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40年くらい前のおばあちゃんの手紙

こんばんは。Sunnyです。

今、実家はリフォーム中です。大事にしまっておいたモノ達を、断捨離していく日々。

ちょっと悲しい…

そんな中、父の母から私の母へ宛てた手紙が出てきてそれを読ませてもらいました。

私が産まれる前の手紙はふしぎなタイムリープ感を感じられるものでした。

おばあちゃんの手紙は歴史的仮名遣い

お手紙って最近ほんとに書かないですよね。なんでもLINEで済んじゃいますし。

私はLINEがない時代から、葉書一枚の年賀状すら書き渋る筆不精です。自分が出さないもんだから今となっては年賀状なんて1枚もこない。 

自分が悪いけど、ちょっと寂しい… 

お手紙ってもらうと嬉しいですよね。手紙はポールペンで書いてたら間違いは消せないし、字のキレイさとか、よりその人を感じられます。

おばあちゃんが私の母に宛てた手紙は便箋で2枚くらいある大作です。しかもそれが何通もありました。

私が産まれる前の手紙なので40年弱前に出されたものなんですが、なんとおばあちゃんは歴史的仮名遣いを使っていました。 

『からだの具合はいかがでせうか』 

『母は思ひます。』などなど…

おばあちゃんが生きていた時代を遠くに感じました。

しかも義理の娘への手紙で一人称“母”ですよ!

なかなか字面堅めですよね。

なのに、自分の息子、私の父のことは手紙の中で“よっちゃん”と呼んでいました!!

40手前の息子なのに…

歴史的仮名遣いなのに…よっちゃん呼び……

めっちゃ違和感!歯の治療後の噛み合わせのような違和感。

私の父は7人兄弟の末っ子です。末っ子だし息子っていうのは母にとってはいくつになってもかわいいんですかね!

これがおばあちゃんだと紹介してください

今は遠くに住んでいても、海外に住んでいてもオンラインで簡単に繋がれます。 

コロナで会えなくてもオンラインで顔が見られる、話ができる。これがインターネットのない時代だったらと思うと… こわい!

おばあちゃんの手紙に『写真を同封します。これがおばあちゃんだと紹介してください』と書かれていました。

私の両親は当時、東京に住んでいておばあちゃんは九州にいました。

そう簡単に会える距離ではなく、かわいい末息子の孫に会えてなかったんですね。

おばあちゃんがどんな顔の人なのか孫は知らない。おばあちゃんの気持ちを考えるとちょっと切なくなりました…

でもおばあちゃんは姉や私の誕生を心から喜んでくれていたのも手紙から感じました。私宛の手紙でもないのに涙がでました。

おばあちゃんありがとう! 

誰かを想う時間、伝える言葉を考える時間を増やしたい

おばあちゃんの手紙を読んでいて、涙が出たのはきっとおばあちゃんの想いを受け取ったからですよね。

長い手紙を書く間、おばあちゃんは私たち家族のことを想っていてくれたはずです。

毎日話せるわけじゃないから、何を伝えるのかもしっかり考えてくれていたんだと思います。

LINEだといつでも話そうと思えば話せるし、言葉を選んで伝えるという意識はあんまりないです。

感じたままを言葉に出してしまうし、ちょっと考えるにしてもこれを言ったら嫌な想いをするかな?くらい。

LINEはとっても便利だし、スマホもないと生きていけないです。

でも、今回おばあちゃんの手紙を読んでしみじみ相手を想う時間をとって、伝える言葉を選ぶってステキなことだと思いました。

おばあちゃんの手紙はLINEで受け取る決まったフォントの言葉よりもずっとずっと心の奥に届きました。

相手への想いをどの言葉にしたら伝わるのか私ももっと考えてみようと思います。

手紙も書いてみようかな!

筆不精だけど…