「いつかできるから今日できる」について
こんにちは。
「いつかできるから今日できる」
・19thシングル表題曲
・センターは齋藤飛鳥と西野七瀬
・映画『あさひなぐ』主題歌
テレビ番組での披露以来、歌い出しから続くソロが危なっかしい曲というイメージをずっと抱いています。西野→白石→飛鳥→堀ですが、ここに次のゾーンを歌う生田・衛藤・桜井あたりを使えないのが乃木坂らしさ。あくまで『あさひなぐ』プロジェクトありきだし、曲調やその楽曲に必要とされるパフォーマンス能力によって序列を崩すことが(少なくともシングル表題に関しては)絶対にないのが残念な部分でもあります。
2021年12月の『MTV Unplugged: Nogizaka46』で披露された生田絵梨花・賀喜遥香バージョンの「いつかできるから今日できる」。これが個人的には非常に響いたので、もっと広く聴かれてほしいし、音源化してほしいくらいです。二人とも安定していてハモりもバランスがよい。こちらの記事でも書きましたが、少ない音数で聴きたい曲の一つですね。
・タイトルについて
しかし、何より気になるのはやはりタイトル。何度読んでも日本語としては不完全だと思います。大サビのこの部分がタイトルに相当する箇所だと思うのですが…
より正確に表すなら「いつかできることならば今日にでもできるはず」。「いつかできるから」ではなく「いつかできるなら」だったらギリギリ許せるかもしれない。語学的に言うなら、「から」は理由、「なら」は条件、らしいのですが難しいですね。「いつでも始められることならば今日始めよう」ということを、一番シンプルに表現するならどうするべきか。
「いつかできるから今日できる」
「いつかできるなら今日できる」
「いつかできるのだから今日できる」
「いつかできるから今日にでもできる」
「いつかできるなら今日にでもできる」
「いつかできるのだから今日できる」
「いつかできるのだから今日にでもできる」
「いつかできることならば今日にでもできる」
「いつかできることならば今日にでもできるはずだ」
いつかゲシュタルト崩壊もできる。
でもサビ頭の「今日できるよ いつかじゃなく」そのままでも十分シンプルで言いたいことが伝わるし、ともあれ、語感の良さのためにそこを犠牲にしていいのかとは思ったり思わなかったりしたという話です。この微妙な日本語としての違和感が、通りすがりの人へのフックになるのだと、狙ってそうしているのであれば、そうですかとしか言えません。
・『あさひなぐ』について
このシングルは『あさひなぐ』プロジェクト用の選抜でかなりイレギュラーでしたね。時期がずれたりしたのか細かいところはわかりませんが、一旦「逃げ水」で3期生を入れたものの、また外すという変な感じになりました。
映画版と舞台版がありましたが、配役でいえば舞台版の国陵高校が特に印象的でした。出番は多くなかったですが、寒河江・衛藤、一堂・堀、的林・北野という3人が、それぞれのキャラクターや関係性に非常に合っていました。この舞台の時期が北野さんは一番しんどかった時だろうと思いますが、何とかがんばっていました。
原作の『あさひなぐ』は乃木坂がやると聞いてから素直に読み始めて、結局完結まで追い続けるくらいにはハマりました。基本的に漫画は読まない人なので珍しいことです。その後も長く続いたというのもありますが、原作でいえばかなり序盤で終わっていたので続編やらないのかなーと少しだけ期待していました。完結したのは34巻で、映画は8巻までですからね。もちろん主要メンバーのスケジュール的に無理なのはわかっていましたが、熊本東の戸井田奈歩や島田十和など強くて濃いキャラも出てくるのでちょっと先の方も観てみたかったです。
それにしても5期生で「なぎ」が入ってきたのは衝撃的でした。しかも紹介映像で、袴を着ていたじゃないですか(弓道ではありますが)。知らない方もいると思いますが、東島旭たちの後輩に愛知薙(あいちなぎ)という子が入ってくるんです。5期生のパーソナリティはまだ把握できていませんが、なんとなく愛知薙役に井上和さんは合いそう。
おやすみなさい。