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意地悪の黄色い薔薇

父は創業50年を越えるレストランのオーナー兼シェフである。
アーティストの様な風貌で昔からずっと女性の影が絶えなかった。

母は決してそれを受け入れず死ぬまで苦しみ抵抗した。私と姉は物心ついた時から母の悲しみを聞かされ、彼女の味方だった。

姉妹揃ってすっかり成人し、しばらく経った頃にお店の40周年記念パーティーが開催された。
地元のアナウンサーが司会を担当し、昔馴染みの地元企業の会長さんや料理人仲間、歴代従業員たちも駆けつけ有難いことに盛大な宴となった。

会場の出入り口は参加が叶わなかったお客さんに送って頂いたお花が道を塞ぎそうなほど大量に飾ってあった。
パーティーも終盤に差し掛かる頃、気の利かない娘たちに元従業員の一人がお客さんのお見送りにお花をお配りしたらどうか、とナイスな提案をしてくれた。

慌ててお花の確認に行くと色とりどりの花の中に異様に目立つ部分があった。
黄色い薔薇のみ、多分100本を超える量の花束。
花言葉に詳しくない私でも聞いたことがある。

黄色い薔薇の花言葉は「嫉妬」

これは・・・
完全に嫌がらせだろう。
姉と、手伝いに来ていた母方の叔母と三人でじっとそれを見つめた。

「これ、配ろうよ」

このような楽しい宴をどこの女か知らんけど、水をさされてたまるか。傷付けられてたまるか。姉も叔母も大興奮して頬を赤らめた。

「これを、お母さんに笑顔で配ってもらおう」

母は、本当は底抜けに明るく陽気な人で、他人の意地悪に相当疎い。
いつも全然気づかなくてずっと後になって悔しい思いをするのよ!と話していた事を覚えている。

私たちはお見送りのため出入り口へやってきた母に黄色い薔薇を差し出した。母は何一つ疑わずに晴れやかな笑顔で、父と父を長年支えた母を祝うために集まって頂いたお客さんにお配りしていった。

「まあ、黄色い薔薇??」

と勘のいいどこぞの叔母さまが立ち止まり動揺する場面もあったが、姉妹揃って

「ええ、とても綺麗ですよね。」

と笑顔で対応した。

その場に派手に存在した意地悪に気付くこともなく、笑顔でそれをへし折っていく母の様子が
無垢でとても可愛らしく、誇らしい気がした。

あの薔薇にどんな意図があったのか、はたまた実は何も他意のない贈り物だったのかは確かめようもない。
ただ一つ確かなのは意地悪は無垢な心には敵わない。悔しい思いをしたとしても、それは負けではないよ、母。

人生の数少ない晴れ舞台の裏で娘たちが意地悪合戦に勝利していた事は父も母も知る由もない。


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