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エディンバラ暮らし|版画の先生/戴冠式小話

生活するように仕事をする人、自分の小さなビジネスを持っている人、自分の仕事を「見て!」と楽しそうに話す人。こんな人に私もなりたい。



もう2ヶ月も前のこと。ニュータウンにあるEdinburgh Drawing Schoolで版画の夏期講習に参加した。


英国にいるうちになにかしらのアートレッスンを受けたいと思っていて、直近で申し込めるものを探している中で見つけたものだった。版画なんて小学校の図工の授業が最後だったけど、今回教えてくれる先生の作品と人柄に惹かれたのが決め手だった。

Ingrid Nilssonさん。エディンバラを拠点に活動されているアーティストだ。


教えてもらうのはリノリウムという樹脂を使った凸版で、イメージしやすい木版画と彫り方の手順は一緒。材質が柔らかく、木よりも彫りやすく発色しやすいのが特徴らしい。

Ingridさんはカラフルで緻密な作品を多数作られていて、それらはときにエキゾチック、同時に心が休まるような、元気な気持ちにさせてくれるような。眺めているうちに、親しみのこもったエネルギーを手渡されているような。

こんな作品を作るのはどんな人だろうと気になった。気軽な金額じゃないので数週間迷った挙句、申し込んだ。


Ingridさんはインスタなどで感じる快活な印象とは裏腹に、予想外に落ち着いた声のトーンの方だった。各々が自由に持ち寄ったモチーフは難易度もバラバラだったけど、慣れた感じで全員進捗が同じくらいになるようにオーガナイズしていった。好きなことを柔軟に着実に続けてきた「地に足がついている」人という印象の一方で、言葉や態度の節々に創作の楽しさも溢れ出ていた。

わたしのモチーフは庭で会ったクロウタドリ



そしてじっくり手ほどきを受けながら作ったクロウタドリの版画。

きゅるきゅるの目がポイント


ひとつ手が狂えば台無しになりかねない凸版画は、不器用なわたしには大変難しかった。
だけど、「おなかの丸みを出すために羽毛の大きさを変えてみたら」とか、「アイリングは私なら思い切ってくり抜くかなあ(クロウタドリには黄色いアイリングがある)」とか、生きたアドバイスを取り込んだこの鳥の版画は荒削り(版画だけに)だけど宝物になりそう。

なにより、「こんなふうになりたい・つくりたい」と思うような人や作品との出会いが、大きな財産だ。


***

8月のフェスティバルで街が最大の賑わいを見せていたとき、Princess Streetで開かれていたアーティストの市場(West End Market)でIngridさんを見かけた。

彼女はやっぱり、作品やインスタグラムのテンションに似合わず落ち着いた声で出迎え、隣のブースの作家さんに 'My student'と私を紹介した。そして今製作中の作品を「みてみて」とばかりに見せてくださった。

「秋からまた教室に戻ってこない?」「そうしたいのだけど、夏の終わりには帰国しなければならなくて」そう言って、とりわけ目に留まった作品を一つ購入し、日本に持ち帰らせてもらうことにした。

「これね、以前タイに旅行に行ったとき、バンガローみたいなところに泊まったんだけど。明け方ふと目を覚ましたら、窓の外に鳥がたくさんいた。『わあ。』と声が出た」

Ingridさんの作品。
Suddenly the sky was full of birds - Ingrid Nilsson



(小話)戴冠式と王室へのロイヤリティ

版画スクールの初日に、エディンバラではチャールズ国王の戴冠式も行われていた。そのとき私が住んでいたのはオールドタウンより南のモーニングサイド地区だったので、北側のニュータウンのスクールに行くには中心街を超えていかなければならなかったのだけど、戴冠式の存在を知らなかった私は迂回なんて頭になく、中心街の大混雑に突っ込んだのだった。

翌日、スコットランド生まれのスクール生と戴冠式の話題になった。

「ぼくは見に行かなかった。でも、以前ロイヤルマイルで故エリザベス女王をお見かけしたことがあるよ」と誇らしそうだった。

「いいなあ。ところで、なんとなくチャールズ国王に対して歓迎ムードが薄い気がします」

「彼は王として歴史が浅いから。対して、クイーンはぼくらが生まれた時からずっといる。彼女はみんなのグランマだった」

日本生まれ日本育ちの私ですらそれは少しわかる。個人的にイギリスは長いこと、頭からつま先まで同じ明るい色の服を着た女王とコーギーが歩いている国というイメージだった。
そして、96歳まで在位した母のあとをつぐ人は誰だって大変だろうなあとも思った。

私のお気に入りのハンカチにもエリザベス女王が

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