見出し画像

派遣社員が見つけたコロナ禍での自由 正社員は「しんどそう」

 人づきあいや見栄・虚飾は一切なし。明治時代の「簡易生活」は究極のシンプルライフだ。その実態を描いた書籍『簡易生活のすすめ――明治にストレスフリーな最高の生き方があった!』の著者・山下泰平さんは、常々「正社員はつらそう」だと感じているという。その真意とは?(写真撮影/朝日新聞出版写真部・小山幸佑)

■正社員はパフォーマンスを発揮するのが難しい

 僕の本業は、とある組織のシステム管理です。雇用形態は、正社員ではなく、派遣社員。組織に所属してはいますが、そのなかにどっぷり浸かっているわけではないので、一歩引いた視点から働く環境を見ることができます。そのせいか、同僚として働く正社員たちに対して、少しだけ同情的な思いを抱いています。

 もっともつらそうだなと思うのが、職場がパフォーマンスを十分に発揮できる環境ではない点です。

 たとえば、毎日のように行なわれる会議。そのほとんどは、管理職がパッと決めて指示を出せば済むのに、わざわざ会議を開いて、さらに発言機会のない平社員まで出席させています。その結果、本来なら実務に当てることのできる時間を浪費させられてしまうのです。

 一方で、意思決定のプロセスが複雑で曖昧すぎるため、下された決断に納得できないまま働かなくてはならない人もいます。

 私の職場でもコロナの影響でオンラインによるサービス提供を行うことになったのですが、若い社員から現実的かつなかなか斬新なアイデアが提案されました。ところが、新しすぎるがゆえに理解できない人が多く、「今は非常時なんだから」と議論もあまりなされず、なんとなくで採用が見送られ、最終的に導入したのは同業他社と横並びのサービスでした。他人の気持は分かりませんが、納得できないって人もいたんじゃないかなと思いました。

 派遣で部外者の私は、自分の仕事を減らすため、見付からないように変更しちゃったりすることがあります。もちろん徹底的に調査して検証はしますが、議論の過程がなくても、結果的に良くなれば文句は出ない。ただこういうことをするのも、組織にがっつり組み込まれていると、なかなか難しいところがあるんだろうなと思います。

 理不尽に反対の声を上げられない。そして、本来なら発揮できるパフォーマンスを下げられてしまう。それが、正社員の悲しみです。

■基準を自分に設定して快適に働く

 では、どうすれば職場をよくすることができるのか。「簡易生活」にひとつのヒントがあるかもしれません。

「簡易生活」とは、明治時代の書籍や雑誌にしばしば登場する言葉です。明確な定義があるわけではないのですが、ざっくりと表現すると、「面倒なことを生活から排除して、自分が快適な生活を追求する」姿勢ということになるでしょう。

 明治時代の文豪にも実践者は多く、訪問客の多さに悩んでいた夏目漱石は、面会日を木曜日に決め、それが有名な「木曜会」となりました。坂口安吾は、巨大なポケットを付けた「安吾服」を考案し、荷物の単純化を試みました。

 簡易生活では、決断も簡易にすべきだとされています。思い付いた時にチャレンジし、失敗したら改める。漱石の「木曜会」は長く続きましたが、安吾は「安吾服」にすぐ飽きてしまい封印しています。

 簡易生活には「好きなことを好きなときにする」という考え方もあります。ですが職場では、どうしても周りの目が気になってしまいます。上司の評価はどうか、会議でこんな発言をしたらどう思われるか……。そうやって、評価基準が「他人」になることで「好きなように」行動するのが難しくなります。

 でも、究極的にいえば他人のことなんてわからないのですから、簡易に「自分本位」にいけばいいのではないでしょうか。自分の仕事を楽にするためには、どうすればいいかを考え、仕事の目標を自分が気持ちいいと思えるものにすればいいんです。

 僕の場合、使う人が快適と思えるシステムを構築できればなによりと思って仕事をしています。眠くて働けそうにないのであれば、多少の遅刻をしても睡眠を確保する。それで自分が気持ちよく仕事ができて、時間内にタスクを終了できればそれで満足です。時間給で働いていますので、会社にとっても人件費が減りメリットしかありません。

 もちろん、職場によっては「自分」を基準にするのが難しい場合もあるかもしれません。しかし、それでも簡易に自分中心を貫いて、それが会社にとっての利益につながることを示せば、周囲はいつか「そういう人」だといい意味で諦めてくれます。

 過去の簡易生活者たちは、社会が良いなら良いなりに、悪いなら悪いなりに、やれる範囲で改善しようという姿勢で生きていました。社会は他人の集合体ですから、これも「自分」を基準にしようという考え方に少し似ているかもしれません。

 今回のコロナ禍は、社会に大きな影響を与え、私も色々思うところがありました。なんだかんだで派遣ですから、職場の業績が悪くなってしまうと、いつ切られるか分からない。これは不安ですね。

画像1

生み出したスペースに満足気に収まる山下泰平さん(写真提供:山下泰平)

 もうひとつ、私も一時期、在宅勤務となりました。ところが自宅の机のサイズが60センチ×47センチという小さなもので、長時間作業するには流石に狭いし辛いなと感じました。

「自分が快適な生活を追求」し、「やれる範囲で改善」しようというわけで、机のサイズを拡大することにしました。再び在宅勤務になった際には快適に仕事ができる上に、環境を良くして自宅で出来る副業に力を入れてみるかという目論見です。

 まずはスペースを作るために収納を工夫し、家具の配置を変更しました。確保できたのは80センチ×55センチ、私の住んでいる部屋は狭いので、これでもギリギリです。さらに良い環境にするため、キーボードやモニタも選定しました。計画して調査検討し、少しだけでも生活をマシにする。簡易生活の基本ですね。

 机のサイズが変ったところで、問題が解決するわけではありません。それでも改善するための作業自体が面白く、実のところ机はまだ届いていないんですが、なんだかんだで不安感は消えちゃいました。

 こういうことを職場でやってみることから、簡易生活を始めてもいいんじゃないかなと思います。何本もあるボールペンを一本にしてみる、机の上をウェットティッシュで綺麗にしてみる、椅子の高さを徹底的に調整する、これなら他人の思惑はあまり関係ありません。

 これから世の中がどうなるかは分かりませんが、こういうふうにそこかしこを良くしようとしてみたり、飽きて放置してみたりしながら、今後も簡易生活的に暮していくのも悪くないかなと思っています。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!