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有給も取れないしがない新入社員が仮面ライダーオーズのためにいかがわしそうな耳かき専門店にイッた話


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私、麻倉にいのは耳かきが好きだ。
高校生の頃の修学旅行で買った耳かきを今でも愛用し、耳に違和感があるときはすぐにそれを手に取れる位置に置いている。かつては持ち歩いている時期もあった。キモいからやめろと言われたのでやめたが、綿棒とデンタルフロスは未だにカバンに入ったままだ。

それは9月12日の朝3時のことだった。
仕事から帰ってすぐ横になり、目が覚めたら今日いっぱいで公開終了する仮面ライダーオーズの続きを見ようと思っていたそのとき。
右耳に違和感を覚え、私は即座に耳かきを突っ込む。
「ガサ、ガサ」
右耳の穴の上部に謎の感触があった。
耳クソかな? そうも思えたが、いくら擦ろうともそれは顔を見せない。
湿らせた綿棒も突っ込んでみるものの、その釣り糸に獲物が食いつく様子もない。まあそのうち治るだろう、と私は仮面ライダーオーズを42話まで見て仕事に向かった。

だが、事は深刻だった。
まだ消えない。
ずっと止まないのである、右耳の穴の中の「ガサガサ」が。
仕事中私はずっと不安で仕方なかった。インターネットで似たような症状がないか調べたら、耳の不調は諸々の大病の前兆であるという記事がいくつも目につき、それがさらに私の不安を煽った。
私は心配性だ。カバンがデカい。
夜勤のときは食糧不足を気にして必ず普段の1.5倍の飯を持っていくほどだ。
だから私は、一日中ビビりながら仕事をしていた。
余談だが、私はよく「目か耳のどちらかをもがれるならどっちがマシか」という空想をする。
もちろんどっちも嫌だ。
しかし、私は声優が好きだ。
特に女性声優が好きだ。所謂声フェチなのである。
私は小説を書くが、小説なんて目をもがれようが耳をもがれようが書ける。(たまに絵も描くので、そういう面で言えば目はもがれたくないが)
しかし耳をもがれてしまった場合、可愛い女性の声を聴くことは金輪際叶わなくなってしまうのだ。
だから私は怯えていた。
これが難聴などの大病の前兆でないことを願っていた。

休憩中にパートのおばさんに相談もしてみた。
「耳に虫が入ることもあるからねえ」とおばさんは言う。
インターネットでみた、耳にムカデが入ってしまった男性のニュースを思い出して怖くなった。
しかしおばさんは「大丈夫、きっとそのうち取れるよ」と言う。
冗談交じりに「彼女いないの?笑」とも聞いてきた。
いない。

退勤し、時刻は午後6時。
土曜日の、ましてやこんな時間に耳鼻科などやっているはずがない。
加えて私の次の休暇は4日後。
そして入社してまだ半年も経たない新入社員の私にはなんと有給がない。
シフト制の仕事は、突然休むとかえってその後の心労がひどい。
ただ、4日もあれば大病が私の耳の機能を破壊してしまうには充分だろう。
ここで動かなかったせいで永遠に可愛い女性の声を聴けなくなる、などという事態だけは避けたい。そう考えていた私の脳内には一つの選択肢が浮かび始めていた。

そうだ、あの繁華街でよくみる"いかがわしそうな耳かき専門店"にいこう。

皆さんはご存知だろうか。
新宿や池袋、秋葉原の裏路地でよくみかける"耳かき専門店"の存在。
専門的な施術ではなく、「女性に膝枕で耳かきをしてもらう」ことをメインとしたサービスで利益をあげているであろう謎のお店。
勿論行った事はない。しかし、土曜の夜に耳をかいてもらえる場所を私は他に知らなかった。

無論その策にも不安はあった。
1つ目は値段。
ただの耳かきに3000円も払うのは馬鹿らしくないか?
2つ目は未知への恐怖。
私は中学帰宅部高校科学部、生粋のエリート陰キャである。ワンピースは「クソお世話になりました!!」までしか読んだことがない。こんなんで会話が可能なのか。
そして3つ目。
それは、その日で限定公開の終わる仮面ライダーオーズを最終話まで完走できるかどうか。これが一番ネックだった。
しかし、仮面ライダーオーズを心置きなく観るには、やはりこの「ガサガサ」を除去しなくては。そう決心した私は、こうなったらnoteに書いてやろうという邪な気持ち半分、未知への期待と不安半分に最寄駅を通り過ぎて繁華街へ向かった。

店舗名は伏せるが、向かったのは御茶ノ水駅付近の耳かき専門店だ。
地図を見ながら目的地を探すと、それは寂れたオフィスの立ち並ぶ、古臭くて横に長いビルの二階にあった。
まず、狭い。その上階段が急だ。
なんというか、「いかにも」過ぎる。
この店舗の公式サイトにも「当店は風俗店ではございません」とは書かれていたものの、雰囲気はかなり近しいものを感じる。
というか、これは後で知ったことなのだが、そのサイトの小町紹介(このお店ではサービスを提供する従業員を「小町」と呼称する)があまりにもそれっぽすぎて、凄い。気になる方は調べてみてほしい。
とにかく、ビルに足を踏み入れることから既に勇気が必要だった。こんなところで何かが起こってしまったら確実に逃げられない。
必要以上に財布にお金が入っていることに謎の後悔を覚え始めながら、その急な階段を登る。
まずは受付へ通された。
暖簾の裏から銭湯の番台にいそうなおっさんがのっそりと姿を表す。
「ご利用は初めてですか」こくりと頷くと、淡々とコースの説明をしてくれる。耳かきの他にも、肩のマッサージなど一連のオプションが流れでついてくるらしい。
30分コースで3200円。60分コースで5200円。
60分コースの中にあった「耳のうぶ毛処理」に何故か興味をそそられ、せっかくだしとそちらを選びかけたが、目的を見失ってはならない。
仮面ライダーオーズのために30分コースを選ぶ。
ちなみに利用者はほぼほぼ60分コースを選ぶようだ。「女性にされる耳かき」という概念を求めるならそれは勿論納得がいくが、今回に至っては当てはまらない。
私の目的は「がさがさ」を除去することなのだから。

コースを選択すると、お席に座ってお待ちくださいと言われるので腰をかける。
「当店は風俗店ではありません」の記述に安堵を覚えたところで声がかかり、実際にサービスが提供される空間へと案内された。
声をかけてきたのは落ち着いた青色の和服に一つ結びの女性。
歳は私と同じか少し下くらいに見えた。声は静かで落ち着いていて、それでいて少し甘い。己の存在をサービスとして提供することに長けていても、そのあざとさを全面に押し出さない気品のある女性だった。
案内されたのは和を基調とした空間で、畳三畳ほどのスペース毎に仕切りで区切られていた。
その中の一つに案内され、お茶を出される。お茶を啜りながら、一言二言その女性と天気の話などを交わした。
部屋は暗めで、ほどよくいい香りがする。
他に利用者もいないようで、中は静かだった。落ち着いて、リラックスできる空間を提供できるよう配慮されているのだと思った。

……落ち着かねぇ〜〜〜〜〜〜。

緊張している事はすぐに伝わっただろう。
しかし時間は有限なのだ。女性はすぐに支度を始める。
スペースの中央には薄い布団が敷かれていて、その端に女性は腰掛ける。
和服の膝の上に手拭いを敷き、そこに頭を置くよう促される。
言われるがまま頭を預けた。
すると、目の上にはさらに手拭いがかけられる。視界が暗い。
遠慮気味に頭を置いたこともあってさして人肌は感じられない。
緊張している私が感じた、その感触にいちばん近しいもの。
二つの棒。
そしてそのあいだにかかる布。
それは。
コミケの待機列で使う折り畳み式の椅子であった。
なんかこう、言い知れぬ後悔に襲われた。
もっとなんかあるだろ、思うところ。
しかしそこでは耳の不快感と仮面ライダーオーズが私の脳内を渦巻き、女性の膝枕という束の間の至福に感動を覚えることを許してくれなかった。
そんなことを考えていると、ついにサービスが始まる。
「まずは耳周りのマッサージから始めますね……?」
淑やかな声で囁きながら、女性は私の右耳の周りを優しく揉み始める。
正直、声が漏れそうだった。
その日、私は思い出した。
私は耳が死ぬほど弱いことを。
【ポケモン公式】ASMR「あるくベトベター」を聴いて声を漏らし感じてしまったことを。
気持ち良くなりそうなのを悟られないよう、必死に堪えて深呼吸をする私。
それを知ってかしらでか私の右耳の周りを揉み散らかす女性。
(そんなに揉んだら「ガサガサ」がもっと奥にいってしまわないか?)と内心不安になる私。
細い耳かき棒で耳の穴の外側をそっと撫でる女性。
(それ絶対耳かき関係ないだろ!完全にエクスタシーさせにいってるだろ!)と内心怒る私。
補足だが、耳には迷走神経というものが通っていて、その神経が反応するために耳かきというものは生理的に気持ちいいものとして認識されるらしい。私だけがおかしいわけではない。
そしていよいよ耳の穴へ耳かき棒が入っていく。
「お客さん、いっぱい(耳クソ)溜まってますね……♡」
その言葉に私は思わず高揚した。決してエッチだったからではない。
「実は今日一日、右耳に違和感があって……」
勇気を出して打ち明けてみた。すると女性は私にある提案を持ちかける。
「そうだったんですね。マッサージの時間もすべて耳かきにあてることができますが、どうされますか?」
それは願ってもない話だった。二つ返事で了承し、右耳の耳かき、もとい耳掃除が始まる。そこに意外な事実が判明した。
「耳垢もなんですけど、鼓膜に髪が入っちゃってますね」
それは衝撃の真実だった。
あの「ガサガサ」は、髪の毛に鼓膜を凌辱されていた音だったのだ。
入るんだ、髪の毛。
そこからはピンセットも使用した、本格的な耳掃除が行われた。
結構ごりごりいかれた。そこにリラクゼーション感は全くなかった。
そんなに擦って逆に血出ない? と少し心配になりそうなくらい念入りに掃除された。
だが、その甲斐はあった。
「はい、右のお耳終了です」
声がクリアだ。動く時にも「ガサガサ」と音がしない。
思わず感動してしまった。聴けば、同じような利用者はたまにいるらしい。
外耳炎や中耳炎の治療はできないものの、耳掃除で改善できるものなら"耳かき専門店"でも効果が期待できるのだという。
来てよかった! 心の底からそう思った。
あとはボーナスタイムだ。右に向き直り、左耳のマッサージが始まる。
相変わらず、快感の波に背筋の震えが止まらない。
しかし、もう気に病むことはない。私はそれを心のままに受け止めた。
声は抑えた。そして耳かきが始まる。
やっと、今置かれている状況を素直に噛みしめることができている。
思えば、こんな風に人に耳を掃除してもらったのなんていつぶりだろうか。中学生の頃にはもう自分で耳かきをするようになっていた。自分のケツならぬ自分の耳は自分で掻く、それが当たり前となっていた人生。
きっと、最後に私の耳をかいたのは母親だろう。多くの人がそうであると予想できる。
これは、幼少への回帰だった。在りし日の夜。お風呂あがりに母に耳掃除をしてもらったあの時の音、視界、感触。そこにはそれがあった。
有り体に言うならば、ママである。
現代社会に生きる、疲れた私たち。君たちは身の回りに君の耳かきをしてくれる人がいるだろうか。家族、親族、あるいは恋人。いるやつはブラウザバックして一生読むな。
私たちは孤独だ。日々己の耳を己で掃除して生きている。
しかし、全部一人でやらなくったっていい。人の手を取ったっていい。
人は人の手の届く範囲でしか人を助けることはできない。
だから人は人と手を取り合うことが大切なのだ。
だから疲れたら、耳から「ガサガサ」と音がしたら、お金を払って女性に耳かきをしてもらったっていい。やっとそのことに気づくことができた。
そうして、あっという間に30分は過ぎていた。
空は雨だったが、耳の中は晴々としていた。気づけば疲れも取れていた。
仮面ライダーオーズも完走できた。途轍もなく面白かった。
今日という日が特別な1日となった。


10月からは有給が取れるようになるらしいので、今度は有給を取って60分コースに行ってみたいと思う。


※記事内で耳かき専門店のことをいかがわしそうと言及させていただきましたがこれは褒め言葉であります。不快に感じた方がいらっしゃったら申し訳ありません。

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