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◎青い夢

 僕は小高い丘の草の上に膝を抱えてすわっていた。青空に高くすじ雲がうっすら棚引いている。下には青田の苗がさやさやと淡い緑にきらめいて、風の渡っていくのが知れる。田んぼは二枚あって、間を分かつあぜ道が右から左へと直ぐに貫いている。田の向こうは山だ。裾から鮮やかな青葉の樹々が森をなしている。森の中に社があるのだろう、麓に石段の何段かと、灰色の石の鳥居が見えている。うららかな明るい陽射しが何とも心地いい。ここでこうしてしばらく休んでからあの石段を登るつもりだ。探しているものが見つかるはずだ。僕は穏やかな良い気分の中にいた。
 と、突然何やら声がして、見ると右の方からあぜ道を十歳くらいの男の子が一所懸命に駆けて来る。左の肩に虫取り網、頭の上の麦藁帽を片手で押さえながら。その足元を柴犬だろうか、子犬が一匹これも必死に走っている。それからやや距離を置いて似たような男の子がもう一人、半ズボンに白シャツ一枚で、声を上げたのはこの子だろうか、後を追うようにして走っている。続いて色とりどりの大人たちの何とも奇妙な一列縦隊。子供たちに比べると走りっぷりがぎこちない。着物の裾がからむのか、手を振り上げドタバタと騒々しいばっかりで、そう言えば、顔も怒っているのか泣いているのか、まるで漫画でも見るような。
 とりどりなのは色ばかりではない、この一団、よく見ると実に面妖な組み合わせ。白づくめは看護婦に医者、墨染めをからげた素足は坊さんだ。紺の制服はどうやら郵便配達、白抜きの前垂れに長靴履いたは大根手にした八百屋のおやじと見える。ずっと遅れてもう一人、これは自転車に乗った巡査、腰に警棒が揺れている。笛をくわえようとして、アッ、転倒して頭から田んぼの中に!
 先頭の子供はもう左の彼方に駆け抜けた。にぎやかな一隊も通り過ぎて、泥にまみれた巡査が今、これも泥だらけの自転車を走らせて行った。笛がどうなったかは定かでないが、帽子を田んぼに置き忘れたのは間違いない。

 再び静けさが訪れた。先と変わらぬすじ雲が高く青い空に流れている。向かいの森の木の下闇に石の鳥居が見えている。ここでこうしてしばらく休んでからあの社の石段を登ろう。探し物が見つかるはずだ。僕は穏やかな良い気分の中にいた。
 と、突然叫び声がして右からあぜ道を子供が一人駆けて来る、麦藁帽をおさえながら。足元にはあの子犬がまとわりついて……

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