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スタートアップに入社して、社長になって、会社を売却した話

やっといろんなことが少し落ち着いてきて、タイトルの通り、とても貴重かつ刺激的な体験をさせてもらったので、自分の備忘録も込めて、書き残しておこうと思います。

1社員として入社してから、約4年間での出来事なんですが、私の人生自体も大きく変わったように思います。

社員として入社し、1年半で社長になるまで


それまでは大手(楽天とリクルート)にいたのですが、学生時代の先輩に声をかけられて、今の会社に営業メンバーとして入社しました。
もともと営業経験もなく、開発畑で育ったこともあり、気負いすることなく、「営業初チャレンジだーがんばろー」くらいの軽いノリでした。

最初の1年半は、詳しくは割愛しますが、それはもうスタートアップの地雷という地雷を全て踏んでいくような、hard thingsにまみれたドラマチックな1年半でした。

仲の良かったサークルのような会社がどんどん崩れ、私は入社後半年でマネージャー昇格するも全くうまくいかず、「あさみがマネージャーを続けるなら、私は辞めます」と言われたり、会議で「この案件の進捗はどうなってますか?」と聞いても「共有する必要がない」と拒否されてしまったり、当時は相当辛かったです。

マネージャー以上が参加する経営合宿が地獄絵図と化したことも多分一生忘れません。20−30人しかいない組織なのに、毎月退職者が出ていて、私自身も当時はとっても荒れていて、夜な夜なお酒を飲んでは、記憶を飛ばすまで酔っ払い、当時の彼氏(現在の夫)にも大分心配&迷惑をかけてました。だいたい週3くらいで記憶を飛ばしてましたね。今思うと、相当精神的にもストレスが大きかったと思います。(ちなみに記憶を失うと謎に男前になって会計を全て支払う癖があり、お金も全然なかったです。笑)

ただ、なぜか辞められなかったんですよね。

サービスや会社、社員にも愛着はありましたし、なんていうか、「もう少しなんとかなるんじゃないか」って踠いては、失望し、微かなを抱いては、絶望するみたいな毎日でした。要は負けず嫌いなんだと思いますが。

あと業務としては、退職者も多いので、やることはどんどん膨れて、土日も休まず働かないと間に合わないような状況だったので、ある意味思考停止していたのかもしれないです。必死でした。

突然の「社長やってくれ」

そうこうしているうちに、結局当時の経営メンバーが全員退任することになりました。
当時は、正直なところ私も会社に輝かしい未来は感じられず、「極力関係先に迷惑をかけることなく、綺麗に解散させる」というのが私のミッションだと感じていました。(社員でこれを自分のミッションとして考えていたのも、変な話なんですが)

ところが、株主のメンバーから突然呼び出しを受け、「社長をやってくれないか」と打診があったんです。

「これぞ!!!晴天の霹靂!!!」と思いましたね。(びっくりしすぎて)
いや、実際は晴天でもないし、なんなら最悪の悪天候って雰囲気でしたが。笑

合理的に考えたら、絶対に引き受けるべきではないと考えましたし、「この状況で私は責任を押し付けられるのか?」と腹が立ったレベルでした。それでもなぜか頭の片隅で「ちょっとやってみたいかも」と思ったんです。
怖いもの見たさなのか、好奇心のお化けが出てきたのか?笑 

冷静に振り返ると、我ながら狂気的な意思決定だったと思うんですが、週末に2日間悩み考えて、社長を引き受けることにしました。

まぁ狂気的とは言っても、論理的に考えてみると「実はリスクはほとんどない」と思ったんです。それが決め手でしたね。

私は特段ビジネスで誇るような実績があったわけでもないし、失うものはほとんどないなと思ったんです。
また、言い方は悪いですが「ダメでもともと」というか、誰も自分に過剰な期待は寄せていないわけで、あの当時会社にいた社員も株主も、ほとんどは「この会社はもうダメだ」と思っていたと思います。

それなら、そこから何があっても、マイナスはほぼないというか。一度は絶望した会社で、どこまでやれるか?試してみたくなったのです。そこからどんな景色が見えるのか。

突然の「今日から私が社長です」

私にとって、社長打診が突然であったように、社員やお客様にとっても、私の社長就任は本当に突然のことだったと思います。
何しろ、私も社長打診があってから、次の営業日には社長に就任していたのです。(正式には株主総会で決議したのはもう少し先なので、若干のズレがありますが。)
普段緊張することはほとんどないのですが、さすがにあの時は緊張しました。皆がどんな表情をするのか?どんな声を出すのか?社員全員分の顔をシミュレーションをしていましたが、それでも怖かったです。

ただ、特段かっこいいことは言えなかったと思いますが、ちゃんと自分の言葉で、その時の自分の気持ちや考えを社員に話すことはできたと思います。私がこの時から大事にしていたのは、「嘘は絶対につかない」でした。

数日前まで会社に絶望していた人間が、ある日その会社の全ての指揮をとる社長になるんです。その矛盾は、毎日顔を合わせていた社員に隠すことはできないはずで。だからこそ、嘘はつかない、自分の言葉を使うって決めていました。

社員にとっては、私の社長就任は、前の社長の退任と同じタイミングなわけで、おめでたい空気はもちろん流れませんし、facebook等で社長就任の報告をしたら私の知人友人からは「おめでとうー」とか「すげー」とかコメントがいっぱいくるわけですが、社内はおめでたいわけではないので、なんというか、複雑な気持ちでしたね。笑
でも、その辺りはシミュレーション通りだったので、そこまで困惑はしなかったです。

かつ、やるべきことはたくさんあったので、仕事に集中していました。
社長になってからは、辛いことは大量にありましたが、覚悟ができていたのと「辞める」という選択肢が無くなっていたので、マネージャー時代よりは気持ちは安定していたかもしれません。ある意味、麻痺していたのかもしれないですが。笑

1年くらいはずっと溺れてるような気持ちだった

社長になってから1年くらいは、業績も少しずつは良くなるものの、アラート状態は続いてるような状況で、メンバーの入れ替わりも激しかったです。

社員に私が社長だと認めてもらうのも、1年以上はかかったと思います。ベンチャーは社長の存在がめちゃくちゃ大きいです。社員は社長を好きだから、その会社に入るんです。私の場合は、社員に選ばれた訳ではないので、「社長と名乗るし、社長の役目を勤めるが、社長と認められてる訳ではない」って1年くらいずっと思ってました。これ、結構精神的にきついです。笑

でもその分、会社を辞めずにいてくれる、会社に入社してくれる社員がいることに感謝してました。社員がいない会社は成り立たないので。

そして、やっぱり景色が変わっていったことが、私のモチベーションになっていました。

社長になって初めて見える景色、出会える人、初めてチャレンジできること、初めて失敗できること、それらが刺激的で、なんやかんや周りに恵まれたんでしょうね。いろんな人に助けてもらいながら成長できたのはラッキーでした。

一度社員から「社長が最も失敗をできる機会を得ていて、最も成長できている」と言われたことがあるんですが、本当にその通りで、たくさんの成長機会をもらったように思います。

とは言え、本当に溺れてるような感覚だったなぁ、、と思います。なるべくポジティブに頑張ってはいたけど、いつ沈んでもおかしくない、みたいな感覚は常にありました。社員にもその危機意識は伝えていました。

ただ、不思議なことに、毎日業務に向き合ってると、どんなに辛い状況でもたまにご褒美的な出来事が起きたりするんですよ。そう言う「たまに起こるボーナスステージ」みたいなものが楽しくて、麻痺して、辛くても、走り続けるんですよね。笑 

V字回復を果たすも、先が見えない

そんなわけで、語りつくせないほど色々な事がありましたが、社員の踏ん張りのおかげで、1年くらい経って業績は回復しました。PL上はV字回復といっても過言はないくらい数値的には回復したんです。

(ちなみに、よく聞かれるんですが、回復のためにやったことは、結構シンプルです。「やるべきこと」と「やらないこと」を決めて、ただひたすらに「やるべきこと」だけを推進しました。組織の問題解決にも苦労しましたが、まぁこれはまた別の機会にでも)

ただ、実は回復後の方が苦しかったです、個人的には。

「ゴールを見失った」んですね。それまで「業績を回復させる」ことが私のゴールで、会社のゴールでもありました。

正直、その先をどう描けば良いかわからなかったんです。

個人投資家やVCから調達もしていた会社だったので、何らかのEXITが求められていることも理解していました。ただ、めちゃくちゃ正直な話「自分が調達をしたわけではない」し、個人的にEXITというイベント自体に大して興味が持てなかったし、そこまで私が責任を負わなければならないのか?は疑問がありました。(当然、当時の投資契約には私の名前は入っていないわけで)

そういう正直な気持ちを株主にそのまま伝えてました。みんな、本当に困った顔をしていましたね。笑 

とはいえ、どんなに悩んでも明日は来るわけで。事業を止めるわけにもいきませんし、業務を推進しながら、会社の将来について、いろんな可能性を含めて考えて、悩んで、を繰り返しました。ただ、私がそんな状態でも組織としては着実に成長していたので、ありがたかったです。

1つの解が降りてきた瞬間

日々悶々としながら、いろんな可能性を考えて、動いていました。既存事業を推進するのはもちろんですが、新規事業に力を入れてみたり、資本提携先の会社を探してみたり。実はいくつかの会社からM&Aの打診があったりもして、本当にいろんなパターンを模索させていただきました。

結局、ある外資系のベンチャー企業に会社を売却をすることになるのですが、その会社のCEOと会った時に、「ここだ。これを1つの解にしたい」って、ナチュラルに思えたんです。正解なんてわからないけど、私はこれを解にしたいって思いました。

事業のシナジーはもちろん、会社のカルチャーや目指すべき方向、全てが腑に落ちたというか。こことなら、事業も社員もお客様も株主も全てをハッピーにできる解にできるんじゃないかと。直感的に思いました。当時私は英語を全然話せなかったんですが、不思議と相手も同じようなことを感じてくれた感覚がありました。

会社を売却して思うこと

クロスボーダーのM&Aだったので、ディール成立まで苦労が絶えませんでしたが、なんとか契約締結まで進み、実際に会社を売却して。

ちなみに、「英語が使えないのに、どうやって交渉したの?」というのもよく聞かれますが、大切なところはもちろん通訳さんに入っていただいていましたが、驚くくらい自分でも英語力が向上していきました。

英語の契約書にも最初はリアルに声を出して発狂していましたが、だんだんと英語でコメントフィードバックができるようになっていて。ただ、グローバル流の交渉術はなかなか慣れることができなかったので、毎日アメリカ版のSUITS観てました。リスニングのトレーニングにもなるし、ハーバード流の交渉術のイメトレにもなったと自負しています。笑

今はPMIの真っ最中で、もちろん大変なことがいっぱいで、課題もたくさんありますが、総じて本当に良い選択ができたなと思っています。

単体で事業を推進しているより、はるかに可能性が広がりましたし、何より私は売却先の会社が結構好きです。すごくラッキーだったなと思う。

私自身も外資企業で働いた経験はないですし、英語も旅行で使うレベルだったので、色々困惑することはありますが、グローバル基準で働くことは非常に刺激的だし、いろんな国に仲間ができたことは、シンプルに嬉しいし、心強いです。自分の視点がこれまで無意識にドメスティックだったことにも気づけました。

社長になることも、外資に売却することも想定外だったが、結論よかった

正直、ベンチャーの経営は、ストレス負荷が高すぎて、割りに合わないなって思っています。

でも、自分でも想像がつかない未来が作れるという側面においては、とんでもない魅力だなと思っています。

シンプルに面白い。だからチャレンジしがいがあるなーと。

取り留めのないnoteになってしまいましたが、以上!






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コメント (1)
経験された4年間が40年間に匹敵するご経験だったのですね。ネアカなバイタリティーあふれる姿勢に乾杯!です。
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