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病院と猫

たいていの猫は動物病院が嫌いだ。普段は抱っこ好きで甘えんぼうな猫でも、病院に行くためにキャリーバッグやリュックを出すとそわそわして逃げようとする。はじめて猫を飼う人は、キャリーバッグに入れるための捕獲に半日かかることも珍しくないが、慣れればそれなりにコツは掴めるもので、なんとかなるようになる。

病院で診察中の猫の態度は全く猫によって違っている。10年前に一緒にうちにきた茶白と黒白の義兄弟もそうで、何からなにまで違っている。

茶白の弟は病院に行くと診察台の上でじっと固まるタイプで、レントゲンもエコーも採血も、飼い主の素人保定でも全く問題なく、撮影のために仰向けに寝かせればじっとそのまま仰向けになっている。どの先生にも看護師さんにもほめられなかったことがない。

一方、黒白の兄は診察台の上でじっとしていられず、隙あらば入ってきたリュックに戻ろうと全身で抗うタイプだ。カルテには「あばれる 保定注意」と赤字で記入されており、処置が始まる前にエリザベスカラーを持った看護師がやってくる。力もすごいので、引っかき傷は珍しくないし、少し気を抜くと採血の最中に針が抜けて診察台の上が血まみれになったりする。それでもダッシュで駆け込むのはリュックの中で、周囲を走り回ったりしないのは根がビビりな性格故だろう。

家に帰った時の態度が真逆なのも面白い。病院ではあばれん坊の困ったちゃんだった兄は診察が終わった途端に機嫌を直し、家に着くと「ご褒美ちゅーるはまだですか」と催促してくるのに、あれだけいい子でおとなしかった弟は家に着くといじけて隠れてしまい、半日は出てこない。

そんな茶白の弟は、1年前に10歳の誕生日を迎えてまもなく、虹の橋を渡ってしまった。桜が咲くころに癌がみつかり、月に2ー3回の通院時には毎回先生にほめられて、薬も上手に飲めて、いい子でいたのに、2度咲きした金木犀と一緒にあっけなく旅立ってしまった。

相変わらず病院で暴れる兄を抑え込みながら先生が「まったくこの子は、弟の爪の垢でも煎じて飲ませたいね」と笑う。「ほんとそうですよね」と保定を手伝いながら私も笑う。笑いながら、弟のことを先生が今も覚えていてくれることに心が温かくなる。そして冷房が効いた診察室で汗だくになっている先生と手に傷を作っている看護師さんには申し訳ないけど、兄の相変わらずのあばれっぷりに元気なんだと嬉しく思う。



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