「やさしさとは」について

 あるいは臆病な自分について。

・7thシングル「バレッタ」のカップリング曲
・メンバーは生田絵梨花、中元日芽香、西野七瀬、能條愛未、橋本奈々未、松村沙友理、若月佑美の7名

 「やさしさとは何か」を突き詰めるという、ある意味では乃木坂らしさを象徴するような歌詞で、メンバー人気も高い一曲です。乃木坂46の楽曲を、とりわけ歌詞の視点から取り上げる場合に「やさしさとは」を材料にするのはもはや陳腐ですらあるかもしれないので、とりあえず一点にフォーカスします。

 歌詞の中で挙げられる「やさしさ」の候補は以下の4つで
1.君に駆け寄る速さ
2.落ちた涙を一緒に拾うこと
3.君を慰めること
4.涙の理由を何も聞かないこと
 もちろん正解なんて無くて、時と場合、特に「君」との関係性によると思いますが、個人的に一番大事にしているのが「4.涙の理由を何も聞かないこと」です。単に自分だったらそうしてほしいというだけですが、つらい思いをしている人に対しては、何も聞かない優しさ、核心に触れない優しさがあるということを第一に考えます。
 アンタッチャブルかもしれないことに触れるか触れないかというのは非常にデリケートな問題で、別にアイドルを応援することに限らず人間関係すべてそうですけど。少なくともアイドルに対するファンの立ち位置としては「涙の理由を何も聞かないこと」しかないと思います。

 例えばスキャンダルめいたことがあったとき、事実はどうあれ謝罪的なブログが上げられるじゃないですか。そのブログのコメント欄を見ると(検閲済みなので当然と言えば当然ですが)、無償の愛を届けている人の言葉で溢れています。何が事実だ嘘だとかどうでもよくて、誰が悪いとかも関係なくて、ただただこんなにも愛を届けようとしている人がいるってことに感動してしまうんですよね。
 ただ、その届け方の中で、「聞かない優しさ、触れない優しさ」が欠けているコメントが目に入るとちょっと気になってしまいます。核心に触れずに応援のパワーを届けてあげることが一番のやさしさじゃないかなと思っています。

 「やってしまったことは仕方ないから反省して次に進もう!」とか言ってたら何様?と思ってしまうし、「何があっても応援してるよ!」という言葉ですら、本当は忘れたい「何か」を思い出させるような気がしてしまいます。ここは変な前置きなく「いつも応援してます!」とか「番組楽しみにしてるよ!」という声をかけてほしい(これこそ何様ですが)。

 別にスキャンダルじゃなくても、お休みから復帰した早川聖来さんにメッセージを送るとして、舞台のことに触れてもよいものかまず考えます。明確でないうちは触れない方がいいし、今はもう本人も話題に出しているからいいんだろうなとも思うけど、その一方で、復帰したからには「前に進まなきゃ」と思って敢えて話題に出しているのかもしれない。だとしたら別の角度からメッセージを届けたほうがいいかな。みたいな余計なことも考えてしまう。
(※めちゃくちゃタイムリーなことにたった今、舞台の件についてメッセージが届きました。)

 体調が悪そうな時もそうですね。「体調大丈夫?」なんて声をかけられても何も嬉しくないって、少し想像したらわからないのかなぁと思ったりもします。

 だらだら書いてきましたがすごく勝手な意見というか、自分の心が弱くて傷つきたくないだけでした。だから握手会やミーグリにも興味がないのか…。一人で自己分析しているようなつまらない記事になってしまい申し訳ありませんでした。さようなら。

声を掛けないまま 君を見送るだけ
その方が僕らはしあわせなんだ

「やさしさとは」より

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