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ラマダンなので、食べることについて考えてみた。

先週よりマレーシアでは、イスラム教徒が日の出から日没まで断食を行うラマダンに入った。もちろんイスラム教徒以外は通常通り飲食をするわけだが、いつもより飲食店をはじめ街中の人出がまばらなように感じる。

夫の会社では、日没の食事時間に合わせて早く退勤する取り組みをしているようで、いつもより帰宅が早かったりする。それくらいでしか、自分事として捉えられないラマダン。街中の半数くらいの人たちがずっと空腹に耐えているとは、なかなか不思議な感覚である。

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ところで、最近いくつかのコンテンツに出会い、「食べること」について掘り下げて考える機会があった。

きっかけとしては、こちらのnoteを読んで、鳥取にあるパン屋「タルマーリー」を知ったことだ。

気になったので、パン屋「タルマーリー」を営む渡邉格さんの本を読んでみた。

脱サラしてパンの世界に魅せられた渡邉氏が、真の「天然」酵母とマルクス経済を追求していった結果、とある集落でのパン屋「タルマーリー」を開業し、新しい暮らしにたどり着いたという話。こちら、ただの美味しいパンを売るパン屋とは全然違う。本当に体に良いもの、地域経済、ステークホルダーの幸福に、真摯に向き合っている。その結果行きついたのが、自然栽培のお米を使った天然酵母、地域の食材を使うこと、週3の定休日、年間1カ月の長期休暇、利潤を生みださない経営などで、理想的な形。でも容易ではないことがよくわかる。

「右肩上がりに成長しないのは死んだも同然だ」的な思想が、経済活動の世界にはある。スタートアップにいたときなんてまさにそうだった。それは事業の規模を大きくして多くの利益を生み出していくためであるが、そもそもそれは幸せなのか。需要に対して供給が過多になり廃棄される食品、安く多くの製品を作るために過酷な労働を強いられる人、マーケティング文句と踊らされ実情を知らずに口にする消費者。もはやそれは何のための活動なのか、という話である。

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また、先日Netflixでドキュメンタリー「SEASPIRACY」を見た。邦題だと「偽りのサステナブル漁業」というのだそうだ。

すごくおおざっぱに言えば、魚を人間が食べることにより地球環境を破壊している、という話だ。

どうしてもヴィーガン団体の発信は、過激さに拒否反応が出てしまう。。客観性を高めるべくあらゆる数字が並んでいたが、作者の感情が強すぎてなかなか入ってこなかった、、、とはいえ、事実として漁業で行われていること、それに自分も加担しているということはよくわかった。

ヴィーガンについては、先日この記事を読んで数日ぼんやりと考えていたところだったので、改めて考えさせられることになった。SEASPIRACYと異なり非ヴィーガンの立場から、平易な言葉で書かれているので読みやすい。

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人間が肉と魚を今まで通り食べる限り、地球の生態系は破滅に向かっていき、息子たちが大人になるころには食事のスタイルが大きく変わっているのかもしれない。

少しでも食い止めるため、自分にできることってなんだろう、と考えた結果、少しでも動物性の食事を減らせないかなという結論に至った。

最近マレーシアのスーパーに並んでいたマルコメの大豆ミートを食べてみた。以前夫と大豆ミートの話になった際に「絶対に肉じゃなかったらわかる」と言っていた夫でもわからないほど、精巧に作られた人工肉だった。

小さすぎることだけど、少しずつ自分にもできることをしていこうと思う。

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