「宮沢賢治氏について」横光利一

 宮澤賢治といふ詩人はどんな人であつたかは、氏の生前一度も知つたことがなかつた。昨年の九月にこの人は岩手縣の花卷で死んでゐる。この二月になつて、ある日、草野心平氏の個人で出版された宮澤賢治追悼號といふのをふと手にして、初めてこの詩人の名を知つた次第であるが、中に挟まれた詩の幾つかに私はひどく打たれた。
殊に知名の詩人數十名の追悼文を讀んで、詩よりも氏の生活上に於ける日常の態度や行爲に一層私は感服した。
この詩人の行爲は、われわれの理想としてもいささかも遜色のない立派なものだと思つたので、文體社の仕事に従事してゐる私の知人にこのことを述べ、この人の全集を出してはどうかと一言私は云つてみると、その翌日になつて、私の知らぬ間にたちまち相談は草野心平氏と文體社との間で整った。それも六巻の全集である。 六巻の大部のものがこれほど容易に出る運びになったことは未曾有のことと思ふ。 この詩人の眞價については、私は何よりその間の簡結な消息が適當に物語つてゐると思はれたので以上の蛇足を述べることにしたのであるが、ここに掲げられた宮澤氏の詩は今から十年ほど前のものであつて、氏の詩としては最上のものではない。しかし、その透徹した感覺と叡智は稀れに見るものと思はれたので、適當な長さを撰んでのせていただいたものである。


読書に朗読に、ご自由にお使いください。
出来るだけ旧字旧かなのまま、誤字脱字の無いよう心掛けましたが至らない部分もあるかと思います。ごく個人的な文字起こしの為、ご容赦下さい。

底本:定本横光利一全集14卷 河出書房新社

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