はやくも3刷! 中山七里著『特殊清掃人』刊行記念エッセイ「自作解説は恥ずかしい」
自作解説は恥ずかしい
本音を言ってしまえば、自作解説なんて死んでも書きたくない。そもそも中山七里の小説のメイキングなんて誰が読みたいものか。
だが本エッセイの依頼内容は400字詰め原稿用紙に換算して7枚半から8枚。とても近況報告などでお茶を濁せる枚数ではなく、朝日新聞出版の担当者を呪いながら作品の成立過程を述べる所存である。興味のない人はすっ飛ばしてください。
孤独死という言葉は既に70年代から存在していたように思う。当時10代の僕はその頃より想像力たくましく、「孤独死って一人暮らしということだよなー。身の回りに誰もいなかったら発見も遅れるだろうし、発見が遅れたら死体は大変な有り様になっているだろうなー」などと好き勝手に妄想を膨らませていた。
そして90年代、つまりバブル経済の崩壊後に再び世間やマスコミの注目を浴び、社会問題にもなった。しかしながら当時の僕は(今でもそうだが)天邪鬼なところがあり、社会的な問題になった途端に興味が失せてしまった。
ところが孤独死の問題は収束するどころか対象年齢を広げ、コロナ禍の影響もあって最近では若年層の孤独死も増えたと言う。
何故、孤独死が増えたかを論ずるのは非常に容易い。マイクを突き付けられたらどんな人も一つや二つの回答を用意できるだろう。ただし物書きには原因を追究する以前の仕事がある。孤独のうちに死んでいった人を悼み、その内面に寄り添うことだ。
部屋には住んでいる者の心象が反映される、というのが僕の持論である。過去に多くの友人の部屋を訪れたことがあるが、やはり寝起きする場所には主の性格や嗜好が現れるものだと確信している。几帳面なヤツは本の並べ方にも規則性が窺えるし、本質がだらしない人間の部屋は服が脱ぎ散らかされており、連続殺人鬼の部屋には人間の部品が誇らしげに飾ってあるという案配だ(ちょっと違うか)。従って、死体が発見されるまで放置されていた部屋には、そこに住まう者の過去のみならず喜怒哀楽までが凝集しているというのは、あながち的外れではないような気がする。
さて、朝日新聞出版からオファーをいただいた際、まず大前提にあったのはミステリーという大きな括りだった。現状、ミステリーが提示する謎というのは大きく分けて次の4つが挙げられる。
フーダニット(Who done it=誰が犯行を行ったか)
ホワイダニット(Why done it=なぜ犯行を行ったか)
ハウダニット(How done it=どのように犯行に及んだのか)
ホワットダニット(What done it=何が起きているのか)
新本格勃興から現在に至るまで数多の国内ミステリーはこの4つのうちどれか一つ、あるいは複数を追究すべき謎として構成されている。別の言い方をすれば、意識的なミステリー作家はこの四つのハイブリッド型、もしくは別の謎が提示できないものかと苦心惨憺している次第だ。
大して意識的でもない僕でも、このテーマには無関心でいられない。新しい謎のかたち、現代を照らし出すミステリーとはいったいどんなかたちをしているのか。
つらつら考えるうちに思いついたのは、既存の四つの謎は全て犯人側の事情によるものであることだ。犯人が仕掛ける謎を探偵側が暴くので、所謂本格ミステリーとの相性が抜群なのだ。
では視点を被害者側に移すという試みはどうだろうか。
彼または彼女は、どうして死なねばならなかったのか。
彼または彼女は、どのような状況で死んだのか。
彼または彼女は、どのような人生を歩んできたのか。
畢竟、最大のミステリーは人の心である。ならば死者の内面を探るというのは立派にミステリーとして成立するのではないか。
ここで孤独死という社会問題が頭を擡げてきた。死者の内面を探るというテーマで描くに相応しい状況設定だ。上手く描くことができれば、「何故、孤独死が増えたか」に対する僕なりの回答にもなり得る。
プロットを組むにあたって、「特殊清掃」なる職業が世にどれだけ存在するのかを調べてみた。検索してみれば、まあ出るわ出るわ。俄には信じ難いほど業者名がヒットした。それぞれHPに飛んでみると「成長産業」と謳っている業者すらいた。
つらつら考えるに救いのない話だ。しかしながら、現実を現実として直視するところから現代の描写が始まる。特殊清掃の仕事を舞台にする以上、ある程度のグロ表現は避けて通れないが、これもまあ仕方なし。
テーマと舞台設定が決まれば、必要なキャラクターは自然に浮かんでくる(便利な頭だ)。かくして五百旗頭をはじめとした3人の物語が幕を開けた。作者としては彼らに寄り添い、彼らの視線で死者を見つめればいいので、さほど難儀はしなかった。
出来上がった物語が多くの人に楽しまれるよう願ってやまない。
ところで本作が、僕の従来作品に比べ女性キャラが多いことにお気づきだろうか。事件関係者に刑事、弁護士まで女性が占めている。この事実をもって「このロートル作家も、ようやくポリコレやジェンダーを意識し始めたか」と勘繰った方がいるかもしれない。
だが内情はそんな高尚なものではない。
一昨年、デビュー10周年の企画として「あなたが小説のキャラになる」キャンペーンというのを行った。当選者は100人近くに上ったが、元々僕の読者さんは女性比率が高いことも相俟って、当選者もまた女性が多かったのだ。『特殊清掃人』はその企画実行の最終作であったため、普段より女性が多く登場しているだけの話である。僕に意識のアップデートを期待した人がいたとしたら、買い被りも甚だしいと言わざるを得ない。
あああ駄目だ。
やっぱり自作解説なんて書くもんじゃなかった。後悔に塗れ、気品のなさに絶望しているうちに何とか原稿用紙7枚半。
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はやくも3刷!『特殊清掃人』
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