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過熱するNFTの可能性 法規制から考えるNFTビジネスの現在地

「日本には現在、暗号資産(仮想通貨)を明示的に規制する法制度があります。NFT(Non- Fungible Token、非代替性トークン)についてはそれがなく、だからこそ、さまざまなビジネスが花開きつつあるとも言えるでしょう。ただし、現行の法規制の中にも地雷が潜んでいます。それを踏んでしまったらせっかくの花がしぼむ可能性もあるのです」
 こう話すのは、一般社団法人ブロックチェーン推進協会(BCCC)のアドバイザーを務める弁護士で、『NFTの教科書 ビジネス・ブロックチェーン・法律・会計まで デジタルデータが資産になる未来』の共同代表編著者、増田雅史さん
 NFTビジネスの成長のためには、事業者が率先してルール作りを進める必要があるとも話す。NFTには法制度上、どんな論点があるのか。ビジネスサイドの現状も含め、解説してもらった。(撮影/写真映像部・高野楓菜)
※初出:ニュースサイト「AERA dot.」2021年10月掲載

『NFTの教科書 ビジネス・ブロックチェーン・法律・会計まで デジタルデータが資産になる未来』

■NFTの法規制は「地図」がない状態

 私たち企業法務弁護士は、どうやったら日本の法制度を守りながら国内でこれまでにない新規ビジネスを展開できるか、という部分のいわばガイド役も務めています。

 そのニーズがいま最も高いビジネス分野の一つがNFTでしょう。ブロックチェーン技術を活用するNFTは、その概念自体が新しいものなので、明示的な法律はもちろん、行政指導や訴訟などの前例もなく、その取引がどのように法解釈されるか、またその事業にはどんな法規制が適用されるのか、事業者にとってはかなり不明確です。だから、NFT関連の事業化にトライしたくても「何かの法規制に阻まれるのではないか」と心配し、なかなか一歩踏み出せずにいる。そこを解きほぐすのが企業法務弁護士の重要な役割と言えます。

 実際、基礎知識的な事柄に対する関係者のニーズは高く、私が2021年4月にNFTの法制上の論点をブログ記事として公開したところ、初日だけで3000件ものアクセスが集まりました。

 暗号資産(仮想通貨)をはじめとするブロックチェーン関連の事業者にしても、技術や他社事例への勘所はあっても、ルール関係の情報が極めて少なく、「そもそも何を聞いていいかわからない」という状態なのです。これは、未踏の地を目指して道なき道を暗中模索する状況であり、業界はいわば地図のない状態に直面しています。

 今回、自身の発案のもと、共同代表編著者として『NFTの教科書』を上梓した背景には、こうした切実なビジネスサイドのニーズがあります。法規制とビジネスの現在地を詳述した同書がNFTビジネスの健全な発展に資する文字通りの道標として、多くのビジネスパーソンに活用していただけることを願っています。

増田雅史弁護士(撮影/写真部・高野楓菜)

■NFTは暗号資産ではないので参入しやすい!?

 事業者からの基本的な質問で多いのは「NFTは暗号資産なのか」というものです。ファンジブル(代替性)とノンファンジブル(非代替性)という技術・機能的な違いもさることながら、暗号資産とNFTは法規制の上でも決定的に異なります。

 ビットコインやイーサなどの暗号資産は、法制度上は支払・決済手段として扱われています。当初からマネーロンダリングなどに使われるという懸念があり、国際的に金融規制を課す方向で議論されたわけです。日本は2016年に資金決済法を改正することによって、2017年4月から世界に先駆けて暗号資産(当時は「仮想通貨」でした)に対する規制を導入し、無登録では「暗号資産交換業」を営むことができない法制度になっています。

 その後、暗号資産に関しては、2017年のICO(イニシャル・コイン・オファリング)ブームも手伝って、決済手段として用いる目的ではなく投機的な思惑から売買が活発になり価格が乱高下する状況となりましたが、その後、預かり暗号資産の管理の不備や詐欺的な事案の発生といった問題が生じたことや、投資収益の分配を目的とする新たな分野(セキュリティ・トークンと言われることがあります)の登場といった社会の変化を踏まえ、2019年には規制強化を含む法改正が行われました。私は当時、金融庁の専門官としてその立案にかかわり、同改正法は2020年から施行されています。

 他方、NFTは一般に、支払・決済手段としての機能を持たないので、暗号資産に関する法規制は適用されないと考えられます。金融庁も、ガイドラインの改正に伴うパブリックコメント手続の際、「ブロックチェーンに記録されたトレーディングカードやゲーム内アイテム等は、1号仮想通貨と相互に交換できる場合であっても、基本的には1号仮想通貨のような決済手段等の経済的機能を有していないと考えられますので、2号仮想通貨には該当しないと考えられます」と明言しています。

 このようにNFTは、同じブロックチェーン技術を活用したトークンであっても、暗号資産とは異なり金融規制による制約を受けないと整理する余地が十分にあるので、参入が比較的容易な成長分野として注目されている面があると思います。もっとも、「NFTだから暗号資産でない」といった単純な話では必ずしもないですし、法規制は金融規制に限られるわけでもありませんので、安心して事業を営むためには、事業やサービスの内容に応じた慎重な検討が欠かせないのが実情です。

増田雅史弁護士(撮影/写真部・高野楓菜)

■海外のNFTビジネスモデルは、日本に持ち込めるのか

 特に多いご相談は、じつは「賭博」関係です。刑法上の賭博罪にあたるかどうかの線引きは実務上かなり難しく、偶然性を利用して、財産の増減を競うような構造にあるものが、広く該当する恐れがあるためです。ひとたび賭博に該当すると刑事罰が科され得ることもまた、事業者にとっては重大なリスクとして意識せざるを得ない点です。

 我が国では、オンラインゲームが他国とは少し違った発展過程をたどり、いわゆる「ガチャ」の仕組みが有力な収益手段として発達しました。このガチャについては、消費者の射幸心をいたずらに煽っている、果ては景品表示法違反に該当する可能性がある(コンプガチャ騒動を覚えておられる方もいらっしゃるでしょう)などと問題視されたこともありましたが、その後、私も弁護士として関与するなかで自主規制の仕組みが業界主導で整備され、現在は大きな問題が生じなくなっています。

 ここで、ガチャが偶然性を利用して勝敗を競うような仕組みであるのに、賭博に該当しないものとして扱われていた大きな理由が、少なくとも公には換金手段が用意されていなかったためでした。有償取引であっても、ガチャを通じて得られる結果(キャラやアイテム)はあくまでゲーム内でのみ用いられるものであって、それをゲーム外に持ち出して換金することができず、財産が増えたりすることがなかったためです。ゲーム内のキャラ等を換金する仕組みはRMT(リアル・マネー・トレード)と呼ばれますが、そうした仕組みの提供もまた業界の自主規制により禁止され、ガチャが賭博の構造となることが回避されてきました。

 これに対し、NFTはそもそもユーザ間で取引されることを所与の前提としているところもあり、実際にも、イーサリアム、パレット、ポリゴンといったブロックチェーン上で転々流通し得る仕様であることが通常です。そうすると、NFTを有償のガチャ形式で提供した場合、高額売却可能なNFTが手に入るかもしれない、という構図になり賭博該当性が問題となり得るわけです。NFTの取引可能性の高さが、問題を顕在化させる格好となりました。

 こうした点があまり認識されないまま、海外で実際に行われているビジネスを参考としたサービスについての相談が持ち込まれることが多くなっています。しかし、海外のギャンブル規制やオンラインカジノ規制は、日本の賭博規制と大きく異なる場合があり、海外ではそうしたビジネスが可能でも、日本ではできない、といったことが頻繁に起きています。事業者の中には、「なぜ日本ではできないのか」という不満や疑問が根強くあります。現時点では、日本の賭博規制やそのリスクを丁寧に説明して、問題のないサービス提供の方法を一緒に探っていくほかないのですが、今後の発展のためには、なんらかのかたちで明確化したガイドラインが早急に求められるように思います。

 このように、法規制の中には、NFTの事業化の障害となりそうなさまざまな「地雷」が存在します。事業者はそれを踏まないように走り続けないといけない。しかし先ほど述べたとおり、肝心の地図がないのがこれまでの状況でした。法制度上の論点を詳しく取り上げた『NFTの教科書』は、安全・安心にNFTビジネスが成長していくためのいわばハザードマップとも呼べるでしょう。

増田雅史弁護士(撮影/写真部・高野楓菜)

■バーチャル空間と法制度の新しい関係構築のために

 NFTは、メタバースなどと呼ばれるバーチャル空間上で仮想的な資産を定義づけるための技術や概念としても、期待を集めています。人間の生活の一部がバーチャル空間上に移行することを想像した場合、そこでどう「資産」をもち、それをどう取引するかは避けがたい問題となります。一方、現行の法制度は、基本的には現実空間を前提にしています。現実社会の法制度や法解釈を、そのままバーチャル空間に横展開できるのか、バーチャル空間ならではの解釈が必要なのか等、法律家にとっても判断に迷う部分が圧倒的に多いわけです。

 私は、社会生活のバーチャル空間への移行自体は、避けがたいものであると考えています。そうした動きにより一足飛びに世界が変わるとは思っておらず、また、世界の大部分がそちらに塗り替わるとも考えていませんが、しかし確実に変化は訪れます。

 1日は24時間で決まっており、余暇時間には限りがあります。そのため娯楽産業には古くから、そうした限られたパイを、誰がどう奪い合うかという発想があるといわれます。そして古くは、例えば映画館で映画を見る、書籍を読むといった形で娯楽時間が占有されてきました。それが、いわゆるサブスク型モデルの動画視聴になったり、電子書籍になったりという形で、一部オンライン化してきました。

 その次に起きるのは、生活自体のオンライン化。それが現に起きたのが、コロナ禍をきっかけとした急速なDX化です。コミュニケーションの多くの部分をオンラインで完結できるようになり、いささか極端なオフィス不要論まで語られました。こうした動きの延長として、オンライン化の次に訪れるのがバーチャル化であるとみています。

 最近は、Facebook創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏がアバターなどを使ったメタバース内で会議をしている様子が公開され、話題になりました。同社は、メタバース開発のために今後1万人を雇用する計画も公表しています。

 バーチャル化が仮想会議室のような形で進むのか、それとも娯楽分野から広がるかはわかりませんが、今後、大きな利用者を抱えるサービスが出現すれば、かつてのインターネット利用者の拡大やオンライン化の流れがそうであったように、バーチャル空間の利用自体への抵抗感が薄まり、分野を問わず活用されるようになると見込まれます。

 そのように、バーチャル空間が分野を問わず活用されるようになれば、社会生活自体が部分的にバーチャル空間に移行することとなります。そのような場で、バーチャルなモノを自分の資産として保有するためには、それを支える技術やコンセプトが必要です。その有力な手段の一つがNFTです。

 しかし、技術があるだけではその保有や取引に関するルールを当然に定義できるわけではなく、そこに社会を形成するためには、何がしかのルールが必要になってきます。技術と平仄を合わせるかたちでルールが導入されないと、技術自体も役に立たないわけです。他方で、技術を味方につけ、ルールの実行にそれを活用する発想も同時に重要となるでしょう(イーサリアムのスマートコントラクトによる自動執行の発想は、まさにここにあります)。バーチャル空間におけるNFTの活用については、こうしたバーチャル空間ならではの点を踏まえた形でルールを形成する必要があり、技術がわかっている事業者と、私たち企業法務弁護士が並走しながら考えなければいけないでしょう。

 NFTなどの技術を活用したバーチャル空間が生活の一部となることを予期し、適切に答えが出せるように備えておく必要がある。そんな思いも『NFTの教科書』に込めました。本書はその意味では、新しい人間社会のあり方を考えるうえでも参考になる、業界関係者にとどまらない広がりを持つ「未来地図」といえます。

※初出:ニュースサイト「AERA dot.」2021年10月掲載

増田雅史
弁護士・ニューヨーク州弁護士(森・濱田松本法律事務所)。スタンフォード大学ロースクール卒。理系から転じて弁護士となり、IT・デジタル関連のあらゆる法的問題を一貫して手掛け、業種を問わず数多くの案件に関与。特にゲーム及びウェブサービスへの豊富なアドバイスの経験を有する。経済産業省メディア・コンテンツ課での勤務経験、金融庁におけるブロックチェーン関連法制の立案経験をもとに、コンテンツ分野・ブロックチェーン分野の双方に通じる。The Best Lawyers in Japan 2022にFintech Practice、Information Technology Lawの2分野で選出。NFTについては、ブロックチェーンゲーム草創期である2017年末からアドバイスを開始。ブログ記事「NFTの法的論点」は、法実務に関する論考としては異例の公開日3000PVを記録。ブロックチェーン推進協会(BCCC)アドバイザー、日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)NFT部会 法律顧問。


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