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アリスインデッドリースクールスピンオフその2

 舞台『アリスインデッドリースクール 』10周年正月イベント用に書き下ろしたショート脚本です。神社に初詣に来たソフトボール部と、偶然来ていた塔蘭、恵美、そして紅島のお話です。普段はト書きを全然書かないのですが、今回はすこし多めに書きました。読み易ければさいわいです。

『初詣』

  ソフトボール部の部員たちが集まっている。朝練を終えて温まった体をそのままに、ジャージ姿の健康優良児たちが、部長の高森を見ている。
高森「この参拝の列に並んで、お詣りをしたらあとは自由解散だ。去年はいろいろあったが、今年もみんなで力を合わせて立ち向かって行こう」
ソフト部部員たち「はい!」
高森「(苦笑い)声が大きい、まわりの人たちが驚いてるよ」
ソフト部部員たち「は〜い」
  高森に先導され、部員たちが参拝列に並ぶ。猪狩薫は少し離れてその様子を見ている。
薫「(独り言)高森先輩と初詣なんて浮かれてたけど、よく考えたらみんな来るよな〜。でもまあ、今年は新入生も入ってきて、自分も先輩になるわけだし、しっかりしないとな」
  そこへ、塔蘭が声をかける。
塔蘭「あの〜、すみません」
薫「は、はい、なんでしょう、って小学生?」
塔蘭「中学生です!愛心学園の人ですか」
  塔蘭は薫の着ているジャージをじろじろと見る。
薫「そうだけど、なに?」
塔蘭「あ、友達探してて、同じ年で、気の弱そうな感じの」
  薫の視線の先に、不安そうな顔の少女が近づいてくるのが見える。
恵美「とらちゃん、見つけた〜、どこ行ってたの」
塔蘭「え?めぐがどっかに行っちゃったんだよ?」
  恵美はキラキラしたりんご飴を差し出し
恵美「ほらこれ、りんごあめ、並んで買ったの」
塔蘭「えっ?」
  陽は浅く、気温はまだ低い。薫は冷たそうなりんご飴を見つめる。
薫「りんごあめって冬もあるんだ」
塔蘭「あ、ありがとう、つめた!」
  礼を言いながらかぶりついた塔蘭は寒さを全力で感じている。
  恵美は気にせずりんご飴をかじっている。
  薫は話しているうちにソフト部の仲間たちが先に進んでいることに気づく。
薫「じゃ、気をつけてね」
塔蘭「あ、うちら今年、愛心学園に入るんで、よろしくお願いします!」
恵美「まだ決まってないよ〜、すみませんありがとうございました〜」
薫「あ、うん、またね」
  薫が仲間たちを探すと、そこへ高森が薫を探して戻ってくる。
高森「どうした、猪狩?」
薫「あ、高森先輩、いや、なんか中学生に話しかけられちゃって」
高森「話しかけやすい雰囲気だった、ってことかな」
薫「え?」
高森「二年になったら、一年を指導する側に回るんだ、もっと胸張って!」
薫「は、はい」
  ふと、にこやかだった高森の表情が少し堅くなる。薫が高森の目線の先を追うと、そこには射的の屋台があるだけだ。
薫「高森先輩? なんで射的の屋台見てるんですか」
高森「いや、なんでもない、ほら、みんな先に行ってる」
薫「はい!」
  高森に背を押され、薫は仲間たちのもとへ駆けつける。
  高森が射的の屋台に近づくと、紅島弓矢の楽しそうな声が聞こえて来る。
紅島「なあこれ銃身が曲がってんだろ、全然当たらねえじゃん、あと当たっても倒れねえし。あ?バイト?屋台の?しないしない(笑)まだ高校二年だから、あ、もう三年か」
  屋台の店主と楽しそうに話す紅島に、高森は少し離れたところから声をかける。
高森「紅島さん」
  紅島は空気銃をかまえたまま、顔をあげて高森を見る。
紅島「あ、高森、おう」
高森「あけまして、おめでとうございます」
紅島「ああ、おう、おめでとう」
  紅島は狙った的に照準を定める。
高森「初詣とか、来るんですね」
紅島「こういう祭りとか好きなんだよ」
  と言いながら紅島が引鉄を引くと、軽い銃声と共に一番上の棚の大きな箱がゆれる。
紅島「お!当たった〜!倒れろ!倒れろ!倒れた〜!」
  紅島は満面の笑顔で空気銃を店主に渡す。
高森「なんです、あれ、大きな箱」
紅島「知らないけど、一番でっかいだろ、ああいうのは燃えるんだよ」
  店主は渋々と大きな箱を紅島に渡す。紅島は遠慮なくビリビリと包装紙を破り、中身を確認する。
  高森は安堵とも落胆ともつかないため息をもらし、再び明るく張りのある声で挨拶をする。
高森「それじゃあ、みんないるんで」
紅島「おう」
  紅島は大きな箱を見ながら、高森の方は見ずにぶっきらぼうに返事をして、ふと思いつき、顔をあげる。
紅島「あ、おい待てよ、高森」
  高森が振り向くと、紅島は大きな箱を掲げて笑っている。
高森「はい?」
紅島「これ、クッキーだった、やるよ、おとしだま」
  差し出された大きな箱を、胸元に押し付けられて、高森は思わず受け取ってしまう。
高森「え、あ、はい」
紅島「じゃな」
  手をひらひらさせて、紅島は別の屋台へと歩き出す。
  やがて知らない人たちの群れが、紅島の背中を隠してしまう。
  高森はその行方を見ながら、苦笑いをする
高森「でっかい箱」
  軽くて、大きくて、手に余る。
高森「邪魔だなぁ」
  高森は微笑みながら、参拝列に並ぶソフトボール部の仲間の元へ、大きな箱を抱えたまま歩き出す。

おわり

あとがき

 舞台の脚本を書く時、普段はト書きをほとんど書きません。役者の演技や動きが縛られてしまうのも困るし、演出家を信頼しているから、というのもあります。また、映像のようにすこしの表情の変化をとらえられるわけではないので(すべての客席に同じくらいの情報を伝えるための手段が演劇にはいろいろあるのです)表情なども指定しません。これは自分で演出する時も同じです。

 役者は、役を解釈し、自分の体を使って演じます。だから、嘘さえつかなければ、すべてぼくは正解だと思っています。

 このショート脚本は、おそらく今後(少なくとも一年間は)上演される機会が無いと思います。そこで、演者では無い人に読まれることを前提に、noteのためにト書きを増やしたものを掲載しました。

 誰かが演じていることを想像しながら読んでいただけたら嬉しいです。

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