夜の靴

 神輿を担いだ黒い着物の男たちはカラスの仮面を被り杖を突く。
 杖の先端の鈴が、しゃらん、と鳴り、音により魔を払う。
 神輿の周囲には松明を持った人たちが道を照らし、火は十メートルほど、くねりながら続く。
 神輿には天蓋が付いており、白地に銀の刺繍が凝らされた着物を着て太い蝋の灯りを、やや胸から離し両手で支えていた。
 蝋燭の薄明かりに照らされる白い狐の仮面。
 この村の昔からの風習で、結婚する時新婦は九尾の狐の化身として新郎の元へ行く。
 新郎は王冠を被り、剣を左手に持ち、今は建物の中になった祭壇の上で待つ。
 大昔、この村の近くには地方の支配者がいて、四代目の時に一番栄えた。そして七代目にして滅びたが、四代目の時九尾の狐が嫁いだ伝説が残っている。
 七代目は四代目を真似ようと、狐を探し求め、ある娘を捕らえ、無理やり婚姻を結んだ。
その後次々と災難が起こり、ついには滅びた。……という伝説の名残だそうだ。
 神輿に乗っている人とは小学校六年から高校卒業まで付き合っていた。大学進学で別れ僕はそのまま卒業後都会で就職。疎遠になっていた。
 素直に喜べない。心の中に冷たい隙間風が吹く。
 僕が帰省する初日に偶然、一番好きな人の嫁入りを見ることになるとは。
 行進の最中新婦は顔を見られてはならない決まりがある。見られてしまったら婚姻を止めなければいけない。
 神輿が横切る時、蝋を置いた新婦は一瞬仮面を外しこちらを見た。白く麗しい顔で真っ赤な紅をつけた口を何か言いたげに開き、微笑んでから、また仮面をつけた。
 木々がざわめくと同時に背中がぞくりとした。行列は少しずつ遠くなっていく。


あたたかなお気持ちに、いつも痛み入ります。本当にありがとうございます。