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2024年度 共通テスト生物・本試験 極私的講評

《全体講評》
●全問必須問題で,大問数は6つ。第6問はA・Bに分かれていてほぼ2大問分あるので,実質7大問である。配点は大問毎に異なっている。
●これまでの共通テストと共通なのは,
  ・大問の配点はバラバラ
  ・教科書の章割りにあわせない
くらいであったが,
  ・分野横断的な出題の苦労は認めるが,かなり分野毎の出題になってきた。
  大学入試センターとしてはこれでも「各大問におけるストーリー性を重視」した出題と言い張っているが,そもそも総合問題として出題するのは限界があることは最初から明らかであった。昨年度はその目的が手段化して最悪な出題になったため,今年はまだジタバタしている感はあるが,ほぼ諦めて解きやすさを重視した結果,ますます小問集合的な性格が強くなってきた。各設問に関連があると複数の設問で連鎖倒産的に大きく失点するのでこのような問題形式の方が受験生には有利である。ただ,問題文の意義が薄くなって,今後の受験生に問題文は読まなくていいというメッセージにならないか心配である。いっそのこと無理な総合問題形式はやめて,大問15くらいにしてしまえばよい気がする。
《出題形式》
●「適当ではないもの」を選ぶ問題は4つ→2つと減少した。
●昨年度かなり批判されて注目の的であった「過不足なく含むもの」問題は6つ→2つと減少したが残った。
●設問数は26で,ここ4年で27→28→28→26となり,昨年から2つ減少した。ページ数は29ページ(空白ページ込み)と昨年から2ページ減少した。1題当たりの解答時間を増やして解答しやすくしたのだろう。
●これに伴って5点問題が増加した(昨年度1つ→10)。5点問題のうち5題には中間点が設定されている(中間点問題は昨年度2つ)が,この配点方式には議論があると思われる。
●連続してマークする問題はマークミスを誘発するからやめれや!と,センター試験の頃から何度も指摘されているにも関わらず,今年も[1]から[26]まで連続してマークする形式になった。この点だけでも大学入試センターはアホであるとしか言いようがない。大問を設定する意味がない。
●分量は減っているが,解答時間にはさほどの余裕はない。
《分野内容》
●分野としては,第1問:代謝・遺伝子発現調節,第2問:膜の透過性をテーマとした小問集合,第3問:筋収縮・発生における誘導,第4問:植物の発生・形態形成,第5問:生態系,第6問:進化・系統である。
●出題分野について,共通テスト始まって以来はじめてバランスがよくなった。よほど反省したのではないかと思われる(←昨年度の無様な試験)。
●今年度で現行学習指導要領による入試が終わるので,次の学習指導要領で扱いが軽くなる「系統」から在庫一掃処分的に出題された。
●知識問題が増加した。結局,平均点を上げるのは知識問題を出題するしかない,ということだろうが,ここ数年の知識問題忌避の傾向からすれば遙かに改善されている。業界的には「知識問題を出題するのは詰め込み教育を助長するから悪」という偏見に満ちた少数の声があり,それに言いなりな出題が続いていたことは受験生にとって実に迷惑千万なことである。正確に覚えること「も」生物学の理解の一歩である。化学などでは直接知識を問う問題も出題されているのだから,生物でややこしい知識問題ばかりが出題されるのはおかしい。
●実験問題・データ分析問題は昨年度よりも取り組みやすいが,問題内容をしっかりと把握し集中して問題に向き合わなければならないので,どれも平易ではない。背景知識が必要だったり,総合的な判断が必要であったり,実験手法に関する問であったり,パズルを解いたりと,バリエーションに富んでいる。グリセリン筋などの古典的な実験問題が出題されたのも注目すべきだろう。批判が集まる生物の知識なくても読めば解ける問題(いわゆる「国語の問題」)は今年もない。
《難易度》
●昨年度の平均点がアホなので易化したのは既定路線。
●問題文量・データ量ともに昨年度よりも減少し,知識問題が増加したため,平均点は高くなるが,5点問題が多くなったため,平均点は56点程度と思われる(感覚的)。

《大問分析》
★は点の取りにくかったと思われる問題。▲はちょっと出来の悪そうな問題。

第1問 【テーマ:代謝・オペロン説】 難易度[やや難]

 納豆菌が話題に出ているが設問には何も関係ない。オペロン説については昨年度は第1問で知識問題として出現された。
問1▲呼吸の反応に関する知識問題。NADHの役割,酸化など,苦手と思われる知識が問われているので,基本的だが平易ではない。
問2▲ア・ウはグラフから判断する問題で読み取りは平易。実験問題だがイの解答にはラクトースオペロンの基本知識が必要なので,5点満点は少ないと思われる。
問3★仮説検証の実験設定の問題で苦手な受験生が多いはず。「グルコースのみによって制御される」ならば,「グルコースがある→キシロースオペロンが発現しない,ない→発現する」となる。グルコースだけで制御されないなら,グルコースがなくても発現しないので,aとcで比較する。「キシロースオペロンの発現」という表現はやや気になる。

第2問 【テーマ:膜の透過性,気孔の開閉,興奮の発生】 難易度[標準]

 「膜」をテーマとした小問集合的な問題。
問1 膜の透過性に関する基本的な知識問題。②担体による輸送にはポンプによるもの,輸送体によるものがあるが,輸送体の理解を必要とする設問。レギュラー授業でも季節講習『生物★トリプルミラクル』などでもしつこく輸送体については触れてきたので,受講生のみなさんは的確に判断できたはず。
問2 内容が整理できれば難しくない。(a)は「K+が孔辺細胞に流入して細胞内の浸透圧が高くなることで,吸水によって孔辺細胞が膨張する」という話なのだが,「K+が流入することで,孔辺細胞が膨張する」という表現には違和感がある。浸透圧の扱いが今の教科書では中途半端になっているせいだが良くない。
問3 興奮の発生に関する知識問題で平易である。
問4▲不応期に関する知識問題である。不応期については問題集での扱いが乏しいが,興奮の伝導の理解に不可欠であるから,このような知識問題は盲点でも何でもない。問題集中心に勉強を進めていると共通テストに対応できないという典型的な問題である。

第3問 【テーマ:筋収縮・発生と誘導】 難易度[やや難]

 筋肉をテーマに収縮のしくみに関する知識問題と実験問題,そして無理矢理発生分野の問題をくっつけた総合問題風味の小問集合。
問1▲筋収縮に関する基本的な知識問題である。直前講習『共通テスト生物★冬の完遂2024』でも筋収縮に関する知識問題を出題したが,筋収縮に関する知識問題は正答率が低い。出会った問題をきっかけに周辺事項まで含めて理解を深める日常学習が重要である。
問2★筋収縮のしくみに関する実験問題である。グリセリン筋とスキンドファイバーを材料とした古典的な実験問題であり,意外であった。中間点が設定されているが,実験結果の組み合わせを選ぶ問題は厳しい。グリセリン筋は筋原繊維だけで筋小胞体は失われていて,スキンド筋には筋小胞体がある。高濃度・低濃度が微妙な表現であるが,グリセリン筋は高濃度のCa2+存在下でATPがあれば収縮する。スキンド筋は筋小胞体のカルシウムイオンチャネルを開口させるとCa2+が収縮に十分な「高濃度」になることで収縮すると判断できる。実験5:グリセリン筋は細胞質基質がないのでグルコースを利用を利用してATP合成ができない。実験6:グリセリン筋には小胞体がないので,Ca2+濃度が収縮に必要な濃度にならない。実験7:スキンド筋の筋原繊維にCa2+とATPがはたらく。
問3▲体節の分化に関する実験問題で,発生分野の実験問題は苦手とする受験生が多いため,比較的易しい問題ではあるが,正答率はさほど高くないだろう。実験8で脊索が皮節筋の誘導を抑制し,実験9で背側神経管断片が皮筋節を誘導することがわかる。この時期の体節は発生運命が決定していないと考えられ,体節の向きを変えても脊索に近い方では皮筋節の形成は起こらず,背側神経管に近い方で皮筋節が分化すると判断できる。

第4問 【テーマ:植物の発生・形態形成】 難易度[やや難]

 こちらも植物の発生がらみの小問集合的な問題。問2・3でテーマが関連しているので,大きな失点につながる可能性がある。
問1▲有性生殖と無性生殖の意義に関する基本的な知識問題であるが,正答率はさほど高くなさそう。
問2▲昨年は知識問題だったが,今年もフィトクロムに関する知識ベースの問題が出題された。「去年出題されたから今年は出ない」というありがちなデマに振り回されないことは,入試対策の常識である。実験問題のふりをしているが完全な知識問題であり,赤色光と遠赤色光は効果を打ち消しあうという定番の知識がないと解答できない。
問3★これはなかなかな問題である。正答率はかなり低いだろう。指示どうりに計算を組み立てればよいのだが,ジャガイモの塊茎の形成は短日条件でおこることを問2の実験から判断し,「地下茎に分配された同化物の比率」が「x/(x+y)」であること,短日条件に対して長日条件の実験を対照として式を求めることから,なかなか難度が高い。おそらく「良問」という評価があちこちから出てくるだろうが,受験生にとっては厳しい問題である。昨年度の「大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書」にあった,『高校現場での探究活動を意識した観察・実験問題や,数学的な考え方を必要とする数理,計算問題などを積極的に取り入れることで,指導要領で強調されている,科学的に探究するために必要な資質・能力を問えるよう,問題構成にも配慮している』,という方向性がこういう形で具体化されたのは2025年度入試に向けて注目すべきである。

第5問 【テーマ:生態系】 難易度[標準]

 生態系分野のかなりスタンダードな問題。ほぼ知識ベースの問題で取り組みやすい。
問1▲生産構造図に関する知識問題。森林における生産構造図は盲点的なテーマであるが,冬期講習『冬の共通テスト生物』で扱ったテーマである。
問2 データの読み取りに関する問題。データの数量関係の読み取りは定番であり,①③④は判断しやすい。②は亜寒帯林と熱帯林の土壌有機物の比較対照は有名なテーマ。
問3 森林を農耕地に改変することの問題点を指摘した空所補充で,ある程度文脈から判断できる。森林伐採によって地表面に直射日光が当たって温度が上昇することで分解者による土壌有機物の分解が進む。土壌中の有機物の減少は栄養分としてではなく,分解による栄養塩類の供給の元となるので,これが減少すると生産性が悪くなる。

第6問 【テーマ:A・系統/B・進化】 難易度[やや難]

 Aの動物の分類は基本的であるが苦手とする受験生が多いため,正答率は高くならないだろう。次の学習指導要領では系統分類の扱いが軽くなるため,在庫一掃整理的な出題はこれまでも度々あった。Bのゲーム問題はしんどい。

問1 「生物学における『動物』」という,なんとも気持ち悪い表現で,これは出題の妥当性が問われる。「五界説における動物界」と問えば良いと思われるが,五界説の扱いのない教科書があるためにこのような表現をとったのだろう。教科書的には多細胞のものばかりが動物に含められているので,原生動物は含まれない(原生動物は五界説でも原生生物界に含められ,動物界ではない)。
問2▲動物の系統分類に関する知識問題。各動物について注釈がついており,カメノテ:「脱皮する」→脱皮動物→線形動物を含めたY,ウメボシイソギンチャク:「刺胞をもつ」→刺胞動物→二胚葉性で無胚葉性の海綿動物の次に分岐する→W,ムラサキウニ:「原口は口にならない」→新口動物→Zと,各動物の分類がわからなくても動物分類の基本がわかっていれば,十分に解答できる。

問3★「会話文+謎のゲーム」という高校生物の理解とはかけ離れた手間をかけた問題。ついでに言えば新課程入試の先取りテーマである。次の学習指導要領は生物が「進化」からスタートする暴挙で,細胞や代謝や遺伝子を学ぶ前に集団遺伝を扱うというどこのクルクルパーが考えたのかわからない教科書で,生物選択者を大混乱の渦に陥れることが既定路線になっているのだが,集団遺伝を理解しにくい高校生にもこういうシミュレーションをするといいんじゃないか,と提案されたモチーフがゲームの元になっている。したり顔で「良問」という評論家が続出しそうな問題で,「出題者はよくぞこのような問題を作ってくれた。感動で涙が止まらない」的な感想が前述の報告書に出てきそうだが,ゲームの内容がつかめなければ生物の理解と関係のないところで失点するわけで,良問の「り」の字も感じない。無駄に長いだけ,面倒なだけ。しかも3点×2。最低最悪。
問4▲雰囲気だけでも選べそうではあるが,問3のゲーム内容を踏まえて解答するので,問3・4であわせて10点失点する可能性がある。

《感想》
 2023年度の大失態を踏まえて,解きやすさを優先した出題と考えられる。総合的な理解力を判断するというお題目は完全に消え失せてもなお,ゴチャゴチャ混ぜ混ぜの小問集合を形だけで抱き合わせた問題は解きにくいだけである。
 共通テストになってから全体のバランスを調整するしくみが欠如していたが,今年はさすがに改善されていた。当然のこととは思いながら,しかしまたやらかさないかと心配ではあったが,ひとまず安堵した。(しかし,数年後には忘れ去られているだろう)
 とはいえ,知識問題は極端に平易なこともなく,実験問題・データ分析問題は難易がかなりわかれて,総合的に判断する問題はかなり解きにくくなったと言える。
 昨年度の悲惨な印象はそうそう消えることもなく,次期学習指導要領の改悪によって,今後生物選択者は激減することは火を見るより明らか。生物学を志望する優秀な生徒がいなくなってから,困った困った言ってもアフターフェスティバルであるが,学習指導要領にいらないことを言った人間も,去年の出題者も責任は一切取らないので,高校生物の未来は輝きすぎて焼き切れそうである。わはははは。

《来年度への展望》
 共通テストへの対策として,結局はいつも通りの「教科書の知識の完全理解」と「過去問の徹底研究」に尽きる。見たことある問題は出題しないのだから,出題テーマを予想するとかは無理。やれることはこれしかありません。丁寧な日常学習がまずは大切で,その定着度を知る上で過去問の解答は必須(過去問を全く検討しない高校生が大半なのが不思議で仕方ない)。
 今年度の易化は,凄惨な結果であった昨年度からすれば当たり前なことだったので,来年度がこの調子かどうかはわからない。反省はすぐに忘れる日本人だから,またやらかすかもしれん。
 教科書的な知識をもとに,問題文の内容を的確に読み取って,データ内容を把握していれば,正解にたどり着くのだが,「そもそも教科書の内容が理解できてない」と言う大問題がある。にも関わらず,予想問題の大量演習などをやっている高校もあるのが実に残念である。
 一問一答形式の問題反復とか,穴埋めプリントの正解合わせみたいな,勉強とは全然かけ離れたことは即座にやめること。用語の定義を覚えるのは問題文や設問文を正確に読むために必要なことで,生命現象の理解は問題内容を理解する手段として不可欠である。点数に直接結びつかないようでも,日々の当たり前な生命現象の理解と,何気ない生命現象に対する疑問を解決することが重要である。問題集を解きまくる解説を読みまくるは愚の骨頂であり,中学・高校入試式の幼稚な作業からの脱却しなければならない。
 これは高校の先生方にもお願いしたい。「センター試験」「共通テスト」の過去問を徹底的に分析すること。時間制限を設けて生徒に過去問を解かせて,解答を配って終わりにするなら,先生が教室にいなくてもよい。先生自身が教壇に立って話をする意味を考えていただきたい。そもそも公教育は学習塾でも予備校でもないのだから,入試問題を解かせるとかは論外であると思う。しかし,共通テストや名のある国公立大私大入試の問題には,入試問題を入り口として広大な生命現象の世界に導く道筋がある。それを無視して,公教育の時間に入試対策の名目で問題を解かせることを正当化するのはエゴであり,体罰と言っても過言ではない。大学入試問題を適切に利用することは,日常学習を大学入試に直結させる近道である(この段落は例年ほぼコピペだが,実践された気配が全く感じられない)。
 そんなわけで,共通テスト対策は是非とも,駿台夏期講習『共通テスト生物★夏の格闘2025』,直前講習『共通テスト生物★冬の完遂2025』へどうぞ。背景知識の理解と探究のために夏期講習『生物★トリプルミラクル』,冬期講習『生物★トリプルミラクル#』にもどうぞ(広告)。その前に春期講習『スタートアップ生物』(おそらく札幌と御茶ノ水を担当)で現実を見せてあげます。


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