度が上がり、その後の選挙でもその知名度が有利に働きます。もう一つは在任中に特に問題が起きなければ有権者の間で現状維持という無意識の意識が働きます。これは同じ議員が長く議会に在籍することにつながり、政治としては変化のない膠着した状態を生み出すことになります。さらに、議員在籍期間が長くなれば特定の個人や団体との結びつきが強くなり不正の温床となることもあります。

 政治員制度の利点はまさにこの点にあると言えるでしょう。無作為の抽出による多様性のある人材の登用。適度な任期設定による人材の入れ替え。多様な背景を持つ人材が集まることで政治の世界にこれまでにない新しいアイディアがもたらされ、さらに、それぞれのアイディアに触発された相乗効果も期待されます。また、政治員として選ばれることで政治を間近に見て学習し、経験することができます。それによって、政治への理解や興味が’広く人々の間に広まるのは間違いありません。これは現状の議員議会制度で起きている政治への関心の薄さ、政治への不参加などの問題を解消することに繋がります。中には政治員として政治に関わることに不安を感じる方もいるかもしれません。しかし、人というのは不思議なものであるポジションを与えられれば、そのポジションに求められる振る舞いを自然に身につけていくものです。政治だからといって全く気後れする必要はありません。必要なのはありのままの民意なのです。

 もう一つの問題として政党の存在が挙げられます。現在の議会では政党に属している議員が多数派となっています。これは政党に属することで立候補者の主張が党の意思に沿ったものであることが分かりやすく、その安心感が選挙に有利に働くからです。また、政党に所属することで資金面でも選挙戦を有利に戦うことができます。しかし、政党という存在は党としての統一した一体感を出すために、議員個人の独自の意思というものが主張しにくい環境にあります。また、党の長い歴史の中で醸成された習慣や慣例といったものが意思決定の多様性を妨げたり、上層部の特定の議員の意思が尊重されるということが起きがちです。このような状態は多様な議員の意見を平等に吸い上げたり、新しい取り組みを妨げるという政治の膠着を生み出す要因になっています。

 もし、政治員制度が開始されれば政党は過去のものとなり、これまでに政党が作り出した政治の膠着が解消されることは間違いありません。これまでの議員議会制度では重大な欠陥が存在しました。それは法案を可決する際に民意や第三者の意見を直接反映させることができなかったことです。世論に反する決定がなされた例はみなさんよくご存知でしょう。これは法案の提案者と法案を採決する人が同じ議員であるという歪な構造だからです。もちろん、与野党という対立構造はありますが、結局は与党が数の理論上、有利であることは疑いようがありません。政党という団体はこの歪な構造を上手く使い、自分たちが利する形で政治を利用してきたと言えるでしょう。

 もう一つ、議員議会制度の問題として選挙制度そのものが挙げられます。選挙では公示日から選挙戦が始まり、立候補者は街頭で演説をしたり、選挙カーが街中で声をあげます。本当はその人の言葉で未来の街や国の姿を語るビジョンを示して欲しいのに、実際の選挙では争点と言われる目先の問題に取り組むと発言をしたり、名前を連呼するだけ。正直、そんな選挙戦に何の意味があるのか甚だ疑問です。実際に有権者は立候補者の人物についてほとんど何も知らないまま選挙戦が終わり、投票日を迎えることになります。政見放送や立候補者の主張が書かれた広報紙が配布されますが、それでも生活や命に直結する大切な行政の行き先を決める選挙に対して圧倒的に立候補者に対する情報が不足しているのは明らかです。さらに言えば、当選後の議員についてもその活動や成果が適切に評価、査定されることはなく、議会での発言、質問回数をまとめたものがあるくらいです。今の時代、人事考課のない仕事があること自体が驚くべきことです。それが、人々から徴収した税金から報酬を受け取る議員となれば尚更です。今の選挙というのはそれが実施されたことが意味であり、それによって市民や国民がその権利を行使したと思わせる茶番にすぎません。これでは投票率が上がらないことも、人々の政治に対する興味が薄れていくのも仕方ないように思えます。また、多くの場合、議員の任期は数年と長い期間になります。先が見えず変化の激しい今の時代、投票という形で民意を行使できるのは数年に一度だけです。立候補者の本当の姿が分からないまま投票し、何も変わらなかったと嘆いても、任期が満了するまではなにもできません。これでは目の前で起きている変化に対して適切に民意を行使できているとは到底思えません。今の選挙制度は今の時代のスピードに乗り遅れていることは明らかです。


 以上のように現在の議員議会制度には多くの問題があり、これまでにその問題を解決する積極的な試みや努力があったとは思えません。その背景には問題を解決することによってこれまで甘やかされてきた議員自身の立場が危うくされるからです。それは議員の保身でしかなく、街や国の行き先を担う者としてその任にあたる適者とは到底思えません。

 この議員議会制度の機能不全の影響を真っ先に受けているのは地方議会です。行政への関心の薄さから地方議会の選挙では議員の成り手がおらず、無投票で現職の議員が議会に残るという流れが繰り返されます。これでは地方に新しい風は吹かず、衰退の道を辿る我慢比べが永遠に続くことになりかねません。

 政治員制度は地方にこそ最優先に導入すべきです。多くの市民が議会に参加することにより、市民の生の声が議会に届き、市民全体に行政への関心が広がり、街の未来の姿を考える意識が生まれることになります。そうすれば、地方議会、そして街に真新しい風を吹かせ、未来に向かって動き出す街を実感することができるでしょう。


◆政治員制度のある未来◆

 感染症や戦争、温暖化など、今の世界を取り巻く環境は不安定で、一度バランスを失えば世界全体の秩序が崩れ落ちかねません。本当の意味で人々の人生や命がかかるこのような環境で今の選挙制度であなたが一票を投じた議員にあなたの命を預けることができますか?この問いに多くの方が首を横に振るでしょう。有事に国民の声が届かないもどかしさを私たちは何度も経験してきました。

 政治員制度は市民、国民の声を直接、適時に議会に届けることができます。それによって目の前で起きている変化や危機に素早く対応することができます。そして、民意に沿わない決定がなされることはありません。前述の通り民主主義とは参加するすべての人の意見を集め、議論し、投票によって採決を取り、ルールを決めることが基本です。これまでは人の数が多くてできなかった。それが、今の時代はテクノロジーの進化のおかげで実現ができる。ならば、私たちは欠陥のある議員議会制度を捨て民主主義の理想に近づくために政治員制度を採用すべきです。そこには今まで大きな声の陰にひっそりと隠されてきた人材やアイディアが宝の山のように眠っているはずです。宝の山から放たれる光は私たちの未来を照し、私たちを私たちが望む未来に連れて行ってくれるでしょう。

 ただ、政治員制度の実現には一つ大きな壁が立ちはだかっています。それは議論を重ね政治員制度を設計した法案を今の議員議会制度の議員が採決し可決しなければならないという事実です。これは議員が己の職を廃止するという自分で自分の首を絞める行為に他なりません。普通に考えれば法案でさえまとめられるか心許ない事態です。しかし、本当に人々が自身が進むべき道を自らの手で勝ち取りたいのなら、民意を持ってこの法案を可決に導くべきです。民意が持つ力は何者にも負けないと信じましょう。

 政治員制度についてイメージは掴めましたでしょうか?政治員制度は今の議員議会制度の欠点を埋め、街や国の発展や活性化につながることが分かるかと思います。さらに、この流れは進化する技術や世相が求める未来にマッチするものになるでしょう。そう、そこに行き着くことは必然なのです。

 冒頭で紹介した総理くじのくだりは政治員制度が実現した世界では議員が不在となり、必然的に総理大臣も不在となります。総理大臣の代わりとなる実務は広報官などで代用が可能でしょう。もし、対外的に国の顔のような存在が必要なら冒頭の話のようにくじ引きや候補者を募った選考という形になるかもしれないという趣向でした。もちろん、その総理には政治的な権限は一切ありません。

 これまでの世界は消費をすることで常に経済の発展を目指してきましたが、このままでは資源や環境が立ち行かなくなるのは明らかです。これからは消費の拡大を目的した事業を減らし、人々が本当にやりたいこと、心が満たされることに時間を使う時代が来ると思います。その際に必要となるのが最低限の生活の保証です。政治員制度では多くの人に公務を担ってもらうことになります。このことをさらに拡張し、今ある公務を広く全ての市民や国民に担ってもらうという考え方もあります。ベーシックインカムという生活を維持する必要最低限のお金を全ての国民に支給するという考え方がありますが、公務を分担することでその対価としてベーシックインカムを受け取るという仕組みはとても分かりやすく受け入れやすいものだと思います。また、ベーシックインカムの一部としてライフラインの提供を保証する仕組みも有用かと思います。

 この先の世界がどのようなものになるかは誰にも分かりません。しかし、今、私たちにできることがあるなら、それを実行すべきだと思いませんか。そして、その時は時代が揺れ動く今なのかもしれません。


 タネを明かすと、この文書を書いたのは自分が書いた小説のプロモーションのためです。この小説の中では閉塞する今の世の中で人が自由に生きられる世界を実現したいと考える青年が政治員制度による未来の国政を目指して仲間と奮闘する姿が描かれています。ただ、ここで述べた政治員制度は現実の世界でもあってほしい、いや、あるべき制度だと思います。もし、よろしければこの小説を通して政治員制度の世界を感じてみてください。

小説『荒野、鳥は唄う』
https://amzn.to/3VIQSRb

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?