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明日、瀬戸内海を見に行こう(1/9)

 この旅行記は、約1年前の日記に基づいて書かれている。

 2022年9月26日から、9日間。スーパーカブにキャンプ道具を積載して、瀬戸内海のまわりを回ってきた。
 休職中ではあるが復職する気力はなく、事実上の無職。今でこそかなりこなれてきたが、この頃はニートOJT。先の不安に潰されそうだった。
 そんななか、バイク免許を取って初めての、ロング・キャンプ・ツーリングを企てた。今振り返ると、ワクワクもダメダメも盛り沢山の旅になった。

 この旅行についていつかまとまったものを書かねばと自責の念に駆られながらも、あまりの面倒くささに先送りにしてきた。GoProで撮影した道中のムービーもロストしてしまったようで、ますます筆が重くなる。このまま書かなきゃいいじゃないか、と自暴自棄の構え。ファイ。

 とはいえ、人生において、絶対に忘れたくない出来事はいくつかあり、この旅行はそのうちのひとつだ。
 私みたいな2GB人間が大事なことを覚えておくためには、外付けHDDを要する。すべてを忘れてしまう前に、重い腰をあげよう。

 1週間と数日のドタバタカブキャンプを、朧げな記憶を頼りに振り返っていく。全何回になるのか分からないが、お付き合いいただけたら嬉しい。

2022年9月26日

前回のビワイチキャンプにて

 前回のキャンプから3週間弱、一体何をして毎日を過ごしてきたのか私はもう思い出せない。

 なにをしたのか忘れたときは、グーグルマップのタイムラインを見る。グーグルマップのタイムラインを見ると、統制された子豚の成長履歴を見ているような居心地の悪さを感じる。

 便利さにかまけて自我を売買させていいのだろうか。

 ビックデータという胡乱な知識の集合体ーー私がデータと化す違和感、私はゼロとイチの集合体にすぎない、果たしてこのようなデータを表現するさいゼロとイチだけの集合体である、と言い切れるほどのAI的知識は私にはないうえで、かようなことをいけしゃあしゃあと述べてもいいのかはわからないが……。

持ち主の杜撰さがわかる、画面半分がブラックアウトした6s

 バキバキのスマホで、改めてグーグルマップのタイムラインを見る。この日は一日中家にいた。この日は近くのスーパーに買い物にいった。精神科。図書館。カブに乗ってそこら辺をうろうろした挙句自宅に戻った。なるほど。

 活動時間もひどい有様だ。最近の活動開始時間は16時頃。ぐだぐだと朝の9時までYouTubeを見て、気絶するように6時間寝る。その繰り返し。

 不登校だった中学時代から何も変わっていない。留年した大学時代から何も変わっていない。
 どっかアフリカの都市時計を登録して、私は今アラブの時間帯で生きているのだ、とのたまうことに、なんの意味があるのだろうか。なんの効能があるのだろうか。

 人は、朝に起きた方がよい、当然。私の大好きな坂本慎太郎さんは昼に起きて朝に寝るらしいが、そもそもあの人は私と同じくらいの歳で日比谷なんかであまたの人たちを失神寸前までファズ・ギターの音でぶん殴っていたじゃないか。こんな無職が投影してはならない。言い訳に使ってはならない。

 睡眠時間ってどうして、ちゃんとしなければしないほど意識外に追いやられて、さらにちゃんとしないスパイラルに入るのだろう。睡眠時間も管理できない。社会で役に立てない体たらくのうえ、自分の管理すらままならない。私はクズだ。間違いなくクズである。救いようがわからない。泥沼だ。

 ここは人間の生活する部屋ではない。積まれた本。山盛りの灰皿。発泡酒の空き缶。埃をかぶったiMac。
 どうなっているのだろう。何が起きているのだろう。何もわからない。ただ、9時に寝て15時に起きて、社会のために何一つ有意義なことをしていない。

対談を見て何かを考えた気になる、最悪の状態

 いや、待てよ、別に会社に勤めていたときも社会のために役に立っていた自覚はない。まるでない。
 ただ、通勤ラッシュの国道を渋滞させる一員になり、あたたかくすずしい部屋でよくわからない資料を作り、いわばただいたずらにCO2を排出していただけにすぎない。誰かのために何かをやっていたのであれば、もっと、人々の笑顔を見ることができたのではないか?そうに違いない。

 私は本質的に、何も変わっていない。社会の役に立っていない、という本質は変わっていない。ただ「会社員」という肩書きを失っただけ。社会的なラベルが「無職」に貼り変わっただけ。
 それなのにこんなに落ち込むというのは精神的に不健全だ。自分の首を自分で締めている。私は変わっていない。状況が変わっただけ。

 もう考えるのやめたいな。疲れた。

 海、見たいな。穏やかな海が見たい。瀬戸内海なんかが見たい。
 私の生きていてもよい場所、もしかしたらそこにあるかもしれない。私が参加できる社会、もしかしたらそこにあるかも。
 こんなところでウジウジしているよりはずいぶんマシだ。行くか。明日、決行だ。瀬戸内海を見に行こう。

道中のカーナビ利用のため、買い替えることにした。4年間ありがとう

 12時、出発。10時に頑張って起きて荷造りをした。泊まろうと目星をつけていたキャンプ場に連絡したら「当日の予約は受け付けていません」と言われた。まともにHPを読むことすらできない。恥の多い人生を、送っている最中です。

 キャンプ場に泊まるのは明日にして、今日はゲストハウスでゆっくり休もう。初日からこの体たらくかよ。先が思いやられるが、今はとりあえずこの道路を、何も考えずにひた走ろう。

 すれ違うライダーが優しい。いや、優しいったって、普通に手を上げて挨拶してくれるだけなのだが。無職にヤエーは効く。ひどく沁みる。ありがとう。私、誰かの瞳に映ってる。早合点の感動屋さんはいいね、気楽で。

積載。走り出しがふらつくが、走行中は意外となんともない

 後ろに急足のSUVがピッタリつく追い越し禁止の1車線になるたび、ヒプノシスマイクのホストの人が「まだまだ速度が足〜りない↑」と野次を入れる。
 運転中の深層心理は何なのだろう?私って無意識下ではこんなにオタクカルチャーにどっぷりなのか?そんなのいやだ。全てはオタクカルチャーのキャッチーなビートがいけない。中毒になっているのだ、きっと。

 私もっと、ぼーっと運転しているときはビーチボーイズのペットサウンズが順番に流れて止まらないみたいな人間に育ちたかった。ところがどっこい、ヒプノシスマイクが止まらない。これが私の人生かよ。

 後方のSUVが、猛スピードで私を抜いていった。どうでもいいけど。

どうでもいいけど抜いてった あいつら全員SUV

ずっと2車線でいいのに。

 そう思ったが最後、そのいち小節のメロディが、ずっと頭を離れない。

 人々は本当にキャッチーな音楽をつくる。それとも私が単純すぎるのか。
 ギアを順番に上げていって、あとはずっとアクセルを捻るだけ、という単純作業に脳のリソースが割かれていることが、こんなに思考力の低下を招くのか。

 脳みそとお尻が疲れたときは休憩するに限る。国道沿いの道の駅に惹かれ、ふらふらと停車。しばらくぼうっとして、「走りたい」という気持ちの尻尾をつかまえる。ロングツーリングは、この作業の繰り返し。

 そうこうと走行しているうちに(おもしろい)京都に突入した。京都の山間を抜け、わりかしの都会へ至る。わりかし都会の道を走っていると、文明……と思う。たかだか4時間走ってただけでこれだ。仙人気取り。私にはつくづくこういうところがある。

 ラーメンのいい匂いがする、そういえば今日はまだ何も食べていない。シズル感のあるノボリの横を、ハラをさすりながら通りすぎる。
 このようなポーズを取ることで、周りにいる人に「あの人お腹空いててかわいそうだな、あんまり煽り運転するのやめようかな」と思わせることができる。重い荷物を背負っていてやや不安定だぞ。60キロ以上で走ると車体がブレて危ないぞ。どうだ。前科持ちにはなりたくないだろう。煽るな煽るな。

 ふとApple Watchで時刻を確認する。

 スマホとの接続を示すマークが赤く光り、斜め斜線がついている。

 スマホがない。
 スマホがないんだが?

 ……1時間ほど前に休憩した、道の駅のお手洗いだ。

 真っ先に頭をよぎったのは、「終了」の二文字だった。パチンコのCMみたいに、キラキラ金色の縁取りがなされて、立体的に脳髄から飛び出す。キュイキュイキュイー!と甲高いSEがつく。終わった。旅、終了です。おしまい。今までありがとうございました。帰るか、家。さよなら。

 いやまて、とりあえず落ち着いて引き返そう。道の駅に戻って、見つからなかったらお家に帰ろう。買い替えたばっかりだけど、3万円くらいの中古だからそんなに痛くないし、全然見つかんなくても大丈夫だし。ああ、足の震えが止まらない。気持ちがはやる。

 あった。
 日本は本当にいい国です。旅行先におすすめです。円も安いです。ぜひ来て下さい。

 は〜〜〜。マジでマジでマジで。私、絶対、もう、お手洗いで、くだらね〜ツイートをしないでください。してもいいですけど、ポケットに入れてください、スマホを。

 2時間のロス。

 キャンプの予約、できなくてよかったわ、これは。
 ホテルのチェックインが20時までだけど、ナビで見る限りぎりぎり到着できそうで安心。進もう。

 京都を越え、兵庫に入る。山間をぶいぶい通りすぎていく。いま、知らない山間部を走行している。道がある。道あるのすげ〜。道、作ってくれた人ありがとう。インフラ整備ありがとう。信号機も標識もありがとう。贈与感。
 強烈な登り坂の後、強烈な下り坂がやってきて、どこからか金木犀と雪隠の混ざった香りが漂ってくると、ささやかな集落があらわれる合図。ここに、若い人は住んでいるのだろうか。
 整備されたガードレール、ぎりぎりやっていそうな商店、生活のあわいを侵食する自然。そこを通り過ぎる無職。

 日が暮れてきた。

 私のヘルメットシールドはマジの視界シールドなので、太陽が沈むと展望が非常に不明瞭になる。知らないくねくね山間道路では、目の前のテールランプだけが道しるべなのだが、じわじわと距離を離されていく。時間がない、時間がないのに速度を出せない。到着予定時刻はぎりぎりだ。

 グーグルマップの指し示す先。数百メートル前から、薄々気づいてはいたけど、認めたくなかった事実。青色の丸に四輪車が描かれた、自動車専用道路の標識。ウィンカーを出し、安全な路肩に停車し、呆然と立ちすくむ。膝から崩れ落ちたい。

 110ccの私のバイクでは、このバイパスに乗ることはできないのだ。
 カブ旅の洗礼を、こんなギリギリのところで浴びせられるとは、運がない。

 ゲストハウスに半泣きで電話したら、無人チェックイン対応をしてくれました。やさしい……人間はやさしいね……。

 鳥取に入ったが、真っ暗だしぜんぜん都市に辿り着けないし車が通らないし非常にさむい。心細い。

 22時、ゲストハウスにつく。精魂尽き果てた、初日から。本当にキャンプ場の予約が取れなくてよかった。カブは、1日に350kmも走ってはならない。よくわかった。

 旅なんてくわだてなければよかった。

 教えてもらったパスワードの入力フォームがわからなくて困っていたら、喫煙所のお兄さんがパスカードで開けてくれた。やさしい。

 ドミトリーのお姉さんも話しかけてくれた。やさしい。
 フリーランスで仕事をしていて、住む場所を探しながら旅しているらしい。わたしは無職です。眩しい。偉い。

 お腹は空いているけど、なにかを食べに歩く気力はない。1日くらいなにも食べなくても動くことはできるだろう。

 一服しようと喫煙所に出たらさっきのお兄さんがまだたばこを吸っていて、スピーカー通話で女の子とイチャイチャしゃべっていた。「〜〜しちょうね」と言っていてよかった。鳥取県の人はこうやってしゃべるんだな。
 お年寄りの方々が方言でしゃべるのは当然なんだけど(だから昼間の銭湯とか大好きだ)、意外と、ちょっぴりヤンチャなニーチャンネーチャンも方言でしゃべる。きっと、その土地が、その土地の仲間達が大好きだから、その土地から出る必要がないのだろう。私とは違う。

 きれいなカプセルベットで泥のように眠……れない。ねれね〜〜。全然寝られない。
 お腹がぐーぐー鳴って同じドミトリーの人たちに申し訳がない。寝返りをうつたびに体がパキパキ鳴る。申し訳ない。
 旅行先では全然に寝られないタイプの人間だが、こんなに疲れていても眠れないのか。こんなんで9日もつのだろうか。

 HP読めなくてキャンプ場予約できなくて携帯忘れて自動車専用道路走れなくて暗い山ん中走って、計画性も自分の性根もダメダメだけど、でもなんとなくうまく行っているし人間がやさしい。もう少しがんばろう。がんばるしかないのだ。


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