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イカロスの夢2

何もないはずの駅に降り立つと、
例の駅員と誰かが言い争っているようだった。
何を話してるのかまでは聞き取れなかった。

するとどこからか出てきた黒い影のようなものに、
その人が囲まれて、消えた。
怖いとか逃げなきゃみたいな気持ちは起きなかった。

「別のお客さんも来るんだ。」
「…顔みました?」
「いいえ、ぼんやり影っぽくて全然。話してた言葉もよくわからなかったです。」
「そうでしたか。いつも通りこちらから…」
「あのチケットって無くしたり破れたりしたら無効だと思うんですが、その場合って」
「その時はその時です。」

答えになってない。けどこれ以上聞いちゃいけない気がした。
今来ている世界は私の生き様を映している「夢」の中だ。
人間が日中使っている分などほんの一欠片。
脳は人間の設備であって人間を凌駕するもの。
目の前の駅員の思考は、私が「駅員」と認識している「範囲外」の存在だ。

「そういえば、ハルカさん先日お誕生日でしたね。今まで年間パスだったのですが、今回からカウント制になります。こちらの門を出る際に手をかざしていただくだけで結構です。」

自動改札機の要領で柵に手をかざすとゆっくり門が開いて通れるようになった。
残りの数がどこかに出るのかと思いきや、どこにも表示されない。
有効期限が早まったり遠のいたりが分からなくなった。
影に囲まれて消えたあの人はきっと、回数がゼロになってここから出られなくなった人なのかもしれない。
今後も駅員に話しかけたり、他のお客さんを見かけたりすることがあるかもしれない。

「ちなみに、今試しにかざしてみたのですが、どれくらいで閉まるのでしょうか。」
「あなたが門を出るまで。他の人が勝手に出ることはないですのでご安心ください。」

門の外にはオクトバーフェストのような屋台が並んでいた。
並々と注がれたビールとその口髭をつけた黒い影。
屋台には血のソーセージやサーロなどがあって、プロフやブドウの葉のドルマの屋台もあるようだった。
ただ、なんの臭いもしない。音も聞こえない。
ああ。ここは誘惑してあの世に連れて行くお店なのかもしれない。
きっと一緒に飲み始めたら、臭いも音も、触覚も味覚も再現されるのかもしれない。
千と千尋の神隠しと同じ…
気づかれないように、振り返らないように、そっと立ち去った。

朝起きると、天気雨が降っていた。
低気圧に加えて、眩しくて目の奥がズキズキ痛む。
二日酔いではない。と信じたい。

むしろ、日本酒のおかげで邪気払いができた気がしてならない。
「これからナイトキャップに大吟醸飲んで寝るか。」

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