制服ジュリエット クリスマスSS
「すみれちゃん、こっち」
電車を降りると、あっという間に改札へと向かう人波に流される。
身体を持って行かれそうになっていると、桐谷くんの腕が伸びてきて、私のことを引き戻してくれた。
その間にも私の顔はコートを着ている男の人の肩に何度もぶつかり、鼻は痛いし、きっと前髪はぐしゃぐしゃになっている。
きれいにブローしてきたのに、ちょっと切ない。
桐谷くんは背の小さい私を守るように、肩を抱き寄せて歩いてくれた。
そこに他意はないって分かっているのに、普段よりもずっと近い距離に、私の頬は勝手に色づいてしまう。
いつもだったらそれを目ざとく見つけて、私をからかうレントくんの姿も、一緒に来ていた真帆ちゃんのロングヘアも、もう見つけることはできない。
私たちは押し出されるように改札をくぐって、駅の外へと出た。
「すみれちゃん、大丈夫?」
「う、うん。なんとか」
私は乱れた髪を見られるのが恥ずかしくて、うつむいたまま指でつまむようにして髪を整えた。
駅から出た人たちはそれぞれ連れ立って、イルミネーションで彩られた幻想的な世界へと歩き出している。
光の球で彩られた並木道の先には公園があって、そこには大きなツリーと光のオブジェが飾られているらしい。
この駅で降りた人たちの大半はその方向へと歩いていく。
「真帆ちゃんたちとはぐれちゃった?」
「あー、まあレントいるし大丈夫でしょ。行こ」
桐谷くんが手を差し出してくれるから、手を繋いでくれるんだとわかって、緊張しながらそっと手を差し出した。
指先を掴まれて「冷たいね」という言葉と共に、桐谷くんの体温が私に流れ込んでくる。
手袋をつけてなくてよかった。
現金なわたしはそんなことを思ってしまう。
実は外に出たら、手袋がないと寒いかなと思って、バッグに入れてきていたのだけれど。
桐谷くんは指を絡めて手のひらを合わせてきた。恋人繋ぎ。
普段の私たちはそんな風に街を歩いたことがなかったので、ビックリして思わず桐谷くんを見上げると、こちらを見ていたずらっぽく微笑んでいた。
――今夜はクリスマスだから特別。
胸が高鳴る音が聞こえた気がした。
私たちが世間一般のカップルみたいにベタベタしないのは、教師であるお父さんの許しを正式にもらってないからだろう。
桐谷くんに直接聞いたわけじゃないけれど、きっとそういう気がする。
私のお父さんは、桐谷くんの通う陸南工業高校の教師で、鬼教師と恐れられている。
そんなお父さんに怯むことなく、桐谷くんはわざわざ家まできて、私と正式につきあいたいって言ってくれた。
彼女のお父さんにそんなこと言ってくれる高校生の男の子って、そんなにいないと思う。
しかもそれが教師で、娘の私から見てもコワイあのお父さんにだから余計にすごい。
それなのにお父さんは、その勇気を汲んではくれなかった。
そんなことで情にほだされるほど、私のお父さんは簡単じゃなかった。
「世の中そう簡単に思い通りに進むと思うな。まずは大学に合格して、その制服を脱いでから来い。話はそれからだ」
なんてひどい仕打ちをするんだろう!
これじゃ、桐谷くんが高校を卒業するまでは、どうあっても認めないと言われているのと同じだ。
せっかく晴れて桐谷くんと両想いになれたのに、理想の恋人同士には当分なれそうにない。
なんて泣き言も、桐谷くんが文句ひとつ言わないで受け入れるから、言えるわけもない。
そんなわけで私と桐谷くんは、お互いに気持ちを隠してつきあっていたときよりもずっと、健全なおつきあいをしている。
もちろん一緒に図書館で勉強をしているだけでも幸せだけれど、それでもやっぱりこうやって恋人同士みたいに街を歩くことには、憧れというか、格別な喜びがある。
ピンクや黄色の電飾は、公園に近づくにつれて青一色になった。夜の中に浮かぶ青色の世界。
ほうっと感嘆の息を吐くと、白く立ち上った。
「すごい綺麗……、夢みたい」
「すみれちゃん大げさ。まあ、そこまで喜んでくれると連れてきた甲斐あってうれしいけど」
桐谷くんは笑うけど、私にとっては大げさでもなんでもない。
私が見る景色の中に『桐谷くん』という存在がいることが、奇跡みたいなものなのだから。
私たちは公園に飾られた大きなツリーの前までたどり着いた。
まわりでは大勢のカップルが寄り添ってツリーを見上げている。
同じようにツリーのてっぺんを見上げた。
いくつもの光の球の上には、遠く星空が広がっている。
冬の冷たい空気も、この眺めを澄んだものにしてくれている気がして、嫌じゃない。
いつもなら寒いのは好きじゃないのに、今夜はなんだか神聖なもののような気がして、胸いっぱいに吸い込んだ。
「すみれちゃん、寒くない?」
桐谷くんはいつでも私を気遣ってくれる。
「大丈夫だよ。もっと見てたい」
微笑んで桐谷くんを見ると、何故か苦笑いをしていた。
「そこは素直に寒いって言って欲しかった」
「え? なんで? 寒いよ?」
私が「寒い」と言い直すと、桐谷くんはふわっと笑って、私を後ろから抱き込んだ。
「わっ」
「すみれちゃん、寒いって言ってくれた方が、くっつく口実できるじゃん」
照れ隠しみたいに私の髪に顔を埋められて、うわーっと身体じゅうの血液が駆け巡るのを感じた。
コート越しに感じる桐谷くんの身体の感触に、全意識が集中してしまう。
うれしいのと恥ずかしいのと、もしかしたらこれは夢なんじゃないかって不安まで、いろんな感情が一気に襲ってきて、身の置きどころがわからなくなってしまう。
「すみれちゃん、髪まで冷たい」
桐谷くんが私の首の後ろ辺りでしゃべるから、熱い息が首筋にかかって、私はますますどうしたらいいか分からなくなってしまった。
どきどきしすぎて、心臓が口から出ちゃいそう。
「……すみれちゃん?」
一向にしゃべらない私を不審に思ったのか、桐谷くんが私の顔をのぞきこもうとしてきた。
ち、近い、近い! 顔が近いからー!
「あ、あのね」
「うん?」
「あんまり幸せすぎるとね?」
「ん?」
桐谷くんの方は恥ずかしすぎてとても向けないから、私は前を向いたまま自分の気持ちを正直にしゃべった。
「この夢が醒めちゃったらどうしようって、怖くなる……」
好きで、好きで、大好きすぎて。
この想いが強すぎて、失ったらどうしようって怖くなるよ。
こんな風に思う私はおかしいかな。
それとも恋をする女の子には共通の気持ちかな。
桐谷くんに恋をして、私は毎日いろんな気持ちを知っていく。
「それは困った」
「え?」
独り言のような気持ちでしゃべっていたから、桐谷くんがすぐに反応してくれたことに少し驚いた。
「俺、これからもっとすみれちゃんのこと幸せにする予定だから」
「え……」
「だからもっと怖がらせちゃうかも」
桐谷くんは笑いながら大丈夫だよとでも言うように、力を込めてぎゅーっと抱きしめてくれた。
「来年も、再来年も一緒にクリスマスツリー見にこよう。すみれちゃんが現実だって実感できるまで、飽きるくらい一緒に見よう」
「うん」
未来の約束がこんなにも嬉しいんだってことも、私は桐谷くんと出会って初めて知った。
きっと、来年も幸せなクリスマスになる。
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このSSは真帆とレントが主人公の『制服ラプンツェル』の一場面を、すみれ視点で切り取ったものです。
お気に召しましたら、ぜひ本編をお手に取ってください。
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