ヘッダー3

制服ジュリエット クリスマスSS

「すみれちゃん、こっち」
 電車を降りると、あっという間に改札へと向かう人波に流される。
 身体を持って行かれそうになっていると、桐谷くんの腕が伸びてきて、私のことを引き戻してくれた。
 その間にも私の顔はコートを着ている男の人の肩に何度もぶつかり、鼻は痛いし、きっと前髪はぐしゃぐしゃになっている。
 きれいにブローしてきたのに、ちょっと切ない。

 桐谷くんは背の小さい私を守るように、肩を抱き寄せて歩いてくれた。
 そこに他意はないって分かっているのに、普段よりもずっと近い距離に、私の頬は勝手に色づいてしまう。
 いつもだったらそれを目ざとく見つけて、私をからかうレントくんの姿も、一緒に来ていた真帆ちゃんのロングヘアも、もう見つけることはできない。
  私たちは押し出されるように改札をくぐって、駅の外へと出た。

「すみれちゃん、大丈夫?」
「う、うん。なんとか」
 私は乱れた髪を見られるのが恥ずかしくて、うつむいたまま指でつまむようにして髪を整えた。
 駅から出た人たちはそれぞれ連れ立って、イルミネーションで彩られた幻想的な世界へと歩き出している。
 光の球で彩られた並木道の先には公園があって、そこには大きなツリーと光のオブジェが飾られているらしい。
 この駅で降りた人たちの大半はその方向へと歩いていく。

「真帆ちゃんたちとはぐれちゃった?」
「あー、まあレントいるし大丈夫でしょ。行こ」
 桐谷くんが手を差し出してくれるから、手を繋いでくれるんだとわかって、緊張しながらそっと手を差し出した。
 指先を掴まれて「冷たいね」という言葉と共に、桐谷くんの体温が私に流れ込んでくる。
 手袋をつけてなくてよかった。
 現金なわたしはそんなことを思ってしまう。
 実は外に出たら、手袋がないと寒いかなと思って、バッグに入れてきていたのだけれど。
 桐谷くんは指を絡めて手のひらを合わせてきた。恋人繋ぎ。
 普段の私たちはそんな風に街を歩いたことがなかったので、ビックリして思わず桐谷くんを見上げると、こちらを見ていたずらっぽく微笑んでいた。
 ――今夜はクリスマスだから特別。
 胸が高鳴る音が聞こえた気がした。

 私たちが世間一般のカップルみたいにベタベタしないのは、教師であるお父さんの許しを正式にもらってないからだろう。
 桐谷くんに直接聞いたわけじゃないけれど、きっとそういう気がする。

 私のお父さんは、桐谷くんの通う陸南工業高校の教師で、鬼教師と恐れられている。
 そんなお父さんに怯むことなく、桐谷くんはわざわざ家まできて、私と正式につきあいたいって言ってくれた。
 彼女のお父さんにそんなこと言ってくれる高校生の男の子って、そんなにいないと思う。
 しかもそれが教師で、娘の私から見てもコワイあのお父さんにだから余計にすごい。

 それなのにお父さんは、その勇気を汲んではくれなかった。
 そんなことで情にほだされるほど、私のお父さんは簡単じゃなかった。

「世の中そう簡単に思い通りに進むと思うな。まずは大学に合格して、その制服を脱いでから来い。話はそれからだ」

 なんてひどい仕打ちをするんだろう!
 これじゃ、桐谷くんが高校を卒業するまでは、どうあっても認めないと言われているのと同じだ。
 せっかく晴れて桐谷くんと両想いになれたのに、理想の恋人同士には当分なれそうにない。

 なんて泣き言も、桐谷くんが文句ひとつ言わないで受け入れるから、言えるわけもない。
 そんなわけで私と桐谷くんは、お互いに気持ちを隠してつきあっていたときよりもずっと、健全なおつきあいをしている。 
 もちろん一緒に図書館で勉強をしているだけでも幸せだけれど、それでもやっぱりこうやって恋人同士みたいに街を歩くことには、憧れというか、格別な喜びがある。

 ピンクや黄色の電飾は、公園に近づくにつれて青一色になった。夜の中に浮かぶ青色の世界。
 ほうっと感嘆の息を吐くと、白く立ち上った。
「すごい綺麗……、夢みたい」
「すみれちゃん大げさ。まあ、そこまで喜んでくれると連れてきた甲斐あってうれしいけど」
 桐谷くんは笑うけど、私にとっては大げさでもなんでもない。
 私が見る景色の中に『桐谷くん』という存在がいることが、奇跡みたいなものなのだから。

 私たちは公園に飾られた大きなツリーの前までたどり着いた。
 まわりでは大勢のカップルが寄り添ってツリーを見上げている。
 同じようにツリーのてっぺんを見上げた。
 いくつもの光の球の上には、遠く星空が広がっている。

   冬の冷たい空気も、この眺めを澄んだものにしてくれている気がして、嫌じゃない。
 いつもなら寒いのは好きじゃないのに、今夜はなんだか神聖なもののような気がして、胸いっぱいに吸い込んだ。

「すみれちゃん、寒くない?」
 桐谷くんはいつでも私を気遣ってくれる。
「大丈夫だよ。もっと見てたい」
 微笑んで桐谷くんを見ると、何故か苦笑いをしていた。
「そこは素直に寒いって言って欲しかった」
「え? なんで? 寒いよ?」
 私が「寒い」と言い直すと、桐谷くんはふわっと笑って、私を後ろから抱き込んだ。
「わっ」
「すみれちゃん、寒いって言ってくれた方が、くっつく口実できるじゃん」
 照れ隠しみたいに私の髪に顔を埋められて、うわーっと身体じゅうの血液が駆け巡るのを感じた。
 コート越しに感じる桐谷くんの身体の感触に、全意識が集中してしまう。

 うれしいのと恥ずかしいのと、もしかしたらこれは夢なんじゃないかって不安まで、いろんな感情が一気に襲ってきて、身の置きどころがわからなくなってしまう。
「すみれちゃん、髪まで冷たい」
 桐谷くんが私の首の後ろ辺りでしゃべるから、熱い息が首筋にかかって、私はますますどうしたらいいか分からなくなってしまった。
 どきどきしすぎて、心臓が口から出ちゃいそう。

「……すみれちゃん?」
 一向にしゃべらない私を不審に思ったのか、桐谷くんが私の顔をのぞきこもうとしてきた。
 ち、近い、近い!  顔が近いからー!
「あ、あのね」
「うん?」
「あんまり幸せすぎるとね?」
「ん?」
 桐谷くんの方は恥ずかしすぎてとても向けないから、私は前を向いたまま自分の気持ちを正直にしゃべった。
「この夢が醒めちゃったらどうしようって、怖くなる……」

 好きで、好きで、大好きすぎて。
 この想いが強すぎて、失ったらどうしようって怖くなるよ。
 こんな風に思う私はおかしいかな。
 それとも恋をする女の子には共通の気持ちかな。
 桐谷くんに恋をして、私は毎日いろんな気持ちを知っていく。

「それは困った」
「え?」
 独り言のような気持ちでしゃべっていたから、桐谷くんがすぐに反応してくれたことに少し驚いた。
「俺、これからもっとすみれちゃんのこと幸せにする予定だから」
「え……」
「だからもっと怖がらせちゃうかも」
 桐谷くんは笑いながら大丈夫だよとでも言うように、力を込めてぎゅーっと抱きしめてくれた。
「来年も、再来年も一緒にクリスマスツリー見にこよう。すみれちゃんが現実だって実感できるまで、飽きるくらい一緒に見よう」
「うん」
 未来の約束がこんなにも嬉しいんだってことも、私は桐谷くんと出会って初めて知った。

 きっと、来年も幸せなクリスマスになる。

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このSSは真帆とレントが主人公の『制服ラプンツェル』の一場面を、すみれ視点で切り取ったものです。
お気に召しましたら、ぜひ本編をお手に取ってください。



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