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中京のエースから中日のエースへ。髙橋宏斗を育てた「まぜそば屋」聖地巡礼

 名古屋市営地下鉄名城線・八事駅から徒歩五分の場所に、知る人ぞ知る聖地がある。
 その名も「歌志軒やごと店」。まぜそば(汁のないラーメン)を主に提供するチェーン店だ。お手頃な値段と多彩なトッピングで根強い人気を博している。名古屋圏の学生で知らない人はいないだろう。かく言う私も、高校時代によくお世話になった。
 数ある歌志軒の中でも、やごと店は一際異彩を放っている。何とこのお店、とあるドラゴンズ選手と深いゆかりがあるのだそうだ。

ドームでしか見たことがなかった「中日ドラゴンズサポート自販機」

 店の前にはドラゴンズ仕様の自販機がある。青色に彩られたフォルムが可愛らしい。写真には写っていないが、小憎らしい笑顔を浮かべたドアラが側面に印刷されている。
 中に入って、早速まぜそばを注文。威勢のいい返事が響く。待ち時間、私は息を大きく吸い、店の中を見回してみる。「彼」もかつて、この場所で同じ料理を食べていたのだ……。

ケースに入れられたユニフォーム。背番号19はいつだってエースの系譜だ

 そう、歌志軒やごと店は、髙橋宏斗を始めとする中京大中京の選手たちが、高校時代に足繁く通っていたところなのである。

 野球ファンで中京大中京を知らない人はいないだろう。夏の甲子園で全国最多優勝を誇り、稲葉篤紀や堂林翔太、近年では我らが期待のルーキー・鵜飼航丞を輩出している。
 この高校は、野球以外の分野にも強い。浅田真央や宇野昌磨を輩出したフィギュアスケート部、県内屈指の実力を誇る陸上部。学力レベルは年々向上しており、旧帝大に現役合格することも。まさに、文武両道の学び舎なのだ。
 中京大中京は、私にとって第二の母校と言って差し支えない。母校の応援もそこそこに、中京大中京の出場する試合は欠かさず観戦した。私の夏が終わるのは、彼らが敗退する時だった。受験校の一つに中京大中京を選んだのは、球児と共に高校生活を送りたいと思ったから。ブレザーの可愛らしい制服を見ると、今でも少し心が揺れる。

 髙橋宏斗は、世代一のピッチャーと言われた右腕は、甲子園の舞台に立てなかった。彼自身の責任ではない。コロナ禍という抗い難い事情があった。どれだけの悔しさがチームのメンバーを包んだのか、部外者の私は分からない。もし甲子園が開催されていたならば、中京大中京は間違いなく優勝候補の筆頭だったはず。大変喜ばしいことだが、その世界線の宏斗は、高卒でドラゴンズに入らなかったのではないか。考え出したら止まらない。様々な事情が巡り巡って、宏斗は今年、一軍で初勝利を勝ち取った。

やごと店オリジナルメニュー。筆者は魚粉とチーズをトッピング

 料理はすぐに提供された。お財布に優しいのがまぜそばの特徴だ。授業終わり、お腹の空いていた私は早速箸を取った。染み渡る独特のタレの味。トッピングが奏でるハーモニー。球児たちも同じものを食べていたのかと思うと、不思議と力がみなぎってくる。

 店の奥ではDAZN中継が流れていた。つくづく野球好きに配慮した店だ。料理を楽しみながら、野球を観戦することができる。奇しくも筆者がやごと店を訪れたのは、大野雄大が完全試合未遂の完封を成し遂げた日であった。ストライクを一つ取る度に、脳にピリリと緊張が走る。その刺激は、卓に置かれた唐辛子より強烈だった。
 席を立つその瞬間まで、大野は完全投球を続けていた。

宏斗と礼都。願わくば、優勝決定戦で...…

 食後、店長に話を伺った。店に飾られたサインは、卒業式の日に書いてもらったものだという。ユニフォームの他、色紙が二枚あった。一枚目はもちろん宏斗、もう一枚は巨人の中山礼都選手。ドームの中で躍動する彼らも、私たちと何ら変わらない、まぜそばを愛する高校生だったのだ。私は思わず笑みをこぼした。所属チームこそ違うが、かつて同じ夢を追いかけた仲間である。大舞台で二人が対決することを楽しみに待とうと思う。

 やごと店のまぜそばは、セ・パ両リーグの将来を担う球児の腹を満たしてきた。そして、それは今後も続いていく。店が続く限り、中京大中京の歴史も続くから。最寄り駅の改札を抜けても、ニンニクの風味は消えなかった。それはまるで、髙橋宏斗のスプリットのように、コクのある奥深い風味だった。

 2022年は、髙橋宏斗覚醒の年だ。ローテーションの一角を担う彼は、投球を重ねる毎に成長している。そう遠くない未来、髙橋宏斗は中日のエースに上り詰めることだろう。かつてのエース・吉見一起選手から継承した背番号19番。その重みは計り知れないが、宏斗ならきっと大丈夫。またいつか、この場所で。


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