制服ラプンツェル_クリスマス

制服ラプンツェル クリスマスSS

「真帆クリスマスどこ行く?」
レントくんがそう聞いてくれたのはクリスマスのちょうど一週間前のことだった。
「遊園地……は、どうかなあ」
遊園地なんて子どもっぽくて嫌がられるかなと思ったけれど、レントくんは私がチケットを見せると「ふーん。面白そうじゃん。イルミネーションもやってるみたいだしちょうどいいな」と言ってくれた。
実はこのチケットはくるみとさっちゃんが私の為に用意してくれたものだ。
この遊園地には『観覧車がてっぺんに止まったところでキスをしたカップルはずっと別れない』というジンクスがある。
子どもっぽいおまじないみたいなジンクスを真に受けるほど、私だって子どもじゃない。
でもそれでもそこに縋りたくなってしまうほどに私は未だに自信がない。
レントくんの隣にいるのが私でいいのかなってことに。

「あなたがレントの彼女さん?」
そう聞かれたとき素直に答えることができなかった。
夜空みたいに輝くネイル。ゆるりと巻かれた長い髪は明るい茶色で、私は思わず染めていない自分の黒髪の毛先をじっと見下ろしてしまった。
レントくんが通っていた工業高校はほとんどが男子生徒で、レントくんの周りにはいつもいっぱい人がいたけれど、それは男の子ばかりだった。
けれど今、音楽関係の専門学校に進んだレントくんの周りにはたくさんの女の子がいる。
私と違って明るい髪色で、私と違ってきちんとメイクをした大人っぽい女の人達が。
べつにレントくんがそういう女の人達と特別に仲良くしてるって事実はない。彼女達がレントくんのことを好きって決まったわけでもない。
ただ勝手に私がヤキモチを妬いて、勝手に自信を失くしているだけ。
付き合って一年経っても、私はレントくんのことを呼び捨てで呼ぶなんてできない。

「真帆、今日落ち着きないな」
「えっ? そ、そう!? 気のせいだよ!」
だけど実際に遊園地まで来て気づいた。
いくらシチュエーションが整っていたとしても、クリスマスの今日だからこそジンクスにも特別な効果があるんじゃないかって思ったとしても、恋愛初心者の私がどうやってレントくんとキスする流れにもっていけるっていうんだろう……!
そんなの簡単にできたら初めから自信なんて失くしてないし!
挙動不審になる私にレントくんはさらに爆弾を落とすような台詞を口にした。
「今日の真帆かわいいな」
「あっ、あっ、ありがとう……」
ピンクのニットとコートは、いつもの私と違うチョイス。
私らしくもなく超ストレートの髪をちょっとだけ巻いてきてしまった。
それを指摘されたみたいで、恥ずかしさが半端ない。
レントくんはいつでも自然体で、それでも周りの女の子の視線を独り占めしちゃうくらいかっこいいというのに。
「変かな……」
私がごまかすように髪の先っぽを指先で巻いてうつむくと、レントくんがぷっと噴き出した。
「全然。かわいいって言ってんのに。真帆、ひとの話聞いてた?」
「き、聞いてるよ! ごめん……」
心臓のバクバクはクリスマスデートの緊張からなのか、観覧車でのキスのことを考えすぎてなのか、もう自分でも分からない。
でもいつも以上に緊張して空回ってることは確かだ。
こんなこと考えていることがバレたらレントくんに変態だと思われてしまう。私はもう暗くなった夜空に向かって、緊張を逃がすようにふう、と息を吐いた。

子どもっぽいかなと思っていた遊園地は、ナイト営業の時間だからかカップルだらけだった。皆周りの目を気にすることなく、手を繋いだり肩を組んだりくっついている。ライトアップされている観覧車も人気で乗るには列に並ばなければいけなかった。
「とりあえずお化け屋敷でも入っとく?」
「な、なんでお化け屋敷……!?」
「冗談だよ。ツリー見に行こうぜ」
レントくんが自然に手を差し出してくれるから、私はレントくんと手を繋ぐことができた。
それはそれでとろけそうに幸せな気持ちになるのだけれど、ここは観覧車に乗りたいって言うチャンスだったんじゃないだろうか。あっさり逃してしまった。
「恋って難しい……」
「何言ってんのさっきから」
数学の問題なら色々な解き方で正解にたどり着けるのに。
私にはこの問題をクリアできそうにない。

遊園地の奥の芝生広場の真ん中に大きなツリーが飾ってあって、青と白で幻想的にライトアップされていた。去年見た色とりどりのツリーとはまた違う。
違うクリスマスを、こうしてまたひとつ積み重ねていくことができる。
それだけで幸せすぎて、私はもうジンクスなんかに縋らなくてもいいんじゃないかと思ってしまった。
永遠なんて高望みをしてはバチが当たる。隣に立つレントくんの大きな手をギュッと握りしめた。

「せっかくだから乗ってく?」
散々、遊園地を回ってジェットコースターも乗って、もう観覧車のことはすっかり諦めていた頃、レントくんがふいに観覧車を指差してそんなことを言った。
「の、乗ってく!!」
それに食いつくように答えてしまう私は、我ながらゲンキンだと思う。
さっきそんな贅沢言わないって心に決めたばかりだというのに。
必死感漂う私を見て、レントくんは「真帆そんなに観覧車好きだっけ?」と不思議そうな顔をした。
並んでいる間に夜風ですっかりほっぺたが冷たくなっているはずなのに、私だけ緊張で頬が熱い。きっと赤くなっているだろうけれど、この暗さなら気づかれることはないはずなのでだいじょうぶだ。
チケットを私の手に握らせてガンバレと言ってくれたくるみとさっちゃんの顔が浮かぶ。
せっかく観覧車に乗れるのならば、ジンクスを成し遂げたいと思ってしまう。

観覧車に乗ると自然と私とレントくんは向かい合わせに座ってしまい、絡めていた指先は離れた。それが寂しくてじっと指先を見つめていたけれど、そんな場合じゃないと気づく。
こんなに離れてちゃ、てっぺんでキスできない……!
「ほら、見て真帆。キレー」
キラキラとした瞳で小さくなっていくイルミネーションを指差すレントくんの瞳は純粋そのもので、下心いっぱいだった私は一気に自分が恥ずかしくなった。
「ほ、ほんとだ。きれい……!」
あわてて窓に張りつく私に、レントくんは「やっぱ今日の真帆変じゃない?」と首を傾げた。
「変じゃない。変じゃないよ……!」
「なんか言いたいことあるとか?」
「ないない! ないよ全然……!」
レントくんのことが好きすぎて自分に自信がなくなっちゃうんですって悩みは常時抱えているけれど、それをレントくんに伝えたって仕方がない、自分の問題だ。私はそれを聞いてほしいんじゃなくって、今はただ単純に……。

――キスしてほしい。

「……なんてね、言えるわけない! 言えるわけないよ……」
頬を両手で覆い隠して口の中でゴニョゴニョとつぶやいた。
考えただけなのに一気に心拍数が上がってしまった。
こうしている間にも観覧車は着実にてっぺんへと近づいている。
どうしよう、どうしよう。
チケットをくれた友達と、レントくんの周りにいるきれいな女の人と、さっき手を差し出してくれたレントくんが頭の中でぐるぐると回る。

「真ー帆っ」
「うわぁっ」
気づいたらレントくんが隣にきていて、私の手を頬から引き離した。
「言いたいことあるなら言えって」
レントくんは挙動不審な私に、不機嫌になってるふうでもなく、単純におもしろがっているみたいで、口元には笑みを浮かべている。
こんな私のことをしょうがないなあって受け入れてくれている、優しい笑顔。
レントくんならきっと。
私が言ったワガママを全部かなえてくれそうな気がする。
こんなに素敵な人が、私の願いを全部叶えてくれるなんて未だに信じがたい事実だけれど。
「レントくん……、い、言うから手を離してくれる……?」
グレーに近い瞳と輝く銀色の髪は、一見怖くも見えるけれど、レントくんの視線はすごく優しいんだ。私はそれに背中を押されるように、自分の願いを口にすることを心に決めた。
その瞬間にふと思い出したのは、お友達カップルのリセちゃんの教え。
この間実践したときには、リセちゃんの言った通り絶大な効果があった。
だから私はそれを思い出して、自分の顎の下で手を組んで、上目遣いで目の前のレントくんを見つめた。

「お願い、レントくん。……キスして」

ぐっと詰まったように黙り込んだレントくんの顔は見る間に赤く染まっていき、完全に固まってしまった。
だから二人の唇が触れ合ったときは、観覧車はてっぺんを過ぎるギリギリだったのだけれどきっと神様も大目にみてくれると思う。
だって今日は恋人たちが幸せな夜を過ごす、クリスマスなのだから。

――来年も一緒に過ごせますように。

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