数ー字ェント街を往く
ニートマガジンのDiscordサーバーには「散歩」というチャンネルがある。
ニートと散歩の相性のよさは、わざわざここで紙幅を割くまでもないだろう。散歩は健康に良く、金がかからず、楽しい。ニートのためにあるような娯楽である。
「散歩」には、各々が散歩のさいに撮った写真が貼られる。それに対してみんなが絵文字のリアクションが押すというシンプルなチャンネルなのだが、この絵文字リアクションが結構楽しい。「こんなにうってつけの絵文字があるのか」と感心したり、「そこに注目する!?」と驚くような、虚をつく絵文字が押されたりする。
最寄りのファミマにAmazonの荷物を取りに行く道中の信号を待っている時間に「散歩」チャンネルを眺めていたら、ある写真が投稿されていた。
なにかの保存庫かタンクだろうか、一桁の数字だけが書かれた大きな建物が撮影されている。青空を背景に、どこか退廃的でインダストリアルな雰囲気をもついい写真だ。絵文字リアクションは至ってシンプルで、大きな建物に描かれた数字の絵文字が押されている。
私も数字の写真を撮って、数字のリアクションを押されたい。
……客観的に見て、まったく意味のわからない欲望が到来し、トラックが走り去っていく風圧で我に帰った。直観。数字を探しに、街を歩かねばならない。突如訪れた、指令。〈使命〉と言っても差し支えないかもしれない。私は、この身を挺してでも、数字を見つけて写真を撮り、このサーバーのこのチャンネルに、貼りたい。
というわけで、ファミマで荷物を受け取ったその足で、数字の写真を収めるべく、寂れた街を歩くことに決めた。
店舗の看板が多く立ち並ぶアーケード商店街のエリアまで、ここから徒歩20分くらい。〈使命〉と大袈裟なことを言ってみたけれど、数字なんて街に溢れかえっている。サクッと見つけてDiscordに貼って、数字のリアクションを押され、ホクホクで家に帰ってAmazonで買った本を読もうじゃないか。
数字探しの散歩、開始!
やっぱりこう、あまりにデカすぎたり、道路標識みたいにクリシェ化していたり、「24h」みたいに文脈性がある数字はだめだ。そんなのはきっと、本当の数字ではない。突然の、ただの数字であってほしい。ただ、そこにあるだけの数字。
団地やアパートの管理番号のようなもの、建物を隅っこ上のほうに書かれている数字を当てにしていたのだが、夜という時間帯のせいでそういうものは目視できない。フィールド不利だ。算段がハズれた。
徒歩5分のコンビニに荷物を受け取りに行くだけだと思っていたからナメた履き物で出てきてしまった。クッション性のない履き物で歩くと、すぐにかかとが痛くなる。そういえばだけど牛乳も買った。常温で放置して大丈夫だろうか。そして、受け取った荷物と1000mlを風呂敷にくるんで背負った肩が少し重い。
だが、このままおめおめとは帰れない。〈使命〉なのだ。そんなことをしたら、私は私のことが許せなくなってしまう。
これはなかなかいい「15」じゃないか?マル15。まったく文脈性のない、15。美しさすら感じないだろうか。
……だが、数字の絵文字が0〜9までしか無いことを考えると、やっぱり一桁の数字がほしい。
こんなにキョロキョロしながら、街を徘徊するのは初めてだ。よくわからないものにカメラを向けているタイミングで職質されたら、どう説明するのがよいのだろう。正直に「今、数字を探して歩いているんです」と述べたら、お巡りさんはどんな顔をするのだろうか。
ふかふかの紙花が落ちていた。小学生が催すハッピー行事の折に、薄い紙と輪ゴムを用いてみんなで作る例のアレだ。ふかふか造花が落ちていると、わけもなく嬉しいものだ。
さや香みたいな街あった。嬉4。
一桁で単位のついてない「6」。いや、さすがに、さすがにこれじゃあんまりだよな。地域性が、局地性が全然足りない。こんなんじゃ気持ちよく帰れない。
私は「数字を見つけたい」「数字のリアクションを押されたい」という欲望に駆られているわけではないようだ。「気持ちよく、爽快に満足したい」、これに尽きる。欲望を満たしてくれる数字がほしい。
だんだん「イッツメディアで誤魔化して帰りたい」という気持ちになってきた。
充電が切れた後で最高の数字を見つけたら、泣き出してしまう。早く見つけて帰りたい。
BAD BOYたちの落書きに数字を探す。無いな。
悪くない。悪くないけど、パチスロ屋さんでこの形の「7」はちょっと、アイコン化している「7」だよな。「ななや」。なんか関西弁なのも、気になるし。
いや、そうなんだけど(笑)と笑ってしまった。セブンイレブンを見てニヤニヤしたのは初めてだし、セブンイレブンもこんなにニヤニヤされたのは初めてだったろう。
ニヤニヤしながらこの写真を撮った時にすれ違った人が、怪訝な顔をしていたような気がする。だがそんなことは関係ない。これは神聖な〈使命〉なのだから。
3!
これはね、悪くない3だね。いいね。左下にかわいい猫もいるし。みんな、猫、好きでしょ。チャンネル「散歩」にアップされる動物画像、堂々1位、猫。2位は鳩。たぶん。体感。
シエスタ3という言葉の響きも悪くない。突然言われたらびっくりすると思う。シエスタ3。なに?なんて?
性善説すぎ居酒屋があった。往来側をバックヤードにすんの、めずらし。人が良すぎる。裏切られた経験とかないのかな。
わ〜〜〜!
これはかなり5じゃないか?
No5。ナンバー5ってことにしていい?だとしたら、それって、5じゃん。そのものの5。いいねえ。
5だね〜。紛うことなき、5だねえ。これは5。どこに出しても恥ずかしくない5ですわ。
いい5が見つかってとても嬉しい。
私にとって散歩といえば、考え事をしながら気晴らしにアテもなくぶらつくという行為を指すものだったけど、何か具体的なものを街から見つけ出す散歩ってとても新鮮で楽しい。見つかるかどうか分からないものを探しにいくのって宝探しの冒険みたいだ。
いい5を見つけたことが嬉しくて、荷物を受け取ったコンビニまで戻って白ワインを買った。2時間前に受け取った荷物を背負ったまま再来店してワインを買っていく、謎客。さっきと同じお兄さん。少し汗をかいている、不審客。
なにかこう、弁明をしたいような気まずさに駆られる。
だが、私は、堂々と彼に語り出したい。私は2時間もの間、数字を探しに街を歩いていましたよと。その結果、とっても良い5を見つけましたよと。2時間前の私とは違うんです、ひとつ大きくなって帰ってきたんですと、誇りを持って伝えたい。
そういう気持ちを込めて、「レシート処分しといてください」と言いました。伝わっていますように。
みなさんも何かを探しに散歩に出てはいかがだろうか。たとえば良い1とか、かっこいい2とか、素敵な3とか。
そのさいは是非とも、歩きやすい靴を履くことをおすすめします。
親指の根本が擦り切れた。痛い。
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