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この小説は、みんなへの声援/せやま南天著『クリームイエローの海と春キャベツのある家』創作大賞2023(note主催)受賞の秋谷りんこさんによる書評を公開!

 発売即重版決定!!創作大賞2023(note主催) 朝日新聞出版賞受賞作!
 せやま南天さんの『クリームイエローの海と春キャベツのある家が刊行されました。家事代行歴3ヶ月・津麦の新しい勤務先は、5人の子どもを育てるシングルファーザーの織野家。一歩家の中に入ると、そこには「洗濯物の海」が広がっていた──。仕事や家事、そして育児……何かを頑張りすぎているあなたへ贈る物語。読めば、心がふわりと明るくなる。期待のデビュー作です!
 同大賞で別冊文藝春秋賞を受賞した秋谷りんこさんがご執筆くださった書評(「一冊の本」2024年4月号に掲載)を特別公開します。

せやま南天著『クリームイエローの海と春キャベツのある家』(朝日新聞出版)
せやま南天著『クリームイエローの海と春キャベツのある家』(朝日新聞出版)

この小説は、みんなへの声援

 私は、家事が苦手だ。子供の頃からおっとりしており、身の回りのことをするのが得意ではなかった。大人になっても変わらず、掃除も片付けも人並みにはできない。料理はするが、上手ではない。レトルト調味料や冷凍食品に助けられ、何を出しても「美味しい」と言ってくれる夫に救われているだけだ。洗濯は嫌いではないけれど、得意でもない。先日、仕事から帰ってきた夫が、部屋干ししてあるシャツの袖を黙って引っ張り出していた。片袖だけ裏返ったままで干していたことに、私は一日中気付いていなかったのだ。なんとも情けない。夫は、これも個性のうちと思って気にしていないらしい。でも、やっぱり申し訳ないと思うことがある。こんなポンコツでごめんなさい、と。

 本作は、家事代行サービスで働き始めた新米ヘルパーの永井津麦が、ある家族と出会い、葛藤しながら成長していくお仕事小説だ。

 津麦が派遣されたのは、妻を病気で亡くしたばかりのシングルファーザー織野朔也と、その五人の子供たちが住む家。事前の打ち合わせはろくにできず、感じの悪い朔也に不安を持ちながらの訪問初日、部屋に足を踏み入れた津麦は大きな衝撃を受ける。そこには、クリームイエローの海が広がっていた。片付けられていない洗濯物の海だ。おもちゃやオムツも散乱し、足の踏み場がない。朔也は、いつも目の下に濃いクマを作り、大工の仕事と子供の世話に追われている。生活は破綻しているように見えた。読みながらハラハラし、心配になる。もしかしたら、津麦の手には負えないのではないか。しかし、そんな家の冷蔵庫には意外にも、鮮やかな黄緑色の春キャベツが瑞々しく輝いていた……。

「家事なんて誰にでもできる」と思っていた津麦が、織野家の人々と関わりながら、この家族のためにできることは何かと模索していく。津麦が歩み寄ることで、家事代行に抵抗感を示していた朔也も、問題だらけに見えた子供たちも、少しずつ変わり始める。そして、母親を亡くした寂しさを分かち合っていく。そんな織野家を支えるのは、津麦の作る料理だ。その描写がまた素晴らしい。食べる人のことを考えて作られる津麦の食事は、思いやりがたっぷり込められていて、実に美味しそうだ。彩り豊かで食欲をそそる。誰かのために食事を作ること、一緒に食べることの大切さを教えてくれる。

 家庭というものは、外からでは見えない。その中で、みんなが四苦八苦しながら家事をしていると気付かされる。家事とは、生活を営むこと。つまりは、生きるということなのだ。

 そして、津麦自身も新しい人生の一歩を踏み出そうとする。それは、自分の夢や過去と真剣に向き合うことであった。家事ばかりして自分をあまり見てくれなかった母親への感情にも気付く。本当の意味で、自立へ向かって歩み始める。

 相談員の安富さんは、重要なキーパーソンだろう。「フッフッフッ」と笑う声が特徴的な、津麦の悩みや愚痴を受け止めてくれる懐の深い人物だ。しかし、決してポンと答えをくれることはない。津麦が自分の手で、足で、辿り着こうとするのを温かく見守り、導いてくれる。安富さんの存在に、読者も救われることだろう。ただ、誰にでも過去はある。それは彼も例外ではなく、苦しいことを乗り越えてきたからこそ、今の安富さんがいるのだ。

 ――たった一度で人の価値観を変えてしまうような劇的なものではない。でも、諦めて終わらせてしまわなければ少しずつ変化は起こる。

 安富さんは家事についてこう考えていたが、私には人生そのものに対する考えのように感じられた。

 私は家事が苦手だ……と思っていた。でも、違うのかもしれない。完璧にできなくても、私と夫が生きやすい生活を営むことができれば、それが私の家事になるのではないだろうか。この小説は、人と比べてしまったり、まだ自分は足りない、できていないと思ったりしてしまう心を、丁寧にほどき、自分らしく生きることとは何なのかを、一緒に考えさせてくれる。温かいエールのような物語だ。読み終わったときには、とてもやさしく爽やかな気持ちになれる。多くの方に、ぜひ読んでいただきたい。

 本作は、創作大賞2023(note主催)で朝日新聞出版賞を受賞した著者のデビュー作だ。私も同大賞で別冊文藝春秋賞を受賞して、もうすぐデビュー作が刊行となる予定なのだが、目が離せない作家が増えて、とても嬉しい。今後、津麦がほかの家庭で活躍する続編も読みたいし、別の作品で人の生きる姿を描き出してくれることも期待したい。


みんなにも読んでほしいですか?

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