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第三章『梓沙』

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 穂乃香から連絡があったのは水曜日の夜、梓沙が風呂上がりで部屋に戻って来たタイミングだった。
 向こうの候補の日時を聞いた梓沙は、問題ないと穂乃香に伝える。要件も済んだ為、お礼を言って通話を切ろうとしたが、穂乃香に阻止され、そこからはデートプランについて長々と話しを聞かされる羽目になった。



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 次の日。
 梓沙はいつもより早く登校して、生徒玄関から渡り廊下を歩き到着した体育館の中を覗いた。
 男子バスケ部が朝練をしている光景を眺めていた梓沙の姿に気づいた光一が、バスケットボールを小脇に抱えて走り寄って来た。

「梓沙、おはよう。どうした、今日はいつもより早い登校だな」

「…おはよ。昨日の夜、竹内さんから連絡があったぞ」

「!、なんて?」

「霊能力者の人が、今日の夕方から時間つくれるって。竹内さんが仕事終わりに車で迎えに来るから、十七時半に高知駅で待ち合わせをする」

「そっか、思ってたより早くて良かったな」

 光一は安堵の表情を浮かべた。

「それ、わざわざ言いに来てくれたのか。教室でもよかったのに」

「別に…。で、光一も来るんだろ。霊を浄化させる現場に無関係の人が居るのは正直邪魔だって、竹内さんが言ってたぞ」

「邪魔って…。はいはい、だったら外で待つから。とにかく、行くったら行く。これに関しては何を言われても引かないからな」

「そう言うと思って、光一も同行することは伝えてある」

 やれやれと呆れ顔の梓沙だが、逆に光一は嬉しそうな顔をして笑った。

「そういえば梓沙って、帰り遅くなると母親に怒られるんだろ。大丈夫なのか?」

「そっちこそ。何度も部活休んで大丈夫なのかよ」

「まぁ俺は、その分朝練サボらずにやってるから」

 光一の後ろで、ドリブルする動きを止めた部員の一人が声を上げる。

「光一!早くしろよ、まだメニュー終わってないぞ!」

「ああ、今行く!」

 後ろを振り返って返事を返した光一に、梓沙は暗い顔つきで言った。

「…じゃあ、俺は教室行くから」

「え、朝練最後まで見学していかないのか?」

「する意味がないだろ」

「入部してくれるのか、期待してるんだけどなぁ」

「バスケは興味ないって言っただろ」

 梓沙は背を向け、教室に向かって歩き出した。


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 放課後。
 高知駅の南口で待っていた二人を見つけた穂乃香は、車を停車させて窓を開けると手を振って呼びかけた。

「梓沙く〜ん会いたかったぁ、相変わらずかっこいいね〜!あ、光一くんだ、ちょっとぉ何その虫を見るような目つき、不愉快なんですけどぉ」

 梓沙の時は弾んだ声で手を振る笑顔の穂乃香だが、光一の時はがらりと態度を変えて不機嫌顔になる。
 梓沙は苦笑いで、光一はつんとした顔で、車の後部座席に乗った。



 高知市の南東部に向かう車中で、穂乃香は言った。

「名前は長岡菊江ながおかきくえさん。私は菊さんって呼んでる。年齢は確か四十代前半だったかな。昔は霊能力者として依頼も受けてたけど、今は引退して、実家の農業で仕事をしてるんだよ」

 今から向かうのはその霊能力者–––菊江の家で、浄霊はそこで行うという。
 通常、浄霊は現場で行うが、こちらの都合で勝手なことはできない。社長の美代子に理由を話し許可を得なければならないし、社員にも多少の迷惑をかけることになる。それだと浄霊がいつになるか分からなくなるからと、穂乃香は菊江さんに相談して場所を変えたそうだ。


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 国道から外れた田圃の道を進んだ先にある丘の上に、長岡家の立派な古民家はあった。
 駐車スペースに車を駐め、三人は車から降りた。

 芝生の庭から犬の鳴き声がした。縁側の近くに赤い屋根の犬小屋があり、そこに繋がれた白い毛並みの紀州犬が尻尾を振りながらこちらに向かって吠えている。
 穂乃香が片手をあげて「ハヤテ、久しぶり、元気だねぇ」と犬に挨拶した。すると玄関扉がガラガラと開き、女性が出て来た。

「いらっしゃい、穂乃香ちゃん」

「お久しぶりです、菊さん」

「後ろの二人が、須藤梓沙君と叶光一君ね。はじめまして、長岡菊江です」

 菊江は柔和な笑顔を浮かべた。梓沙と光一ははじめましてと会釈する。

「明るい髪色の子が梓沙くんで、私の未来の彼氏なんですよぉ」

 てれ顔の穂乃香に、あらまぁと驚いたように呟いた菊江は梓沙を見た。いや違います!と、声には出せず内心で全力否定した梓沙の隣で、光一が口元を手で押さえてそっぽを向き小さく肩を震わせている。笑っている光一を梓沙は後で殴ると言わんばかりの目つきで睨んだ。


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 縁側のある広い和室で、お茶と和菓子を口にしながら菊江の話を聞く。

「穂乃香ちゃんから事情を聞いてすぐ、母親が自殺した建物とアパート周辺の動画と写真を送ってもらって、霊視を行ったわ」

 菊江は梓沙と目を合わせ、言った。

「母親の霊はあの建物を離れて移動している。今は貴方の近くにはいないけど、貴方のことを捜しながらどこかを彷徨っているのかもしれない」

 梓沙は緊張した面持ちで菊江の話を聞く。

「あとは、アパートの外。そこに子供がいるの。五歳くらいの男の子よ」

「私が悩まされていた男の子の霊ですね」

 穂乃香と短く目を合わせた菊江は頷き、手元の湯呑みに視線を落とす。

「男の子はアパートの外でずっと母親の迎えを待っている…そういう感情が伝わって来たの。母親は息子を捜している。母親を息子の元へ導いてあげられれば、親子一緒に浄化させることができるかもしれないわ」

 顔を上げた菊江は三人に向かって微笑む。

「浄霊のために準備した部屋があるから、そこで浄霊を試みるわね。その場に無関係の人は入れられないから、穂乃香ちゃんと光一君はここで待っていてもらえるかしら」


 二人をその場に残し、菊江と梓沙は別の部屋へと移動した。


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 壁にかけられた蝋燭の灯が照らす四畳半の和室で、梓沙と菊江は向かい合って正座をした。
菊江は梓沙に、自分と同じ数珠を手渡した。それを受け取った梓沙は、菊江から浄霊の流れについて説明を受ける。

「今から母親をこの部屋に引き寄せるわね。私が母親に息子の居場所を伝えたあと、母親が息子の元へ辿り着けるように導いている間は、貴方は決して声を出してはいけない。浄化が終わるまでは声を出さず、じっとしていること。いいわね」

「はい…」

 不安な顔をしている梓沙に向かって菊江は優しく微笑むと、用意していた白いシーツを梓沙の頭からかけた。梓沙の体はシーツに覆われた状態になる。そのシーツの数カ所にはお札が貼られていて、結界のような役目をしていた。
 両手を合わせた梓沙は口を固く閉じると、俯いて目を閉じた。

「じゃあ、始めるわね」

 そう囁いたあと、少しの間をおいて、菊江はお経を唱え始めた。



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「ハヤテ、おすわり」

わんっ

「お手」

ハッハッハッ

「よーしよし、お前賢いなぁ」

 縁側に腰掛けている光一は、自身の足の間でおすわりをして、手のひらに前足を乗せているハヤテの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ちょっとぉ光一くん、私の話聞いてる?てか私の存在無視してるでしょ」

 後ろから穂乃香の不満な声がするが、光一は振り返らずにハヤテの体を撫でる。穂乃香は光一に話しかけていたらしいが、光一は穂乃香が独り言を呟いていると思っていた。まぁ話しかけられても相手はしないが。

「は〜ぁ…。梓沙くん、大丈夫かなぁ」

 穂乃香は頬杖をついて呟くと、中身を飲み干した湯呑みをぼーっと見つめる。

「……、?」

 急な冷気が、首筋から背中にかけて流れ、体に鳥肌が立った。
 背後に、嫌な気配。
 背後に、何かいる。
 そう気づいた瞬間、身動きがとれなくなり、耳鳴りが周りの音を消した。

(何、なんなの⁉︎)

 すぐそこまで、その気配は来ている。
 心の中で悲鳴を上げた。
 助けて、助けて。
 背中から圧迫される。
 何かが、体の中に入り込んでくるのを感じた––––




ゔ〜、ワンワンッ!

「うわっ、急にどうしたハヤテ…」

 ハヤテが、光一の後ろに向かってけたたましく吠えた。不思議に思った光一は振り返り、視線を室内に向けた。

「あれ?」

 テーブルのそばに座っていた穂乃香が、いない。
 トイレにでも行ったのかと思ったが、部屋に残された酷く嫌な感じがする冷たい空気に肌が触れた瞬間、光一は得体の知れない緊張感に襲われた。ハヤテは、和室の出入り口を見つめたまま、ゔ〜と低い唸り声を上げ続けている……


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 薄明るい和室。
 シーツに視界を遮られた中、梓沙は菊江のお経に意識を集中させていた。

 ふと真横から、ひやりとした冷気を感じた。その冷気はシーツと畳の隙間からすーっと入ってくるように、足元を撫でる。
 何か、異変が起こりはじめた。
 そう気づいた時、真横の襖がゆっくりと開く音を聞いた。

(……なんだ?)

 お経が一瞬止まったが、すぐに再開された。梓沙は、声を出してしまわないように口を固く結ぶ。
 開いた襖から、誰かが入って来る。
 畳が素足に擦れる音。
 顔を引き攣らせた梓沙は、目だけを動かして気配の動きを追う。


「………どこに……いるの……」

 頭上から聞こえたのは、穂乃香の声だった。

 菊江はお経を唱えながら、虚な目をして立っている穂乃香を見上げた。

(母親が、穂乃香ちゃんに憑依している…)

「……捜して……、ケンちゃんを……捜して…」

 穂乃香の口から囁かれる言葉。明るくて元気な彼女の声とはまるで別人のように、暗く、低い声。

 菊江はお経を止めると、穂乃香に向かって慎重に口を開いた。

「貴女の息子さんは、貴方と一緒に暮らしていたあのアパートにいるんですよ。息子さんは貴女の迎えを待っています。早く迎えに行ってあげ、」

「違うッ‼︎」

 穂乃香は声を張り上げた。
 菊江は息を呑み、梓沙はびくりと体を震わせ、驚いた拍子に漏れそうになった声を手のひらで押さえた。

「ケンちゃあん……ケンちゃんどこぉ…どこにいるの…ねぇ…」

 体をゆらゆらと揺らし、辺りを見回す穂乃香はか細い声で言う。

「……ねぇお願い…捜して……ケンちゃんの、中にあるのよ……、ねぇお願い……捜して…」

「中?中とは、どういう意味ですか?」

 菊江が冷静に問いかけると、穂乃香の動きがぴたりと止まった。

「………………………、返してよ…」

 低い声には、怒気が込められていた。

「…返してよ……返して、返せぇええっ‼︎」

 穂乃香が菊江を睨みつけ、いきなり掴みかかった。胸ぐらを掴まれた菊江が後ろに押し倒される。抵抗しながら、菊江はお経を唱え始めた。

(まずい…!)

 梓沙は二人を引き離そうと、頭からシーツを払いのけようとした。その時、騒ぎを聞きつけた光一が部屋に入って来て、菊江の上から穂乃香を引き剥がした。

 菊江は光一に、穂乃香の体を押さえつけるように頼み、光一が押さえつけている間に、お経を唱えながら、穂乃香に憑依している母親を自身に憑依させるように試みた。

「––––––!」

 声にならない声を上げた穂乃香は、畳の上に横たわったまま気絶した。
 光一は困惑した顔で穂乃香を見下ろす。
 菊江は額の汗を拭い、呟いた。

「……、駄目…逃げられたわ…」


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 静かな和室で、梓沙と光一はテーブルのそばに並んで正座をし、待機していた。
 湯気を上げる湯呑みから視線を逸らした光一は、隣にいる梓沙に視線を向けた。

「梓沙、大丈夫か?」

 光一は話しかけたが、梓沙は俯いたまま何も言わない。
 梓沙を心配してその顔を覗き込むと、暗い瞳と目が合う。

「……血」

「え?」

 梓沙がすっと手を伸ばし、指の背で光一の右頬を軽く擦った。ピリ、とした鈍い痛みが走り、光一は右目を細める。

「あぁ…多分、竹内さんに引っ掻かれたんだろ。大したことない傷だし、平気だ」

「……」

 梓沙は何も言わずに手を下ろした。その時、廊下から響く足音とともに、襖が開いて菊江が入って来た。

「長岡さん。彼女、大丈夫ですか?」

 光一が穂乃香の様子を聞くと、菊江は口元に笑みを浮かべた。

「えぇ、大丈夫よ。今は寝室でぐっすり寝てる。朝まで様子を見たいから、穂乃香ちゃんはこのままここに泊まらせるわ。貴方達は、私の夫が駅まで送り届けるわね」

 穂乃香が無事だと聞いて、光一はほっとした。
 菊江はテーブルを挟んで座ると、俯いたまま何も言わない梓沙を少しだけ見つめ、それから光一を見て言った。

「光一君。さっきはありがとう。貴方のおかげで、穂乃香ちゃんに憑依していた母親を彼女から追い出すことができたわ」

「いえ、俺は何も…。あの…浄霊は、上手くいかなかったんでしょうか」

 菊江は暗い表情になり、力になれなくてごめんなさい、と沈んだ声で謝る。光一が慌てて口を開くより先に、菊江は続けて言った。

「私が感じたのは、母親が捜しているのは息子ではなくて、誰か別の人…ということよ」

「え…?」

 光一は目を見開いた。
 僅かに視線を上げた梓沙は、母親に憑依されていた穂乃香が口にした言葉を思い出す。

 “ケンちゃんの、中にあるのよ……”
 “ 返してよ……返して、返せぇええっ‼︎”

「穂乃香ちゃんから母親を私の方に憑依させて、一体何を返して欲しいのか聞き出そうとしたけど、拒否されてしまった。逃げた母親をもう一度呼び寄せることはそう簡単にはいかなくなったわ……。けど、穂乃香ちゃんに憑依をした母親が、もしかしたら穂乃香ちゃんに何か伝えている可能性がある。穂乃香ちゃんが回復したら、憑依されていた間の話を聞いてみるわね」

 菊江はそう言ったあとに、光一の頬の傷に気付いて、「あら大変、絆創膏があるから、持ってくるわね」と腰を上げて部屋を出て行った。縁側で大人しく寝ていたハヤテが急に吠えて尻尾を振る。玄関扉が開く音と、菊江の夫がただいまーと言う声が聞こえた。


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 菊江の夫の車で高知駅まで送ってもらった二人は、そこから電車に乗った。
 電車に揺られながら、頬の絆創膏に指先で触れた光一は、小さくため息をつく。

(結局、問題解決にはならなかったな…)

 そう思った時、隣に座っていた梓沙の頭が光一の肩に乗った。驚いた光一は梓沙を見る。

(きっと疲れたんだな…そのままにしておくか)

 そう思ってすぐ、ぐったりとした梓沙の息遣いが微かに荒いことに気づいた。梓沙の額にそっと手をあてて驚く。

「梓沙、お前、熱があるぞ」

「……、…」

 熱で頭がぼぅとしている梓沙は、うっすらと目を開けた。
 光一の肩にもたれかかっていたことに気づいた梓沙はすぐに体を起こそうとしたが、光一に肩を抱かれて動きが止まる。

「駅に着いたら起こすから今は寝てろ。家まで送って行くから、駅からの道案内は頼むな」

「…、……」

 そこまでしなくていい、と口にしようとしてやめた。光一なら即却下するだろうと思ったからだ。
 梓沙は諦めて、目を閉じた。



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 マンションにたどり着いた頃には、梓沙の足は、支えを失ったら地面に崩れ落ちるほどまで限界に来ていた。
 ぐったりした体を、自分よりも背が低い光一に支えてもらいながら歩いているが、運動部でしっかりと筋肉がついている光一からすると、もやしっ子な梓沙の体重を支えるのは全く苦ではなかった。

 エレベーターから降りて、梓沙に言われた部屋番号を確認してからチャイムを鳴らす。

『はい、どちら様…』

 母親の声がモニター越しに聞こえてきた。

「夜分にすみません。俺、梓沙の同級生の叶光一といいます。梓沙の具合が悪いので、ここまで付き添いで来ました」

『え、大変。ちょっと待ってね』

 ドアが開いて、母親が顔を出した。
 髪色、瞳の色、肌の色も梓沙と同じで、雰囲気も似ている。

「こんばんは。梓沙、高い熱があるみたいなんです」

「今朝は何ともなさそうだったのに…」

 母親は、光一の肩口に顔を埋めている梓沙の頬に手を当てて、心配そうにその顔を覗き込んだ。

「とにかく早くベッドに…あぁ体温計どこにやったかしら…風邪薬もないし、その前に、何か食べられるものを…」

「あ、あの、落ち着いてください」

 軽くパニックになっている母親に光一は言った。母親の泣きたそうな目が光一を見る。

「貴方、えぇと名前…」

「光一です」

「そうそう、光一君…。光一君、申し訳ないんだけど、梓沙を部屋のベッドまで運んでもらえないかしら…」

「はい、わかりました」



 梓沙の部屋まで向かい、梓沙をベッドに寝かせた後、光一は部屋を出た。リビングでは、母親が買い物袋に財布を入れている最中だった。

「出かけるんですか?」

「あら、光一君、ありがとう。えぇ、体温計も風邪薬もないし、近くの薬局とスーパーに今から行って来るわ」

「じゃあ俺、留守番してますよ。梓沙を一人にしておくのは心配なんで、そばにいます」

「…でも、遅くなると親御さんが心配するわ」

「大丈夫です。連絡入れておくんで」

 屈託のない笑顔を見せると、母親はやっと安心した表情で笑みを浮かべる。

「ありがとう光一君。本当に助かるわ。それじゃあ、留守番宜しくね」




 部屋に戻った光一は、ベッドの縁に背中を預けて床に座った。片付いているというよりは物が少ない梓沙の部屋を観察する。

「……光一…」

 後ろから梓沙の掠れた声が聞こえた。光一は振り返り、毛布から頭だけを出してこちらに体を向けている梓沙の顔を見下ろした。

「どうした、梓沙」

「……母さんは…」

「風邪薬とか買いに出かけたよ。俺はお前が一人だと心配だから、留守番中」

「………光一」

「うん?」

「……、送ってくれて助かった…ありがとな…」

「お、梓沙が素直だ。風邪のせいか」

 梓沙はむっとした顔で光一を睨んだ。ベッドの縁に頬杖をついた光一は、にこっと笑う。

「なんちゃあない、困った時はお互い様だろ」



 目を閉じた梓沙は、しばらくして眠ってしまった。
 夜風にあたろうと、光一はベランダに出た。柵に手をつき、もう片方の手で首元のネクタイとボタンを緩めて、住宅街の明かりを見つめる。
 しばらくぼんやりとしていると、上の階のベランダに人が出て来た音が聞こえた。

「須藤君…、あ」

「え?」

 驚いた光一は上を見た。黒髪のショートカットの女子と目が合った。

「……」
「……」

 お互いに、無言で見つめ合う。
 先に目を逸らしたのは柚瑠だった。

「…須藤君の、友達?」

「あ、はい。えと、西村柚瑠先輩ですよね」

「…私のこと、知ってるんだ」

「はい。俺、梓沙のクラスメイトの叶光一っていいます」

 光一は軽く笑みを浮かべた。だが柚瑠は無愛想な表情だ。

 光一が西村柚瑠を知っていたのは、一年の頃に、クラスメイトの美術部の女子が光一に柚瑠の話をしたからだ。

 その女子は、美術部に幽霊が見える先輩がいると言った。

 その先輩–––柚瑠は、部員の誰とも口を利かず、いつも部室のグラウンド側の隅で絵を描いているような人だった。

 その女子は、柚瑠が席を外している間にスケッチブックを勝手に開いて中の絵を見たことがあった。そこには、時代が古そうな着物を着た子供たちが手を繋いで輪になって、グラウンドの片隅でかごめかごめをしているような様子の絵が描かれていたという。

 気になったその女子は、柚瑠と同学年の美術部の先輩に彼女について聞いてみた。すると、西村柚瑠には幽霊が見えるという噂があることを知った。その後、柚瑠は三年になってすぐ美術部を退部している。


「先輩、梓沙と仲がいいんですか?」

 光一が尋ねると、柚瑠はちらっと光一を見て首を振った。

「違うよ。…ただ、ちょっと借りがあるから、早く返したいだけ」

 へぇ、と光一は呟いた。梓沙と柚瑠の貸し借りに興味が湧かない訳ではないが、自分が知る必要はないことだ。

「先輩、梓沙に用があったんですよね。それが梓沙の奴、今具合が悪くて寝てる、」

「別に用はないよ。それじゃ」

 柚瑠はそう言ってさっさと室内に戻って行った。光一は浮かない表情でしばらくそこに居たが、体が冷える前に室内に戻った。



 再びベッドを背にして座り込んだ光一は、梓沙の母親が帰って来るまでの間を、スマホをいじって無言で過ごした。

 やがて玄関のドアが開く音がし、母親の「ただいま。光一君、遅くなってごめんなさい」という声が聞こえて来た。

 光一は腰を上げて、スクールバッグを肩にかける。部屋を出る前に梓沙の寝顔を見た。微かに眉が寄っているが、深く眠っている。

 「おやすみ」と小さく声をかけてから、起こさないようにそっとドアを開けてリビングに出た。


 テーブルの上に買って来たものを出しながら、母親が光一に気づいて振り返る。

「あ、光一君。お留守番、ありがとう」

「いえ。梓沙、ぐっすり眠ってます」

「そう、よかったわ」

 母親はほっとして、頬を緩ませた。
 改めて見ると、梓沙に似ている。梓沙は母親似なんだなとぼんやり思った。

「光一君。梓沙のことでお世話になったから、何かお礼をしたいんだけど…。甘い物は好き?さっき偶然見かけた洋菓子店で、焼き菓子を買って来たの。よかったら持って帰って、家族みんなで食べてちょうだい」

 大きな箱が入った袋を手渡された。いろんな種類の詰め合わせを買ったようで、箱には重みがある。
 光一は笑顔でお礼を言う。

「ありがとうございます。いただきます」

「いろんな種類があったから、たくさんある箱を選んじゃったけど、賞味期限は三週間くらい持つわ」

「妹と弟がいるんで、多分あっという間に無くなります。これだけ種類があると喧嘩にならずに済むから、凄く有り難いです」

「あら、そうなのね、良かったわ。ふふ、きっと家は賑やかね」

 母親の表情が和らいだ。
 だがその表情はすぐ、陰のある悲しげな表情に変わる。

「梓沙から聞いているか分からないけど、私は高知の四万十市出身なの。…でも、両親は先に亡くなっていて、頼りになる親戚もいないから、仕事がしやすい高知市こっちに住んでるんだけど。…随分と長い間地元を離れていたから、思っていたよりも、こっちの人間関係や環境に馴染むのに大変で…。だから、梓沙のことが心配なの。あの子の性格で、こっちの学校や環境に馴染めているのか…。あの子、私に学校のことは何も話してくれないから…」

 母親は、光一から目を逸らして俯き加減でそう話した。
 そしてすぐ、ハッとしたように顔を上げて無理矢理な笑みを浮かべる。

「私ったら…ごめんなさい、余計なこと話しちゃって…」

「いえ…」

 光一は少し考えて、母親に笑顔を向けて言った。

「俺、梓沙の席の後ろなんです。休み時間はずっと梓沙に絡んでるんですけど、あいつと話してると何か落ち着くんですよ。余計なこと考えず、素でいられるっていうか…。梓沙が俺をどう思ってるか分からないですけど、俺は梓沙を友達だと思っています」

 光一の言葉に、母親の顔がだんだんと明るさを取り戻す。

「俺のクラス、みんな仲がいいんです。だから梓沙もきっと上手くやっていけると思います。俺がサポートしますよ」

「…ありがとう、光一君」

  心の底からホッとしたような表情を浮かべて、母親は言った。

「梓沙に貴方みたいな素敵な友達がいてよかったわ。これからも、梓沙のことを宜しくね、光一君」

 光一は笑顔のまま、はい、と頷いた。


■■■

 次の日、熱は下がったが梓沙は学校を休んだ。光一からアプリを通して体調を心配するメッセージが届き、梓沙は一言『平気だ』と返した。

 その日の夜、穂乃香から連絡があった。
 電話の向こうからは弾んだ声が聞こえてくる。いつもの調子に戻っている穂乃香に安堵した。穂乃香は、憑依されていた間の記憶がぼんやりしていて、うまく思い出せないことを梓沙に伝えた。

『ごめんね、梓沙くん…結局力になれなくて…』

 穂乃香の沈んだ声を聞いた梓沙は、笑みを含ませた声で「そんなことないです。竹内さんには感謝しています」と伝えた。すると穂乃香から『梓沙くん〜!会って抱きしめたい!』という相変わらずなセリフが聞こえ、梓沙は苦笑いを浮かべた。



 通話を終えた後、ベランダに出た。
 夜風が、後ろで結んでいない髪をさらさらと揺らす。しばらく外の景色を眺めていると、上の階のベランダから音が聞こえた。上を見ると、柚瑠と目が合った。梓沙は笑みを浮かべる。

「こんばんは、西村先輩」

「…こんばんは、須藤君」

 梓沙の憂いを帯びた顔を見て、柚瑠は胸がドキッとした。動揺を悟られないよう、慌てて顔を逸らす。

「な、何かあったの?」

「え?いや、何もないですけど」

「そ、そう…」

「あの、先輩。例のやつ決めました。一つだけ、なんでも言うことを聞くってやつ」

 やっとか、と内心思った。柚瑠はそれを聞くために、梓沙がベランダに出る音を聞いたら自身もベランダに出るようにしていたのだ。

「じゃあ、聞かせてよ」

「明日土曜日ですけど、先輩、何か予定ありますか?」

「何もないよ」

「じゃあ、観光案内をお願いしたいんです。こっちに引っ越して来て、まだどこも見にいけていないから」

「いいけど…。どこか行きたいところあるの?」

「高知市内の範囲でなら、どこでもいいです」

「じゃあ、高知城とかかな。…まぁ、適当に考えとくよ」

「ありがとうございます」

「何時に待ち合わせする?」

「じゃあ…十一時に。高知駅前でどうですか?」

「うん、いいよ」

 ありがとうございます、と言って梓沙は微笑んだ。柚瑠はちらっと梓沙に視線を投げ、「じゃあ…おやすみ」と素っ気なく言って部屋に戻って行った。


■■■

 翌日。
 柚瑠は朝早くから悩んでいた。
 そう、服装だ。
 普段の私服だと、かなり地味だ。
 一緒に出かける相手は、学校でも女子の噂の的になっているイケメン男子。その隣を歩くなら、おしゃれな私服でないと恥ずかしい気がしてならない。

 ベッドの上に上下の服を何度も並べては、「いや違う…なんか地味…」とぶつぶつ呟きながら真剣にコーディネートを考えている自分にハッとして、思いっきり首を振った後に深呼吸をし、浮かれた気持ちを静める。

「普通でいいじゃん…地味じゃない程度に、普通なら恥ずかしくない…」

 デートではないのだ。張り切る必要性は全くない。
 それでも、普段服装には全く興味がない柚瑠の頭では、今ある服でどうやってコーディネートすれば普通になるかが分からない。

 ううん…と悩んでいると、引き出しの中にずっと眠っていたファッション雑誌のことを思い出した。急いで何冊か取り出した雑誌を机の上に広げて、参考にし始める。

「…東京だと、おしゃれな女子が多いだろうし…きっと、そういう女子とも一緒に出かけたり、付き合ったりしてたんだろうな…」

 東京で活躍するモデルの子を眺めながら、そんなことを思う。

「………」

 めくったページを見て、手が止まった。
 見開きを使って春のデートファッションを紹介している、黒髪長身の綺麗な少女。
 この少女を、柚瑠は知っている。
 この少女は昔、柚瑠の友達だった。
 けど、その関係はもう…

「…っ…」

 手に力が入り、ページにくしゃりと軽くしわが寄った。
 柚瑠はページを睨みつけるように見つめて、眉を顰める。
 沸々と湧き上がる、劣等感。
 雑誌を乱暴に閉じて、片付けた。

(…見なきゃよかった)

 雑誌も、いつまでも取っておかずに、全部捨ててしまおう。次のゴミ出しの日付けを頭の中で思い出しながら、柚瑠は簡単にコーディネートが出来る無地のワンピースを選び、それに着替え始めた。


■■■

 待ち合わせ場所には、先に梓沙が到着していた。
 柚瑠が近づいて「おはよう、須藤君」と声をかけると、顔を上げた梓沙は軽く笑って「おはようございます。今日は宜しくお願いします」と、丁寧に挨拶した。


 二人は帯屋町を歩いて、ひろめ市場の前を通過し、高知城へと向かった。
 この辺りは県外の観光客も多く、外国人もちらほら見かけた。
 二人は城の内部から最上階へ行き、そこから高知市街の風景を眺める。
 梓沙の隣に並び、その横顔をちらりと見た柚瑠は、いつもの調子を意識して彼に尋ねた。

「ねぇ、東京の人から見た東京の魅力を教えてよ」

 急な質問に、梓沙は柚瑠の頭を見下ろして困った顔をする。

「魅力…。いや、特にないです」

「なにそれ。地元愛薄いなぁ」

「じゃあ逆に、高知の魅力を教えて下さい」

「あー……うん、特にないかも」

 地元愛が薄い二人だった。

「…西村先輩は、進路ってもう決まってるんですか?」

「あー…まだ決めてない。早く決めなきゃいけないけど…」

 柚瑠は遠くを見つめる。

「どこに行っても、結局は、生きづらいんだよね…」

 悲しげに、独り言を呟いた。
 その横顔を見た梓沙は、彼女の気持ちに、共感を覚えた。

「俺も…」

「…?」

 柚瑠は梓沙を見た。
 つらそうな表情を浮かべていた梓沙が目を逸らし、前を向く。

「なに?」

「いえ…なんでもないです」


■■■

 ひろめ市場の前まで戻って来た梓沙と柚瑠は、そこで光一と出会して立ち止まった。お互いに『あ』の表情で一瞬固まる。

「へぇ、奇遇だな梓沙。あ、西村先輩こんにちは」

 一緒にいる二人を珍しそうに見た光一は、誰もが好感度を上げる笑顔をぱっと浮かべた。

「もしかして、デート中だった?」

「「違う」」

  二人の口から出た力強い一言が被った。
 梓沙はむすっとした顔で、笑っている光一に言った。

「光一こそ何してるんだよ。一人か?」

「俺はさっきまで宮﨑の買い物に付き合ってたんだよ。他のクラスメイトとカラオケで合流するから行こうって誘われたけど断った。そのまま帰るのもあれだし、昼食をひろめ市場の中でとろうかと思ってたんだけどな。二人もそうだったのか?」

 そういう流れではなかったが、梓沙はそのひろめ市場が気になっていた。中からは活気あふれた声が聞こえてくるし、人がたくさん出入りしている。中はどんなふうになっているんだろうか。
 真横のひろめ市場を気にしている梓沙に気づいた柚瑠は、まぁいいかと内心で思い、言った。

「私もお腹すいたなぁ。須藤君、観光地のひろめ市場で何か食べよう」



■■■

 中のイートインスペースで、光一も加わり昼食をとる。

 すると、隣の席で昼間からビールを飲みながら食事をしていたおじさん達の一人が、急に梓沙たちに話しかけてきた。「高校生か?」と聞かれ、すぐさま光一が笑顔で、「はい」と返事をし、そこから慣れた様子でおじさん達と会話を交わす。そんなコミュ力おばけとも言える光一には、梓沙だけでなく柚瑠も驚かされつつ、テンション高めなその輪に巻き込まれないように黙って箸を動かす。

 梓沙が、柚瑠からおすすめされたメニューの新鮮な鰹のたたきを口に入れ感動していたその時、隣に座っている光一がいきなり梓沙の肩を抱いて、ぐいっと自分の方に引き寄せた。

「こいつ、東京からこっちに引っ越して来たばかりなんですよ。だから今日はこの辺の観光案内をしてたんです」

 梓沙はぎょっとして光一を見た。光一はにこにこしている。ほろ酔いのおじさん達の興味が一気に梓沙に集中した。

「東京モンか」「お〜そうかそうか」「どうだ高知の郷土料理は。美味いだろう?」と次々話しかけてくる。

「よし、おじさんが奢ってやる。好きなモン選びな」

「え、いや、でも…」

「ビール飲むか?あーっ、未成年だったなぁ残念」

「ホラそこのお嬢ちゃんも。遠慮なく好きなモン買って来な」

「え、いや私は…」

「若者は遠慮しなくていい。よし!みんなで乾杯だ。かんぱ〜い!」

 カンパーイ!とジョッキを持つ腕を上げて大盛り上がりなおじさん達の勢いに、梓沙と柚瑠はたじたじ状態だ。そんな中、光一だけが楽しそうに、カンパーイとグラスを上げて笑っていた。


■■■

 ひろめ市場を出たあと、光一から「食後の運動。歩かないか?」と誘われた梓沙と柚瑠は、そのまま三人で鏡川に向かい、そこの遊歩道を歩いていた。

「はー、楽しかったなぁ」

 光一が腕をぐっと上に向かって伸ばしながら言った。梓沙と柚瑠は揃って疲れた表情をしている。

「どうだ、梓沙。高知の人ってフレンドリーだろ」

「そうだな」

「楽しかったか?」

「疲れた」

 梓沙は力のない声で言った。まぁでも、楽しかったな…と、内心で思う。

 川沿いの途中にあった神社の前で、柚瑠が足を止めた。二人に向かって「ちょっと参拝して来る」と言って、境内の中に一人で入って行く。
 その後ろ姿を眺めたあと、梓沙は鏡川の方に視線をやった。

「綺麗な河川だな…」

「だろ」

 梓沙の隣に並んだ光一が同じように目の前の河川を眺める中、梓沙は少し声のトーンを落として言った。

「…光一。昨日の夜、竹内さんから連絡があった」

 梓沙の言葉にぴくりと反応した光一は、顔を横に向けて梓沙を見た。

「なんて?」

「憑依されていた間の記憶はないって」

「…そう、か」

 光一はがくっと肩を落として俯いた。
 落ち込んでいる光一を見て、梓沙は言う。

「母親の霊を見たのは学校が最後だ。あれからは俺の前に現れなかった。もしかしたらこのまま、何も起こらずに済むかもしれない」

「そうなればいいけどな…」

 光一は腕を組み、地面を見つめて眉を歪めた。

「竹内さんに憑依した母親の、あの剣幕の声を聞いたあとだとな…。まだ油断は、できないだろ」

「……」

 それは梓沙も分かっている。今は、嵐の前の静けさなのかもしれないと…。

「……それでも。ここまで付き合ってくれた光一には、感謝してる」

 光一は顔を上げた。
 梓沙は光一から目を少し逸らし、まるで今から告白するような表情で言った。

「あ…ありがとな」

「………」

「…なんか言えよ」

 ぽかんとしている光一を睨んだ。
 ほどなくして、光一の顔がぱっと明るくなり、いきなり両手で梓沙の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「うわっ、ばか、やめろ!」

「あははっ、どういたしまして〜」

 嬉しそうに笑っている光一の手首を掴んで頭を撫でられるのを止めた梓沙は、大きく乱れた髪のまま光一を睨みつけた。

 そんな二人の様子を鳥居の前で眺めていた柚瑠は、「男子っていいなぁ」と羨ましそうに呟いていた。


■■■

「ただいま…」

 帰宅した梓沙はリビングの電気をつけた。母親は休日出勤でまだ帰って来ていない。
 作り置きのカレーを夕飯にして、風呂に入った。

 母親が帰宅したのは、二十時を少し過ぎた頃。梓沙が冷蔵庫から水のペットボトルを取り出していた時に、玄関のドアが開いた。

「ただいま、梓沙ちゃん」

「…おかえり」

 母親はご機嫌な様子でリビングに入って来ると、テーブルの上にバッグを置いて身につけているアクセサリーを外す。お酒を飲んで来たのか、ほろ酔い気味だった。

「遅くなっちゃってごめんね。夕飯作り置きしてたけど、ちゃんと食べた?」

「うん。…俺、もう寝るから」

 まだ寝るには早い時間だが、今すぐにでも母親のそばから離れたかった梓沙はそう言って、自室に戻ろうとした。

「あ、待って梓沙ちゃん。…ちょっと、話があるの。少しだけいい?」

「……」

 背中から母親に呼び止められた梓沙は足を止め、小さくため息をついた。



 いつも向かい合って食事を取るテーブルを挟んで二人は座った。
 母親は、これから話すことを頭の中で整理しながら、目の前の梓沙の様子を見ている。梓沙は母親から少し目を逸らし、何を考えているのかわからない表情をしていた。

「梓沙ちゃんにね、近いうちに会って欲しい人がいるの」

 母親が口を開いてそう言った。梓沙は無表情のまま母親を見る。

「…どういう関係の人?」

「私と今…お付き合いをしている男性よ」

 予想通りだったため、別に驚かなかった。
 梓沙は何もないテーブルの上に視線を落とす。

「…名前は?」

伊東文成いとうふみなりさん。私の二歳年下で、営業職よ。勤務先は大阪なんだけど、出身は高知なの。最近こっちに出張が多くて、それで…」

「…仕事終わりに、会ってたんだ」

「えぇ…」

 お互いに口を閉じ、沈黙が流れた。
 重い空気の中、母親は無理矢理笑みを浮かべ、声を明るくして言った。

「お母さんね、文成さんと、再婚するかもしれないわ。文成さんとも、その話はしているの。…梓沙ちゃんは、どう思う?」

「…別に。いいんじゃない」

「え?」

 梓沙はペットボトルを手にして椅子から立ち上がった。そのまま母親の顔を見ることなくリビングを出て行こうとする。

「待って、梓沙ちゃん!」

「…何?」

 足を止めた梓沙は、振り返らない。

「その……何か、言いたいことない?梓沙ちゃんの気持ちも大事だし、嫌なら嫌って言っても、」

「何で。俺は別に、どうでもいいよ」

「どうでもいいって…」

「おやすみ」

 今度こそリビングを出た。


■■■

 自室に戻った梓沙は、ベッドの縁に腰掛けると、空いている方の手で額を押さえて項垂れた。

「はぁ…」

 ため息をついたその時、枕元に放置していたスマホが着信音を鳴らした。
 手に取って確認すると、着信の相手は父親の中城信宏なかじょうのぶひろだった。

 父親から連絡がきた最後の日は、引っ越しの前夜だった。実は、梓沙は中学の頃から、母親には内緒で父親と数ヶ月に一度、街中で会い、ご飯を食べに行ったりしていた。梓沙は父親に、学校での出来事や、将来についての相談事を良くしていた。母親にはできない会話が、父親相手だと素直にできた。

「もしもし」

『梓沙、久しぶりだな』

「あぁ。久しぶり、父さん」

『どうだ、そっちの生活にはなれたか?』

「まぁまぁ…ってとこだな」

 久しぶりに聞く父親の声に、沈んでいた心が救われるような気がした。引っ越した今は、気軽に父親に会いに行くことができない。東京と高知は遠すぎる。

『実は今、愛媛に出張中でな。今日明日で行う予定だった交渉が思ったより早く片付いたから、明日が休みになった。せっかくだから、そっちで久しぶりにお前の顔を見たいと思ったんだが、明日は予定ないか?』

「ないよ。俺も、久しぶりに父さんに会いたい」

『よし。じゃあドライブして、なにか美味いものを食おう』

 電話の向こうで父親が笑っている。梓沙も自然と口元に笑みを浮かべた。



■■■

 翌日。高知駅前に、父親が乗ったレンタカーが到着した。梓沙は助手席のドアを開けて中に乗り込む。

「久しぶり、父さん」

「ああ。久しぶりだな、梓沙」

 最後に会った時の記憶で止まっている父親の姿は、あまり変わっていなかった。
 車はそのまま、桂浜方面へと向かう。
 車内では、今までと変わらず他愛もない話をした。

 桂浜の近くのレストランで昼食を済ませたあと、桂浜の中にある水族館に行った。カワウソコーナーが人気なようで、去年産まれた三匹のカワウソの子供が元気に走り回っている。

「カワウソか。父さん、動物はカワウソが一番好きなんだよ」

 じゃれつき合う可愛らしいカワウソの子供を見つめながら、父親は満面の笑顔だ。

「そうだったっけ。前に水族館に行った時は、ペンギンが好きだって言ってただろ」

 随分前になるが、池袋にある水族館に二人で行った時に、父親は今みたいにペンギンを満面の笑顔で見つめながら、同じようなセリフを言っていたのを覚えている。

「ん?あー、そうだ、そんなこと言ってたなぁ。まぁ、ペンギンも好きだな。どっちも、可愛いからな」

「何だそれ」

 梓沙はくすくすと笑った。
 父親に「そういえば、お前の好きな動物は聞いたことがなかったな。どの動物が好きなんだ?」と聞かれて梓沙は考え込んだ。が、特にこの動物が一番好きというのが浮かばず、視線を巡らせた先にいた、食事中のカピバラを見て、「カピバラかな」と適当に言っておいた。


 その後二人は外の高台まで歩き、龍馬像を背にして太平洋の海を眺める。

「梓沙。また少し背が伸びたか?」

 隣に立っていた父親が梓沙の頭の上に手を伸ばし、背比べをしながら言った。今では父親とさほど変わらない目線の高さだ。

「このままだと、息子に身長を抜かれてしまうな」

 父親は笑う。梓沙の記憶の中でもずっと変わらない父親の笑顔を見て、梓沙も口元に笑みが浮かんだ。

 しばらく無言で景色を眺めていると、急に父親が静かな声で言った。

「梓沙。父さんな、近々再婚するんだ」

 梓沙は驚いて首を横に向けた。父親の顔からは笑みが消えていて、俯いたまま目を合わせない。
 梓沙は前を向き、同じように俯いた。

「…そう、なんだ」

 梓沙は声を絞り出した。
 そして少し迷いながらも、この流れで口にした。

「…母さんも、再婚するかもしれない」

 父親はハッとして顔を上げると、暗い表情をしている梓沙を見た。

「そうか…。相手の男性には、もう会ったのか?」

「いや、まだ…。昨晩、話をされたんだよ」

「…名前は、聞いたか?」

「あぁ、うん。伊東文成だって」

「っ…」

「父さん?」

 父親が声を詰まらせた。それに気づき、不思議に思った梓沙が父親を見ると、父親は険しい顔で梓沙を見ていた。

「…どうかした?」

「…本当に、母さんはその名前を言ったのか?」

「あぁ、うん…」

「……」

「……何?」

 梓沙は戸惑いながら、視線を父親の手元に落とした。父親が体の横で拳を握りしめたのを見て、父親が何かの感情を我慢していることに気づく。

 父親はその場を離れて、ゆっくり歩き出した。梓沙は後ろをついて行く。

「…その男はな、俺と母さんの離婚の原因にもなった、母さんの浮気相手だ」

「…、は?」

 衝撃の余り足が止まった。
 後ろで梓沙が立ち止まった気配に気づいた父親も足を止め、僅かに振り返った。梓沙を見たが、すぐに視線を地面に落とし、吐いた息と共に言う。

「まさかとは思っていたが……そうか、復縁したのか」

「…っ……」

(……なんだよ、それ…)

 梓沙の中で、母親への強烈な感情が湧き上がる。それは怒り、悲しみ、憎悪……さまざまな負の感情だ。

「……、…父さん…俺…」

 震える声を絞り出して、縋るような目で目の前の父親を見る。

(俺はこれから…どうしたらいい……)

 離婚の原因をつくった浮気相手の男と、母親が再婚するかもしれない。

 逃げたい、と思った。母親のそばから逃げ出したいと。
 だが、そんなことは無理だった。
 逃げ出した先に、助けはない。
 父親にも、新しい家族ができる。
 父親の存在が、遠くなっていく。

……自分の居場所が、どこにもないと感じた。

「っ…」

 梓沙の肩に、ぽんと手が置かれた。父親の手だ。突然のことに驚いて、びくっ、と肩が跳ねる。

「…下まで、戻るか」

 父親は優しく梓沙に微笑みかけて手を下ろす。二人は無言で、元来た道を歩き出した。


■■■

 走行する車内の助手席から、梓沙は遠ざかる桂浜の海を眺めながら、ふと口を開いた。

「…父さん」

「…ん?」

「俺がまだ、知らないことってあるのか」

「……」

 父親は黙る。窓ガラスに映るその横顔を見て、梓沙は言う。

「あるなら、教えて欲しい。…知りたいんだ」

 父親は迷うような表情で黙っていた。車が信号待ちで停車すると、やがて話し始めた。

「……俺と母さんが結婚して半年後に、母さんが妊娠したんだ。だがその子供は浮気相手の子供だった…。母さんは、その男とはもう別れた、子供に罪はないから絶対に産むと俺に言った。……俺はそれを聞き入れた。けど、子供は死産した。……母さんは、ひどく悲しみ、落ち込んでな…その後のケアは大変だった。…俺も同様に、一つの命が失われたことに悲しんだよ……けどな、心の奥底では、安堵していたんだ。浮気相手の子供を愛することができないかもしれない恐怖心から、解放されたことに……」

 ハンドルを握る両手が、微かに震えている。

「…亡くなった子供は女の子だった。母さんは、子供の性別がわかった頃から名前を考えていてな。…産まれてくる女の子には“梓沙”と名付けると、決めていたんだ」

 それを聞いた梓沙は凍りついた。目をいっぱいに見開き、恐る恐るといった動きで振り返り、父親の渋面した横顔を見る。


 信号が青に変わった。
 車が動き出す。
 梓沙は俯いた。
 胸が苦しい。
 呼吸の仕方を忘れたような息苦しさの中で、声を絞り出す。

「………だから、なのか…だから母さんは…ずっと俺を、娘みたいな、扱いをして……」

 その時ふと思った嫌な予感を、梓沙は父親を見て、震え声で口にする。

「……父さん、俺はちゃんと…父さんの子供、だよな…?」

「当たり前だ。お前は俺と母さんの子供だ」

 父親は力強くそう言った。
 運転に集中しながらも、すぐ隣で精神的に不安定になっている息子のことを気にしていた。やはり言うべきことではなかったかもしれないと、後悔が押し寄せる。

 梓沙はぎゅっと唇を噛んだ。
 何も考えられない…何も考えたくなかった。
 頭を空っぽにしたいのに、微かにズキズキと痛み出した頭を押さえて、梓沙は小さく呻く。

 目を閉じた暗闇の中に、夢の中の女の子が見えた。女の子はうずくまり、両膝に顔を埋めて泣いている…


–––––『 梓沙 』のことなんか、わすれちゃったんでしょ……
–––––だって…代わりがいるもんね……


 夢の中で聞いた言葉を、また口にする女の子…



–––––返シテ、

『  梓沙  』ノ『 名前  』ヲ、返シテ




「……っ‼︎」

 ズキンッと、頭が割れるような痛みが走った。
 ガンガンと激しい頭痛に襲われ、梓沙は額に汗を浮かべながら、背中を丸めて呻いた。

「う……っ」

「…梓沙!どうした、大丈夫か?」

 父親が焦った声を上げる。

「ちょっと待ってろ、車を止められる場所を探す…」

「…っ、いい、大丈夫だから……少し、寝てもいい…?」

「–––…あぁ、わかった。背もたれを倒して寝なさい。駅に着いたら、起こすから」

 俯いたまま、こくんと頷いた梓沙は、背もたれを倒して体を楽にした。
 少し軽くなったが、頭痛はまだ続いている。
 窓側に顔を向けて目を閉じ、深く、息を吐いた……。


■■■

 高知駅からすぐ近くの薬局の駐車場に車を駐めた父親は、力を抜いた体を背もたれに深く預けて息を吐いた。
 真横を見ると、疲れた表情で無防備に眠っている梓沙がいる。

「すまない、梓沙…」

 親のせいで、辛い思いをさせていることへの謝罪を口にした。
 腕を伸ばして頭に手を置き、母親のあゆみと同じ色の髪を撫でる。
 瞳の色も、肌の色も、同じ。
 中学生の頃の梓沙は、身長も百六十センチ代で、顔も体格も中性的だったが、高校生にもなればぐんと身長も伸び、体格も男らしくなった。数ヶ月に一度会い、成長していく息子の姿が見られることが、今でも嬉しい。

 だが…
 息子を見ていると、付き合っていた頃のあゆみの姿が重なって見えてしまう。
 付き合い始めの頃は、目を合わせての会話も、手を繋ぐこともできないほど、あゆみは初々しい女性だった。
 デートではドライブをすることが多かったが、遊び疲れたあゆみは帰りの助手席でよく眠っていた。
 あゆみの温もりがすぐ近くにあることが何よりも幸福だった、あの頃…

「……………」

(……あゆみ……どうして…どうしてあの男なんだ……)

 梓沙の頭を撫でながら、その寝顔にあゆみの面影を重ねる。腹の底から、得体の知れない黒い感情がふつふつと湧いた。

(…どうして、俺を愛してくれなかったんだ……どうして…)

 まだ、お前を忘れられない。
 まだ、お前を愛している。

 それに気がついた瞬間、胸の中に、あゆみを失った喪失感…続いて、裏切られた憎悪の中に、欲情が湧き上がる。
目の前の梓沙を、あゆみに重ね合わせる。あゆみがいる、あゆみだ…

 梓沙の後頭部へと手を回し、黒いヘアゴムを外した。パサ、と肩まで伸びた髪が背もたれに広がる。

手のひらで、梓沙の頬を撫でる。…ベッドの中で、隣で寝るあゆみの頬を撫でていた記憶がよみがえる。愛する人と二人きり、誰にも邪魔をされない幸福に満ちていた、あの頃–––…

「……ん…」

 擽ったさを感じたのか、梓沙は目を閉じたまま微かに眉を歪めた。
 手のひらは頬から首筋、鎖骨のあたりに移動し、意図を持って肌をゆっくりと撫で回す。

 眠りから目覚めた梓沙は瞼を開けた。父親の手が、自身の胸元に直接触れていることに気づいた瞬間、背もたれから勢いよく体を起こした。が、シートベルトがそれを中途半端に阻止する。

「な、何……、父さん…?」

「…………」

 背もたれに手をつき、梓沙は困惑した顔で目の前の父親を見た。無言で梓沙を見つめる無表情の父親。その目は黒く濁っていて、得体の知れない雰囲気を纏っている。
正気じゃない、そう思った。

「…あゆみ……どうして…どうして俺を裏切ったんだ…」

「……!」

 あゆみ…父親は梓沙を見つめながら、母親の名前を呼んでいる。
 光を失った黒い瞳が、絡み付くように梓沙を見つめる。知らない男に見つめられているような気持ち悪さを感じて、背筋がぞっとした。

「あゆみ…!」

「痛ッ…」

 両肩を強い力で捕まれ、押し倒されそうになる。必死で抵抗しながら、急いでシートベルトを外し、助手席のドアを開けた。
 そして逃げるように外に飛び出し地面に倒れ込んだ梓沙は、尻餅をついた体勢で、怯えた表情を車内に向ける。

「……ぁ……、……」

 正気に戻った父親は呼気を吐き出し、両手を伸ばし固まったまま、呆然とした顔で、梓沙を見下ろす。

「…あ……梓沙……、っすまない、俺は、なんてことを…っ」

 父親の顔がみるみると青ざめた。
 父親がシートベルトを外して外に出ようとする前に、梓沙は立ち上がり、駅の方へ向かって逃げた。車から降りた父親が「梓沙、待ってくれ!」と背後から叫んだ声にも、振り返らなかった。



■■■

 電車に乗って、マンションの前まで歩いて来た記憶がない。
 何も考えられなかった。
 エレベーターから降りて、外廊下に出た足が止まる。
 父親にされそうになったことが、頭から離れない。
 首筋に手をやる。知らない男に撫でられたような嫌な感触が残っていて、気持ちが悪い。
 父親の手じゃない。父親の手だと思いたくなかった。小学生の頃、サッカーのリフティングが上手くできた時に、上手いぞ、と頭を撫でられ、笑いながら褒めてくれた父親の手と、同じだと思いたくなかった–––…

「……っ……」

 怒り、悲しみ、憎悪……母親に感じた感情が、父親にも湧き上がる。


 …もう、父親には会えない。




 玄関のドアを開けた梓沙は、ただいま、も言わずにそのまま自室に向かおうとした。そんな梓沙を、キッチンから顔を出した母親が呼び止める。

「おかえりなさい、梓沙ちゃん。今から夕食の準備するから、先にお風呂に…」

「……」

「梓沙ちゃん?」

 リビングで立ち止まり、俯いたまま何も言わない梓沙に異変を感じた母親は、心配そうに近付いて来る。

「どうしたの、何かあったの?」

 母親が顔を覗き込み、手が頬に触れそうになった瞬間、目を見開いた梓沙は、その手を勢いよく払いのけた。

「っ…」

 母親が短く悲鳴をあげて、引っ込めた手を胸元で握りしめた。狼狽する母親を、梓沙は怒りに染まった目で睨みつける。

「…気持ち悪いんだよ」

 口から、強い嫌悪感を吐き出した。
 母親は絶句する。
 その場に立ち尽くす母親を残して、梓沙は自室に閉じこもった……。



■■■

…………そしてまた、夢を見る。

 目を開けると、ベッドの縁に少女が座っていた。
 梓沙と同じ色の髪は、肩を越して胸元まで伸びている。見た目は十五歳くらいまで成長したその姿は相変わらず全裸のままで、その華奢な体をブランケット一枚で覆い隠していた。

 体が動かせることを確認してから、ゆっくりと上体を起こす。梓沙が少女の後頭部を見つめると、少女は首を動かして梓沙を見た。
 整った顔が、妖艶な微笑みを浮かべる。

「今日もおしゃべり、してくれないの?」

 そう囁いた少女を見つめながら、梓沙は初めて、口を開く。

「……君の母親は、誰?」

 梓沙の問いかけに、少女はつまらなさそうに答えた。

「お母さんは、須藤あゆみ」

「……」

「お父さんは、お母さんの浮気相手」

 梓沙は顔を曇らせて下を向いた。
 すると、少女が白く華奢な両手を伸ばして、梓沙の頬をそっと挟むと顔を上げさせた。纏っていたブランケットが、肩からするりと腰まで滑り落ちる。

「かわいそう……お互いに、嫌な親のもとに生まれちゃったね」

「…っ…」

 梓沙は顔をこわばらせ息を呑んだ。
 微笑みを消した少女は、梓沙の目を覗き込む。

「私は死んだ。でも、私は存在していた。確かにこの世に存在していたの」

 そう言いながら、梓沙の頬を優しく撫でる。その少女の手からは、なんの温度も感じない。

「お腹の中にいた時、お母さんが私の名前を呼んでくれたの。梓沙って、呼んでくれた。名前が与えられた私は、この世に存在できたんだよ」

 両手が首筋に触れ、指先に小さく力が込められた。喉を圧迫される息苦しさを感じて、梓沙は眉を歪める。体は、金縛りにかかったかのように動かせない。

「死んだって…名前があれば、呼んでもらえる…思い出してくれる…」

 少女の頬を、一筋の涙が伝い落ちた。

「ねぇ、返してよ。私の名前」

 押し倒され、そのまま首を絞められる。
 抵抗出来ない梓沙を見下ろし、少女は冷ややかな眼差しで呟いた。




「“梓沙”は、二人もいらないよ……」



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