香港滞在記⑥
もうかなりの期間がたってしまいましたが、滞在記を完成しないと次に進めない気がしてまたまた記憶に手繰り書かせて頂きます。
実質的最終日となる今日は台風の為、出演予定が流れ流れた中….著名なフランコ・メラ神父さまが指導される亡命希望者グループで歌わせて頂くことに。
Sr.エスターにも同行頂いて九龍半島中心部の油麻地(Yau Ma Tei)へ。高速道路脇にも停留所があるのには驚きでした。
亡命希望者グループは雑居ビルの9階でフランコ神父の指導の下、学習をされておられます。
参加される皆様はフィリピン、コンゴ、カメルーン、スリランカ、ペルー、ケニア、インド、チュニジアなど多数の素敵な皆さま。前向きで明るい皆さんで、歌唱後には即興で「日本語講座」もさせて頂き本当におっきな声で「にちよう、げつよう」と繰り返して頂きました。
本当に生ある事、今こうしてめぐり逢えたことに感謝いたしました。
持ち合わせていた羊羹を出したところ多くの皆さんが「石鹸」と思われてびっくり! 日本に対するあこがれを持たれる方、「さくらさくら」や「千の風になって」をご存じの方もいて日本人として嬉しくなりました。
国は違えど心はひとつ、このグループを通じての友情の輪。彼らの未来の幸あれ!と心から願わせて頂きます。
最近も衆院選で国際紛争で活躍された東京外大名誉教授が立候補されましたが、Fr.フランコは1974年香港に着任以来、70~80年代にかけ油麻地の船上生活者の権利を求めて英国の香港政府に向け抗議活動をされ、ご活動は1999年アン・ホイ監督の"Ordinary Heroes"の題材となっております。
偉大な方とご縁頂きました事本当にSr.エスターに感謝です。
エレベーターは定員5名の為、Fr.フランコとはこの階でお別れ、終了後、ビル前で亡命希望者の皆様ともお別れし、最終日の名残を惜しむがごとく周遊。
まずは九龍の中心街路彌敦道(Nathan Road)を北に昇り現在閉館中の東華博物館(グレードI歴史建造物)がある廣華病院前から北が女人街。こちらでは安価なTシャツや知人へのお土産を購入しました。
それから再びNathan Roadを南下、廟街夜市の中心となっている天后廟や1924年建設の法定古蹟の九龍連合教会、1906年建設のグレードI歴史的建造物の聖アンドリュース教会らを見た後、大規模な九龍公園へ。
九龍公園は元軍の要塞があり、今でもグレードIの歴史建造物になっている1865年頃建造の九龍西二號炮台や香港文物探知館の博物館、衛生教育展覧及資料中心、香港考古学会に転換された4つの兵舎が現存するほか噴水広場、鳥湖にフラミンゴが遊ぶ野鳥園、中華庭園があります。炮台ではおそらく毎日同じ時間に猫に餌をあげに来る女性の姿が印象的でした。
そして最後にヴィクトリアハーバーに着いて偉大な亡き映画スター李小龍(Bruce Lee)と梅艶芳(Anita Mui)の銅像を....、香港島のマンダリンホテルから投身自殺された張國榮の案内板前には献花が....おそらく彼のこの12日の誕生日を思って捧げられたのだと思います。
ヴィクトリアハーバーでは前書かせて頂いたAvenue of Starsと呼ばれる香港映画のスターの手形や案内板が設置された遊歩道が続いています。こちらの露店ではスターの絵葉書も販売されていました(筆まめなMさんのお土産にすればよかった...と悔やんでます)
ブルース・リーの銅像前では像と同じポーズで写真撮影される方も多く….。改めて香港映画観てみたくなりました。
最後の史跡訪問は入口がわかりにくかったですが、訊号山花園の訊号山訊号塔へ。
訊号山訊号塔は1907年香港天文台により建設され正確な時刻を市民に知らせる為1933年まで使用されました。こちらも法定古蹟です。
知らない土地を歩くのはどれだけ歩いても疲れ知らずの自身ですが、この日歩いた距離は歩数計で何と20km!!
ラストには再びJordanの廟街夜市に….。こちらでは残念ながら掘り出し物にはめぐり逢いませんでした。
バスを乗って洪水橋巴士廠まで。 このバスに乗ったおかげで初めて存在を知った洪福商場(Hung Fuk Shopping Centre)へ。土産購入後、夜マックを頂きました。
残念ながら高齢者施設、学校での訪問コンサートやアフリカセンター訪問はこの台風の為、ご縁がありませんでしたが…、全てに刺激を頂き….(今この書いている瞬間も改めて感動しつつ)これからに活かしていける様に励んで参ります。
一応ほとんど書く事もないですが、最終日についても後日投稿させて頂きます。
拙文&長文お読み頂き本当に感謝申し上げます。