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ベスパベスパカブベスパ(6/9)

2022年10月1日(土)
 バイクに乗ってフェリーに搭乗するのは生まれて初めてだった。内臓の圧縮と動悸が高まる、ようは心配性なのだ。恥をかきたくない、うまくやりたい。昨日の失敗を取り返したい。早々にゲストハウスのドミトリーから飛び起きて、港へ向かう。
 搭乗予定の2時間前にはフェリー乗り場についてしまった。今からの出航にゆうに間に合いますけど、と、受付の人を困らせてしまった。

瀬戸内海は、彩度が高くて抜けるような青

 高松港付近をぶらつく。トリエンナーレ開催中かつみんなの休日なので、かなり賑わっていて元気がなくなる。無職は人混みに弱い、攻め立てられている被害妄想が始まる。

待ち時間に、瀬戸内トリエンナーレのガイドブックとパスポートを購入した

 フェリーにバイクを積み込むときに「遠くから来たねえ」と話しかけてくれるライダー。一人旅の途中に他者から話しかけられるのは嬉しい。良かったら、これを読んでいるみんなは、一人旅の人間に話しかけてみてほしい。私には、そんな勇気はない。
 人は、共通の言語をもつとき、関わりを開始するハードルが著しく低くなる。
 それに加えてもしかしたら、私は弱そうで隙が多くてニコニコしていがちなので、話しかけやすい雰囲気があるのかもしれない。ガクウチでスターバックスのアルバイトをやりこんでおいて、良かった。狂った歯車社会で培ったテクニックというのは、存外、役に立つ。

高松の夜を取り返すために、うどん

 フェリーで食べるうどんは格別だ。値段は高く、さりとて美味しくもないのに、フェリーで食べているという付加価値によってアドレナリンがだくだく出る。アドレナリンは、出せるときに定期的に出したほうがよい。

浴びるよね潮風

 積込みのときにベスパの台数が尋常じゃないことに気づいたが、フェリーの乗客をざっと見渡してみても、ベスパ乗りのオシャレなライダーがしこたま乗っている様子が見てとれる。みな、奇抜なサングラスをかけこなし、高そうなブランドバッグを引っ提げている。
 このままこのフェリーが沈んだら、日本国民が所有するペスパ台数のうち少なからずを占めるベスパが消滅するのではないだろうか。プラス、タイカブ1。小豆島でベスパのオフ会でもあるのだろう。はぐれメタルが大量にいるみたいな居心地の悪さがある。
 ベスパ乗りは、オシャレだ。私はクソオタクだから、ああはいフリクリね、ピロウズいいよね、という貧困な感想を生むことしかできない。モッズ族のことなんか、生まれてきてから今まで一度も考えたことがない。そういうことを少し恥いる時間を設けられるのが、私の長点だ。よろしくどうぞ。

小豆島ふるさとキャンプ場

 小豆島に着いた。テントを立てるのがだいぶ早くなった。キャンプ場にいたサイクリストのお兄さんが、いいのに乗ってんねと話しかけてくれる。アレだな、スーパーカブに乗っているというのも話しかけやすい大きな要因なんだな。noteのタイカブ仲間(勝手に!)が「スーパーカブは景観を犯さない」と言っていた意味がよくわかる。

カーナビがないので、公式ガイドブックに沿ってアートをめぐる

 方向音痴の私が当初の思惑通り逆方向に進行してしまっても、島の道はいつか一周する。方向音痴に優しい、離島のツーリングは。

トリエンナーレ・ゾム、かわいいねえ

 ミラー加工のジェットヘルメットをかぶっていたとき、地元の人たちに、逆の性別での呼称で話しかけられた。
 このまま私の性別性を奪い去ってくれ。ジェンダー規範とかいう厄介なファクターを、私の身に降りかかるものに限ってでかまわないから、瀬戸内海の藻屑にしてほしい。こういう旅を続けるさなかで、アンドロギヌスになりたいのだ、いつか。

 要は、私自身がもっとめちゃくちゃでわかりにくい外見になればいいのだ。他人を困惑させたい。この人はどっちのジェンダー偏見をぶっつければ気分がいいだろうか、というやつらの出鼻をさ、挫けたらいいのにね、いつかさ。

 高台に聳え、瀬戸内海が一望できるキャンプ場で眠る。波の音は聞こえない。でも、たしかにそこにいて、無職の私を見守ってくれているはずだ。


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